有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論

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制作 : Quentin Meillassoux  千葉 雅也  大橋 完太郎  星野 太 
  • 人文書院 (2016年1月23日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (235ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784409030905

有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論の感想・レビュー・書評

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  • 難しいことはわからないけれど面白い。
    存在についての議論が面白い。存在については、それが存在しているという事実性を記述することしかできない。だからその裏に存在物を存在させる絶対的存在が存在するかどうかなんてわからない。逆に、存在しないということも言えない。この議論がなんだか、オカルトをめぐる議論みたいで面白かった。
    科学的にオカルトを完全否定できない以上は、それが嘘だとも言い切れない。だから科学がそれを安易に否定した時点で、科学が宗教になってしまう。
    現代がいかに科学という宗教に洗脳されているかがクールに理解できる一冊。

  • ここ数日繰り返し読んでいた本。印象としては、ロマン主義のSF的な再来。フランス現代思想と言われてイメージされる文学的な文体、美文家というわけではない。明快な論理構成と想定反論に対する応答で進む。とはいえ、しょっちゅう筆が滑っているな、とおもった。特に現代哲学の宗教化や、ハイパーカオスの語り、最終章などが。内容にとしては、相関性の絶対化=主観主義的形而上学、けれども相関性の事実性の絶対化はそうでない、という議論があまり納得いかない。主観的観念論者と相関主義者のやり取りを想定して導かれる、彼らの背後にある偶然性の必然性、という話もあまり納得いかない。ただ、結論はともあれ分析/図式化としてはとても明快で刺激的だし、勉強になった。

  • 試し読みで一章だけ見てみたが、ちょっと的を外している感じがある。

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784409030905

  • 興味深い証明である。基本的には、カントの批判である。要するに「自分の生まれていない昔や死んだ後のことは自分には分からない」というような、ヒキコモリ的発想を批判している。メイヤスーの議論を平たくいうと、「絶対なんてないのが絶対だ」というのを根拠に、カオスを根底にすえる。これに対して、「絶対なんてないかもしれんけど、めちゃくちゃでもないじゃん」という反論がある。で、メイヤスーはこれには答えていない。だけど、「確率っていうのは、全体がわかるから確率っていうんだぜ」、「部分の組合せ数は全体より多い」、「思考可能なものの組合せは思考可能な全体を越えている」、だから、「ものすごく高い確率でそうなるからといって、思考可能なものの全体が分かるわけじゃないし、そうである理由なんてのはなくて、単に存在するものは理由なしにあるんだ」ということになる。確率的に高いということと絶対との間には大きなちがいがあるという話である。

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有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論の作品紹介

この世界は、まったくの偶然で、別様の世界に変化しうる。

人文学を揺るがす思弁的実在論、その最重要作、待望の邦訳。

序文:アラン・バディウ

「カンタン・メイヤスーの最初の一冊にして代表作である本書は、さほど長いものではないが、濃密に書かれた書物だ。アラン・バディウが序文で述べるように、これは一種の「証明」の試みに他ならない。何を証明するのか。ひとことで言えば、事物それ自体を思考する可能性があるということの証明である。カントの用語を使うならば、本書は、私たちを「物自体」へ向けて改めて旅立たせるものである、と紹介することもできるだろう。」(訳者解説より)

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