桜の下で待っている

著者 :
  • 実業之日本社
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784408536644

作品紹介・あらすじ

面倒だけれど愛おしい「ふるさと」。新幹線で北へ向かう5人。その先に待つものは-凛とした光を放つ感動傑作。

感想・レビュー・書評

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  • 『なにも考えずに故郷に帰れる人って、あんまりいないかもしれないよ』。

    あなたには、『ふるさと』があるでしょうか?こんな風に聞かれたとしたら、あなたの頭の中にはどんなイメージが思い浮かぶでしょうか?例えば東京に生まれ、そのまま東京でずっと暮らしている人がいるとしたら、『ふるさと』=『地方にある出身地』と捉えて『自分には帰省できる故郷がないのだ』というように考える人もいるかもしれません。確かにそうした考え方も間違ってはいないのだと思います。しかし、『ふるさと』をもっと広義に解釈することだってできるとも思います。

    “心のふるさと”、”第二のふるさと”という言葉がある通り、私たちは『ふるさと』という言葉が指す土地をさまざに解釈することがあります。特にそんな言葉を使う時ほど、単に生まれた土地という以上にその土地に対する何らかの強い思いが垣間見えるようにも思います。『ふるさと』というものは、その人の考え方の数だけある、そんな風に言っていいのかもしれません。

    さて、そんな『ふるさと』をテーマにした作品がここにあります。『うたた寝を繰り返すうちに大宮を通りすぎ、宇都宮のアナウンスで跳ね起きた…』と『ふるさと』を目指す主人公たちの姿が描かれるこの作品。『故郷とは必ずしも気安い場所ではないのだろう』というように、そこに待つ情景、そこに待つ人々と普段関わらないからこそ繰り広げられる日常がそこに待つことを見るこの作品。そしてそれは『もう、エネルギーはぜんぶ使い切りましたー、遊びましたー、なんか色々大変でしたーってぐっすり寝てる』帰りの新幹線に安らぎの表情を見せる人々の姿を見る物語です。

    『東京駅のホームがゆっくりと後ろへ流れ、遠ざかった』と、北へ向かう新幹線に乗り込んだのは一編目の主人公・智也。そんな智也は『席の真横を車内販売のワゴンが通りすぎた』のを見て販売員の『あのお姉さんも昨日、恋人と一緒に夜を過ごしたのだろうか』と昨夜の自身のことを思い出します。『バイト、増やそうかなと思って』と語った佐藤心美(さとう ここみ)。『智也よりも一つ年上で』『しっかりものの姉御肌』という心美とは『大学のバトミントンサークル』で出会ったという始まり。いつだって『力強く、凜と、楽器のように』響く声で話す心美のはずが『響きが少し違った』と気付いた智也は『サークル辞めるかも』とも話す心美の変化を最近気にするようになりました。『東中野』で『パン屋を営む』心美の実家の『ホームページが、ここ二カ月間ほど』全く更新されていないことに気付いた智也。心美と別れ、東京駅に行く前に心美の実家を見に行くと『都合のためしばらくお休みします』という掲示が出されていました。『俺まだ十九だし、なんにもできないし』と思いその場を後にして東京駅から新幹線に乗った智也。そんな智也は『十年前には縁もゆかりもなかったこの地で、今年六十七歳になる智也の祖母が一人暮らしをしている』という宇都宮へと向かいます。『三十代の後半で一回り年上の伴侶を』亡くし、ようやく四人の子供の手が離れた祖母は、『十年前』に栃木を旅する中で急に降り出した雨の中、傘を差し掛けてくれた堀川雄太郎と『運命の出会い』を果たしました。『身辺を整理した祖母』は、堀川と同棲すると子供たちに告げ、出て行きます。これに『親戚中がパニックにな』りました。『姉弟喧嘩へと様相を変え、最終的には資産の生前贈与という形で落着』したもののわだかまりが残った姉弟。しかし、それから五年足らずして堀川は交通事故で帰らぬ人となりました。そして、一人暮らしとなった祖母は、三カ月前『膝を痛め』たこともあって『月二回の病院での診察と重量のある生活用品の買い出し』に智也の母が行けない時に智也に代わりに来てもらうという日々を過ごしています。そんな宇都宮の祖母の家へと到着した智也は祖母の家での一泊二日の時間の中で、祖母と色んな話をし、今自分が成すべきことに気付いていきます…という最初の短編〈モッコウバラのワンピース〉。家族のお互いを思い合う気持ちの温かさをほっこりと感じた好編でした。

    五つの短編が連作短編の形式をとるこの作品。そんな短編に共通するのは『ホームにすべり込んできた新幹線は洗ったばかりのように輝いていた』という東北新幹線に乗って北国の街へ赴く主人公たちの姿です。『上野、大宮、宇都宮。さらには郡山、福島、仙台と続き、その先にも多くの駅名を挟んで最後には岩手県の盛岡まで』という東北新幹線。『この電車はずいぶん遠くまで行くのだ、と改めて思う』という新幹線に乗ってそれぞれの街へと赴く主人公たちの物語に色濃く描かれるのが、それぞれの都市の観光スポットと食べ物です。それぞれの章で取り上げられるそんな観光スポットと食べ物を簡単にまとめてみたいと思います。

    ・〈モッコウバラのワンピース〉宇都宮: 那須塩原 足湯の施設「湯っ歩の里」、もみじ谷大吊橋、餃子

    ・〈からたち香る〉郡山: 夏井川の桜、塩屋埼灯台、アクアマリンふくしま、物産センター、メヒカリの唐揚げ

    ・〈菜の花の家〉仙台: アンパンマンこどもミュージアム、瑞鳳殿(伊達政宗墓所)、ずんだ餅

    ・〈ハクモクレンが砕けるとき〉新花巻: 宮沢賢治童話村、宮沢賢治記念館、ソフトクリーム(マルカンビル大食堂)

    ・〈桜の下で待っている〉東京: 東京駅、東京タワー

    上記のような感じでそれぞれの都市で有名な観光スポットや食の風景が物語の中に自然に織り込まれていきます。そんな中でも『広い緑の芝生の奥にきれいな美術館みたいな建物が建っていた。母親が言うには「賢治の学校」という施設らしい』と始まる『宮沢賢治童話村』の描写は、『この雪はどこをえらぼうにも あんまりどこもまっしろなのだ…』と”永決の朝”の詩の一部が本文中にも引用されるなど、具体的な記述に溢れています。これには、是非この場所を訪れてみたいとすっかり気持ちが高揚してしまいました。

    そんな風に、一章一都市で取り上げられる北国の物語の中で異彩を放っているのが郡山=福島です。この作品は2015年に刊行されています。となると、福島を描く以上どうしても避けられないのが東日本大震災による原発事故のことです。この作品でも郡山駅に降り立った主人公がまず目にしたものが『ソーラーパネルが付いた子どもの背丈ほどの白いポールが立っている。ポールの上部では、電光表示が赤い四桁の数字を表示していた。0106…』と描写される『モニタリングポスト』でした。そんな地を『由樹人の両親に婚約者として認めてもらわなければ』と訪れた主人公の律子は、『こんなことも知らずに福島に来たのか』と言われないように震災による被害を下調べしてきました。そんな律子が初めての土地、かつ原発被害のある土地に赴いた時にどんな感覚に陥るのか、この短編ではそんな律子の姿が丁寧に描かれていきます。そんな中で律子の胸中が垣間見えるのが次の描写でした。『寿司はネタが大きく、豪勢だった』と『由樹人の両親』が出してくれた『深い緋色にゆらりと輝く、上等なマグロ。なまめかしく濡れたウニと透きとおったイカ、桜色の鯛』という美味しそうな寿司を目の前にした律子。しかし、そこに迷いが生じます。『どれから食べようかと箸を迷わせながら、魚か、と思う。原発事故が収束していない。先日も海に汚染水が流出したと報道されたばかりだ』と一瞬の戸惑いを見せる律子。そんな律子に『そこのお寿司屋さんね、昔からの知り合いでちゃんと検査した安全な魚を使ってるから安心して食べてね』と語りかける母親に『顔が熱くなった』という律子。『私は、東日本大震災のときに死にかけたけど生きて帰って来られた、という体験をしているんです』と語る彩瀬まるさん。『あのときに、曲がる道が一本違っていたら間違いなく津波にのまれていました』と続ける彩瀬さんの東北への思い。そんな彩瀬さんが描く『いつも一緒にいるユキの故郷なのに、カタカナでフクシマって呼ばれるようになった』という福島の描写には彩瀬さんの強い眼差しを感じました。

    そして、そんな物語のテーマは、〈解説〉の瀧井朝世さんが書かれる通り『ふるさと』なのだと思います。『ふるさと』と書くと単純に出身地と結びつきますが、”心のふるさと”、”第二のふるさと”などという言い方がある通り、必ずしも実際の出身地に限定されるものでもないと思います。この作品でも第一編目から第四編目の北国の各都市へと訪れた主人公たちにとってそれぞれの街は決して本来の意味での『ふるさと』ではありませんでした。『祖母が一人暮らしをしている』街へと訪れた智也にとって宇都宮は、祖母が暮らす街という繋がりがあるのみです。『由樹人の両親に婚約者として認めてもらわなければ』と、夫となる人の実家へと訪れる律子にとっての福島は、夫の『ふるさと』という繋がりがあるのみです。一方で『故郷に顔を出すのは母親の三回忌法要以来』という武文にとっての仙台は、出身地としての『ふるさと』です。しかし、そんな武文はその地を訪れ『もう自分にとって故郷と呼べる場所、なんの気構えもなく帰れる場所はなくなったのかもしれない』と感じています。そんな風に、さまざまに位置付けられるそれぞれの『ふるさと』。そんな彼らに共通して言えるのは、それぞれの『ふるさと』を訪れたことによって、そして、その地で出会った人々との関わり合いを通じて何かを得て、元いた場所へと帰っていくという姿でした。四編それぞれに登場人物も舞台となる街も、そして『ふるさと』の位置付けも全く異なる物語が展開しますが、

    ①『ふるさと』へ向かう情景・心持ちが描かれる

    ②『ふるさと』での人との関わりが描かれる

    ③『ふるさと』でさまざまな場所を訪れる様が描かれる

    ④『ふるさと』を離れる情景・心持ちが描かれる

    というように、物語は一種パターン化された展開で進みます。ここで注目したいのは、”①”と”④”の心持ちの違いです。それは第五編目〈桜の下で待っている〉でこんな風に語られるものです。『行楽なり仕事なり帰郷なり、乗っている誰もが予定を持って張りつめている午前中の新幹線より、もう一日を終えて後は帰るだけ、とお客様の肩が弛緩している夜の新幹線』というように同じ新幹線の中でも行き帰りで人々の表情が違うというこの視点。それは、『出向いた先で様々なものを見聞きし、味わい、獲得し、日程を終えてまたこのレールの上に戻ってきた』という人々の姿でもありました。登場した各短編の主人公たちは今後もこの『ふるさと』をまた再訪することになるのだと思います。そんな時には、かつてこの短編で訪れた時の心持ちとはまた違う姿がそこにあるのだと思います。それぞれにそれぞれの心持ちを解放し、新たな何かを掴んだ主人公たち、各短編ではそんな主人公たちの姿を見る清々しい結末が描かれていました。

    そして、なんといってもこの作品で要となるのが第五編〈桜の下で待っている〉です。この作品の主人公が誰になるのかは上記でも敢えて触れませんでした。第四編目まででもしや?と匂わされる人物が主人公となって第四編までを総括するかのように描かれる第五編。この作品の読後感を決定づける、まさしく傑作とも言えるその物語は『ふるさと』をテーマにした物語に強い説得力を与えてくれます。これからこの作品を読まれる方には期待度MAXと断言できるこの第五編を是非楽しみにしていただければと思います。

    『故郷とは必ずしも気安い場所ではないのだろう。お土産を両手に持って勇んで帰る人もいれば、喧嘩をしにいく人も、帰るのが気まずい人もいるに違いない』というそれぞれの主人公たちの『ふるさと』。この作品に登場した主人公たちにとって、それぞれが目的地とした『ふるさと』も、やはり、単純に気安く訪れる場所ではありませんでした。『向かう先に生きた他人がいる限り、関係性は四季を越える桜の木のように花盛りと冬枯れを繰り返し、どちらか一方では固まらない』という先に描かれる物語は、そんな『ふるさと』が見せる一つの姿だったのだと思います。

    “ふるさとは遠きにありて思ふもの”

    ふと、室生犀星の詩が頭に浮かんだこの作品。『ふるさと』というものに心が強く持っていかれる、とても旅情豊かな作品でした。

  • 普段本を読んでて、背景の描写とかあまり気にせず読んでたけど、この本は色の描写が多いと思った。気になると色を探しながら読んでた。各話で共通してるのが、新幹線の車内販売のスタッフが身に付けてるピンクのスカーフ。同じスカーフだと思うんだけど、登場人物によって違うピンクになる。このスカーフから色というか話が始まる気がする。春の設定の話だから、明るい色がいっぱいで、話が温かいというか柔らかい感じ。あと、色と一緒に出てくるのが匂いだ。匂いの描写も多い。だから、この本は『花』みたいだなと思った。

    主人公が暗い気持ちの時は暗い色、明るい気持ちの時は明るい色。たぶん当たり前の事なんだろうけど、色の効果ってすごいことを今更気付かせれた。

    どの話も良かったけど、第一話の「モッコウバラのワンピース」が一番好きだ。おばあちゃんの恋の話がジーンときたし、とても素敵だ。

  • 自分の家族。
    縁あって一緒に暮らし、血を分けた者。
    両親・祖父母をはじめとする連綿と続いている血族。

    それらをも超越する輪廻。

    生まれ、そして流れ住む場所。

    変わってしまうもの、そのまま根を生やすもの。

    震災という大きな変化を余儀なくされた
    東北新幹線の沿線の都市を舞台に、
    こんな壮大なことを感じながら読んだ短編集です。

    それぞれの題名に花の名前が入っているからか
    物語に入り込むと花の匂いに包まれます。
    時にやんわりと、時に凛とした存在感で。

    木や花も人と同じ、命が尽きる時は必ずやってくる。
    そこに存在がなくなることって
    はたして悲しいことだけなんだろうか。

    それぞれの家族の話を読んでいるはずだったのに、
    彩瀬さんの大きな深い表現の流れに乗せられてしまいました。

    仙台の瑞鳳殿、花巻の童話村。
    訪れてみたいですね。
    私にも何か感じられるかなぁ。

    それと…登場した東北の銘菓たちは私の大好物です。
    しばらく東北の物産展をチェックすると思います。

    この作品も、人の臓器や部位にちょい足しした
    表現におっ!と思いました。
    やっぱり彩瀬さんの表現、大好きですね。

    • koshoujiさん
      こんにちは。
      ───登場した東北の銘菓たちは私の大好物です。
      ちなみに、何が出てるのでしょうか? とても気になります。仙台は、萩の月? ...
      こんにちは。
      ───登場した東北の銘菓たちは私の大好物です。
      ちなみに、何が出てるのでしょうか? とても気になります。仙台は、萩の月? 村上屋餅店のずんだ餅とかでしょうか?
      ちなみに、明日から仕事で秋田に行くので、秋田の何かが出ていれば教えていただきたく。えっと、秋田に行ってもホテルでPC繋げるので、明日、明後日までに教えていただければありがたいのですが。<(_ _)>
      2015/09/13
    • なにぬねのんさん
      koshoujiさん、こんばんは。

      フォロー&花丸&コメントまで、どうもありがとうございました!

      この物語は東北新幹線の沿線が...
      koshoujiさん、こんばんは。

      フォロー&花丸&コメントまで、どうもありがとうございました!

      この物語は東北新幹線の沿線が舞台となってまして、宇都宮・郡山・仙台・新花巻の物語だったと思います。(図書館で借りたもので、本が手元にありません…)

      出てくる銘菓も本当に有名どころで、
      「ままどおる」「エキソンパイ」「くるみゆべし」「萩の月」などでした。

      秋田に行かれているとのことで…
      美味しいものがあったら逆に教えてもらいたいですね。

      個人的に東北は旅行で1度しか行ったことがありませんが、自分の肌に合う感じがとてもしました。

      上に書いた銘菓の他に支倉焼も好きですし
      ずんだ餅も美味しいですよね☆
      (手作りのずんだ餅の話はちょっと出てきましたよ)

      東日本大震災を体験された彩瀬さんが
      その東北を舞台にどのような話にされるのか
      ちょっとドキドキしながら読みましたが…
      私の想像なんかよりはるかに高いところで
      東北の方向を見つめ続けてるんだなぁと
      感慨深く読ませてもらいました。

      今回また宮城県をはじめ東北が台風で…
      被災された方々の日常が1日でも早く元に近づくよう願わずにはいられません。

      koshoujiさんも気を付けて、行ってらしてください。
      2015/09/14
  • テーマは「ふるさと」。宇都宮、郡山、仙台、花巻…東北新幹線の地を北へ、桜前線と共に描いた短編集。
    熱い想いが詰まった書店の応援ペーパーを読み、本書を読む前から感動していたというのもフライングすぎるだろうと思われるかもしれないが、彩瀬さんが東北を描いてくれたということだけでも十分にありがたく、嬉しかった。どの話も彼女らしく、心にじわりと沁みてくるけど、中でも印象的だったのは、仙台・郡山を描いた短編だ。
    「からたち香る」は、婚約者の実家である郡山を訪れる、関東在住の女性が主人公。短いページの中に、モニタリングポストのある日常、津波被害後のいわきの現状など、福島県がどんな土地で、かつ今はどうなのかを余すところなく描いている。被災地から離れて暮らす人の目線から描かれるこの短編を、東北の人間はどう受け止めたらいいかと正直おっかなびっくりだったが、戸惑いながらも福島を見つめる主人公の真摯なまなざしに、心が和らいだ。デビュー作が震災ルポだった彩瀬さんだが、きっとその後も福島を訪れているんだろう…そんなことが窺える、彩瀬さん自身の福島への想いが感じられる作品だった。
    「菜の花の家」:母の七回忌で仙台に帰省する男性が主人公だが、法事にまつわる親族との間の煩わしさということをつい最近自分も経験したもので、ものすごく共感できた。自分も仙台を10年ほど離れて関東に暮らしていたことがあるため、ローカルネタだが、「ams西武がロフトになり、仙台パルコができてお洒落になりすぎて落ち着かない気がした」のくだりは、まんま私の当時の心情にリンクした。訪れるたび景色が変わることへの寂しさ。細かいところまで丁寧に取材したんだろうということがよくわかる。過去と現在の交差。そこに家族のしがらみやわだかまりが絡み、話が進むにつれ本音が浮かび上がってくる。ドロドロしがちな愛憎を優しく爽やかに表現するところが彩瀬さんらしい。
    最終話である表題作は、新幹線の車内販売の女性の話。故郷を持たない彼女は、転勤族だったらしい彩瀬さんを投影したのだろうか。一歩引いた彼女の視点から語られる乗客の姿が印象的だった。トリにふさわしく本書をぎゅっと引き締める展開で、親の離婚を経験した彼女と弟が一歩前に踏み出そうとする過程が清々しく、万感胸に迫るエンディングであった。
    全編を通して桜の花の美しさが鮮やかで、情景描写のうまい人だなといつも思うけど、特に今回はそう感じた。いつもいいところで桜が登場するので、あの可憐な薄いピンク色の花が瞼に浮かび、色んな想いが重なって、涙が滲んでくるのだ。今回も彩瀬さんにやられましたよ。
    表紙の丸鼻の200系東北新幹線も懐かしかった。ストーリーには出てこないものの、今の新幹線との対比で、過去と現在の間で揺れる登場人物の心情を表現したのかなと勝手に思っている。
    面倒だけれど、愛おしい「ふるさと」。まったく、この帯文句には心から同意である。

  • 桜前線が日本列島を北上する季節に桜を追って東北へ行く旅は良い。北へ向かうほど山の残雪の白さをバックにした桜と芽吹いたばかりの緑が優しい。

    「郡山、仙台、花巻…桜前線が日本列島を北上する4月、新幹線で北へ向かう男女5人の物語」とあったので、
    桜を巡る話かと手に取ったのだが、各章で描かれるのは、モッコウバラ、からたち、菜の花、ハクモクレン、そして東京の夜桜。
    ふるさとを巡る、ほろ苦く愛おしい話に心がじんわりと暖かくなりました。
    桜の季節は他の花も咲きだす時でもありました。

  • もうね~全部良かったです♪
    全編通して、花々と桜の美しさが記憶に残る物語。
    今まで読んだ彩瀬さんの作品の中では、一番ふんわりと優しい印象でした。

    #モッコウバラのワンピース(宇都宮)
    30代で夫に先立たれ、4人の子供を女手一つで育て上げた祖母が
    親族の猛反対を押し切り再びの恋に生きた。
    「新しい、きれいなワンピースを着て誰かに見せたいなんて、もう長い間、考えたこともなかったんだ」
    あ~もう、いくつになっても恋するってほんとに素敵!

    そういえば文中にもありましたが、モッコウバラと炒り卵って似てますね。
    お弁当のおかずで炒り卵が一番好きだった自分がモッコウバラを庭に植えてることに納得です。

    #からたち香る(郡山)
    婚約者の実家に初めての挨拶をするために、
    震災後の福島を訪ねる律子。
    原発事故の後の難しい状況のみならず、
    自分とは全く違った環境で育った相手の実家を
    初めて訪ねる不安や緊張がすごく理解できました。

    #菜の花の家(仙台)
    母親の法事で帰郷した武文。
    伊達政宗の墓所瑞鳳殿で中学二年の時に初めて告白された朋子に偶然出会う。
    そこの二人の場面がとても好きです。
    朋子が武文に握手してもらって
    「初恋の人だから、一回でいいから手を握ってみたいなあって思ってた。ありがとう」って。
    それに対して武文が、
    「こちらこそお礼を言いたいくらいだ」と。
    「告白された記憶は、その後の人生の大きな自信になったんだ」と。
    こんな風に思ってもらえるなら、
    たとえ叶わなくても想いを伝えて良かったんだねって。

    #ハクモクレンが砕けるとき(花巻)
    知里がおばあちゃんと夜空を見上げて、
    ハクモクレンの散り際を見守る場面。
    花弁の一枚一枚が落ちる瞬間の音色が聞こえてくるような感じ…
    やっぱり彩瀬さんの繊細な風景の描写は素敵です。
    むうちゃん♡ふふ

    #桜の下で待っている
    東北新幹線の車内販売員のさくら。
    不仲な両親の間で育った姉弟が、
    結婚や家庭といったものに対して複雑な思いを抱きながらも、
    前に踏み出そうとする姿にぐっと来ました。

    転勤族で、故郷と言える場所のない私にとって、
    子供の頃の数年間を過ごした仙台は大切な心の故郷です。
    (本棚の名前もそこからつけたくらい)

    ”故郷”本当に人それぞれですね。

  • モッコウバラのワンピース
     旅行先で出会った男性と恋に落ちた祖母。
    からたち香る
     結婚の挨拶に恋人の実家に行く女性。震災後の福島へ。
    菜の花の家
     アンパンマンと瑞鳳殿(ずいほうでん)。法事での帰省。
    ハクモクレンが砕けるとき
     幼くして死んでも怖いだけではない。宮沢賢治が教えてくれた。
    桜の下で待っている
     新幹線の車内販売をしている、さくら。帰る家を見つけていく。

    どの話も東北地方をメインにした話だったよー。
    (最後の話はちょこっと違うけどー)
    なんか、風景の描写がキレイで、花の香りとか、
    実際に嗅いでみたいと思っちゃったなぁー。

    「からたち香る」では、津波被害の後の福島を書いてて、
    でも、その中で今までのように生きている人たちを
    目の当たりにした主人公の描写がリアルだったなぁ。

  • 新幹線で東北へ向かう人達の短編集。
    宇都宮、郡山、仙台、そして花巻。待つ人の元へそれぞれの目的と思惑を乗せてレールを辿って北上する。

    特に『ハクモクレンが砕けるとき』には涙が出そうになり、生と死について考えさせられた。
    私も目を磨いてきちんと物事を見ていきたい。
    彩瀬さんの温かなメッセージが心に染みる。
    そしていつか宮沢賢治の童話村や宮沢賢治記念館に私も行ってみたい。
    桜の季節に読めて良かった。

  • やっぱり大好きだなー、彩瀬さんの描く世界、紡ぐ言葉たち。
    東北新幹線に乗って北上する5つの物語。栃木、福島、宮城、岩手、そしてその東北を行き来する新幹線車内で働く女性。
    初めのモッコウバラのワンピースがすごく好き。
    祖母が運命的な出会いをして若い男と再婚し、遺産相続の問題とかで家族間に亀裂を入れ、それでも若い男と一緒になることを選んだのに、不慮な事故で五年と持たなかった。そんな祖母が語り手の母に当たるひとに
    『新しい、きれいなワンピースを着て誰かに見せたいなんて、もう長い間、考えたこともなかったんだ』ってそう語ったシーン。めっちゃうるってきた。大人になったって、お婆さんになったって、死んでしまったって、その人たちは必ず少女だったんだよね。そしてわたしも。

  • 表題作が好きだなぁ。
    新幹線に乗って故郷に帰るとき、
    よりも、
    ふるさとから戻るときのそれぞれの表情が好き、
    というさくらさん。

    そういうシーンにはあまり出会わないし、
    私のふるさとはとても近い距離。

    だけど、なんだかわかるなぁ
    と想像できる気がした。


    列車の車内販売は廃止されていくところが多いけど、
    残してほしいな、と思った次第。

    モッコウバラのワンピースのおばあちゃんみたくなりたいな。

    歳とって恋する感覚が感じられるなんて
    なんて!!!幸せ!

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著者プロフィール

1986年千葉県生まれ。2010年「花に眩む」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。16年『やがて海へと届く』で野間文芸新人賞候補、17年『くちなし』で直木賞候補、19年『森があふれる』で織田作之助賞候補に。著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『骨を彩る』『川のほとりで羽化するぼくら』『新しい星』『かんむり』など。

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