核の海の証言: ビキニ事件は終わらない

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  • 新日本出版社
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  • Amazon.co.jp ・本 (245ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784406056199

作品紹介・あらすじ

第五福竜丸を含むのべ1000隻のビキニ水爆被災船を追跡し日米政府が隠蔽を謀ったビキニ事件の真相に光をあてるドキュメント。

感想・レビュー・書評

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  • 被災者の死亡や病状をもって立証するという厳しい調査の積み重ねをせまられ、重くて長い歩みだった。「セメントで固めた用水路が赤い子(赤い沢ガニ)によって穴があけられ崩れる」のたとえのように、地道な調査で少しづつ壁に穴があき始めた。
    2011年3月11日の東日本大震災、福島原発事故によって、この穴は一気に拡大し、ビキニ事件を消し去ろうとした壁を崩し始めた。(241p)

    「あとがき」で著者が言っているように、80年代から始めた高知県高校生のビキニ環礁水爆実験の被爆者調査から30年、それは途轍もなく厚い壁をほじ空ける闘いだったと思う。ビキニ事件の被爆実態のみならず、他で操業していた漁船は約1000隻。政府・米国が隠そうとしてきた実態を明らかにする事がいかに困難を究めるか、私たちは福島原発事故で既に知っている。しかし、蟻の一穴とでも言うべきその地道な作業が実を結ぶのは、皮肉にも福島原発事故があったからだというのである。私は伊東英朗監督の「X年後」で山下元高校教師の調査を知った。映画では省略している詳しいデータは本で出版しないのかな?と思ったら、やはり出ていた。

    福島原発事故は、その汚染の規模と海洋汚染の長期化において最もビキニ事件と似ており、政府・大企業の対応の仕方も似ている。ビキニ事件を解明すれば、原発事故のこれからを見通し、同じ道を歩まないための覚悟が出来る。(241p)

    私も全く同意見である。ビキニ環礁水爆実験の影響は、そのまま福島原発事故の未来へのシュミレーションだろう。

    以下印象に残った処。

    第八順光丸の船員高木和一さんが急性白血病で亡くなった時、亡くなるまでは決して実験とは関係ないと言っていた病院が亡くなった途端に病理解剖を何度も何度も申し込んでくるという厭らしさ。

    死の灰はおもに日本やフィリピン、中米などに広がった。米国は放射能検査をきちんとして、冬季以外で核実験をするようになった。それは、季節風で米国内への降下がなるべく大きくならないようにしようとしたのではないか。観測された一日あたりの死の灰は米国内でも最大で、原発などの放射線管理区内に相当する凄まじいレベルだった。

    「ロンゲラップ島の放射能汚染は、人間の居住には安全だとしても、その水準は地球上の人の住むいかなる地域よりも高い。島民たちがこの島に住むことにより、放射能が人体に及ぼす非常に貴重な生態学的データが得られるだろう。」(アメリカ医療団の検診報告書「コナード報告」1958年度年報)

    弥彦丸には徳島大学医学部から山本謹也医師が乗船していた。彼は下船後の乗員を岡山大学付属病院で検査し、「放射性物資による白血球減少の疑いあり」との所見を発表、平さんは何度も船員保険の適用を申し込んだが、長崎県はこれを拒否(1978)した。
    2014年3月23日読了

  • 東京・夢の島公園に「第五福竜丸展示館」がある。何度か足を運んだ。
    1954年3月1日、マーシャル諸島ビキニ環礁で行われたアメリカによる
    水爆実験で死の灰を浴びた漁船だ。

    ビキニ核実験と言えばこの第五福竜丸なのだが、それ以外にも延べ
    1000隻の漁船が被災していた。

    このビキニ核実験について、高知の高校生グループが独自に調査を
    していた。後の世代に受け継がれて30年続いた調査に、教員として
    携わったのが本書の著者である。

    実験海域の近くで操業していた漁船は、苦労して水揚げしたマグロを
    廃棄させられ、直後から多くの漁船員が原因不明の体調不良に悩ま
    される。

    しかし、日本政府や漁業関係者が心配したのは漁船員たちの健康
    被害ではなく、汚染マグロだった。

    アメリカが先導する原子力の平和利用というお題目に、日本政府を
    追随する。

    広島・長崎への原爆投下の賠償請求を放棄したように、ビキニ水爆
    実験でも日本政府はアメリカへの賠償責任を放棄した。アメリカから
    「見舞金」という名目で7億2千万円を引き出しただけで。

    船員保険も適用されず、次々に船員仲間が急死して行く不安は
    いかばかりか。多くの船員たちの被爆をなかったことにし、日本は
    この後、原発列島へと突き進んで行く。

    高知の高校生たちの地道な調査が、口の重かった元船員たちから
    貴重な証言を引き出しているのが興味深い。

    原子力発電所を作りたい。だから、水爆実験の犠牲には目をつぶろう。
    この時、船員たちの追跡調査をきちんとしておけば、福島第一原発
    事故の参考になったんじゃないか。

    被爆し何の補償もされず、多くの船員が亡くなっていった。彼らは
    モルモットじゃないんだぞ。

  • 山下正寿『核の海の証言 ビキニ事件は終わらない』新日本出版社、読了。「一九五四年には第五福竜丸がアメリカの水爆実験による被害をうけた」と学校教科書にはある(実教出版)。しかしビキニで被災したのは第五福竜丸だけではなかった。この矮小化には核問題への規制を伺うことができよう。

    第五福竜丸以外にも水爆実験に遭遇した日本船の乗組員が補償も受けないまま病に倒れていった。高知県で高校教員を務める著者は、八〇年代半ばから、その実像に迫ろうと教え子らとともに聞き取り活動を継続。この活動のまとめが本書である。

    第五福竜丸事件のあと、二カ月の間に米国は六回の水爆実験を繰り返し、のべ一千隻の日本船が被曝した。ところが政府は、マグロの検査を年末でうち切り、翌年には米国政府と共に幕引き。「いつの時代もしわ寄せが来るのは底辺にいる者」と遺族は語る。

    本書は前半が、当時のビキニ海域で操業した人々への聞き取り調査の記録。後半部分が、水爆実験の実際の検証と隠されゆくビキニ事件の経緯の解明と健康問題のその後を扱う。ビキニ事件から日本の原子力開発は始まった…重厚ながら非常に読みやすい一冊。


    ええと、それからものすごい蛇足。JCPのしんぶん赤旗および新日本出版は、原子力の問題に対する執念にも満ちた取材と問題の発掘力に驚き、利用すること多々あります。ただ、原子力の是非も、第一義ではない過去についてはそれなりの説明責任は欲しいところ。

    JCPは1961年、「原子力問題にかんする決議」において「ただちに設置しなければならない条件は存在しない」としつつも(原子力を人類の福利向上に利用するには)「人民が主権をもつ新しい民主主義の社会、さらに社会主義、共産主義の社会においてのみ可能である。ソ連における原子力の平和利用はこのことを示している」。

    先の選挙で、だれでもかれでも「脱原発」と旗印を掲げましたので、JCPだけに問題があるわけではないのは承知しておりますし、その旗印は時局によってさまざま変わることでしょう。しかし、結局はそれを「票田」のために利用する「ネタ」というようなスタンツは……例えば、取材力がすごくとも……辞めて欲しいなとは思います。

    「原子力問題にかんする決議」関連→

    http://blog.livedoor.jp/fujouri_jcp/archives/65643086.html

  •  1954年3月1日、ビキニ環礁での米軍による水爆実験に巻き込まれた第5福竜丸は有名ですね。しかし、被爆したのは彼らだけではありません。3月~5月までに6回の水爆実験を行い約1000隻の船が被曝したそうです。被曝した人々の叫びが胸を打つ1冊です。
    (匿名希望 外国語学部 外国語)

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