江戸三〇〇年吉原のしきたり (プレイブックス・インテリジェンス)

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制作 : 渡辺 憲司 
  • 青春出版社 (2004年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (202ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784413041003

江戸三〇〇年吉原のしきたり (プレイブックス・インテリジェンス)の感想・レビュー・書評

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  • 簡潔で分かりやすい。

  • チェック項目29箇所。江戸に住む男たちが持っていた望みは二つあった、一つはお伊勢さんと呼ばれた伊勢神宮へ参詣すること、そしてもう一つが、江戸最大の歓楽街・吉原で遊ぶことだったのである。吉原は、金はかかった、江戸市中の、本来禁止されていた岡場所と呼ばれる私娼のそれと比べて、破格の料金がかかったのである、しかし江戸っ子たちは吉原に憧れを持った、太夫や花魁と呼ばれる上級遊女たちを一目見ようと、吉原を目指したのだ。美しい上に着飾った花魁に魂を抜かれた大名もいた、我がものとするために遊女の体重と同じだけの小判を払った大名もいたのである、その大名の行跡は幕府の知ることになり、若くして藩主の座を追われ隠居の身となった。吉原は、江戸において唯一の公認遊郭であり、この公娼制度は、昭和33年4月に施行された『売春禁止法』まで続くのである。江戸が繁栄すれば摺るほど、吉原が江戸の中心のような様相を帯びてきた、人口過密状態を打破するため、幕府は吉原をさらに江戸の郊外へ移転させる計画を立てた、吉原のような悪所が江戸の顔のように繁栄しているのを幕府が快く思わなかったこともある、つまりこの頃、主な客が武士であったのである。基本的には、同じ遊女に三回以上通って「馴染み」となった客だけが、遊女の部屋に通されることになる、遊女は、自分の部屋を持って初めて一人前といわれたのである。厳然たる階級社会であった江戸時代でも、吉原の中だけは階級というものがなかった、一歩大門の中に入れば、武士も町人も皆平等の扱いを受けるのが原則だった、腰に大小の刀を差して威張っている武士も、茶屋に上がるときは刀を持ち込めない原則があった。初めて客と遊女が会うことを「初会」といって、ただ酒を酌み交わすだけである。二回目に同じ遊女と会うことを「裏」といった、これを「裏を返す」ともいう、「裏を返さないのは江戸っ子の恥」といわれるように、一度遊女に会ったら次も同じ遊女に会うというのが江戸っ子の矜持だった。三回目に会うことを「馴染み」という、なじみの客になって初めて遊女から名前で呼ばれる待遇となり、客は「馴染金」という料金とは別のお金を祝儀として払う。馴染みになると客専用の箸がつくられ、遊女がそれを預かる、馴染みになった客が帰るとき、遊女は大門まで送った、初回や裏では遊女は店先までしか送らないが、擬似夫婦関係ができあがると扱いが変わるのである。もしどうしても遊女を替えたいとなったら、前の遊女と話し合い、「手切れ金」を出して関係を清算しなければならなかった、遊女を選ぶのは自由だが、一度選んだら最後までつき合うというのが吉原世界のきまりである。吉原の休日は年に二回しかなかった、正月一日と七月一三日の盆だけである。【一月】挨拶がすみ、見世に戻ってくる頃、新年初の顔合わせとばかり、暮れの一二月に約束していた馴染みの客が通ってくる、これを「初買い」といった。遊女たちを遊女らしく見せたのが、その装いである、幕府が吉原の営業許可を与えた最、遊女は贅沢な着衣を用いないことという一文があった、しかし実際にこれが守られたためしはなかった、遊女が贅沢で豪華な着衣をまとって初めて、客は喜ぶからである。別れ際、男の背中をぽんと打ち「近いうちにきてくださいな」などとさりげなく口にする、男はこんな女の言葉や態度にコロリとだまされるのだ、このあたりは昔も今も変わらない。遊女たちの「まこと」を「真実」と思う客はいない、それはウソだと客はわかっていた、だが、わかっていながら信じたくなるところに吉原の魔力があったのである。<髪切り>遊女自らの髪を切り、客に渡して誠意を示す方法である、ただし、切るときは遊女が自分で切るのではなく、客に切らせる、客に切らせることによって共犯者的な意識を持たせるのである。<指切り>遊女が小指の第一関節から切り、その指を客に与えるというものだ、髪の毛や爪以上にインパクトは強い、本当に切る場合は、遊女にとっても強い決意がいる、客もそれに応えるほどの心構えが必要だった。遊郭の一番の掟は、見世の若い衆(男である)と遊女が男女の仲になってはいけないというものだ、若い衆といい仲になると、その遊女が客を取りたがらなくなるのである、この関係が深くなってしまうと、手に手を取り合って遊郭から逃げ出すということも起こる、見世側は黙って逃さない、見つけ出された男はほとんどの場合殺されることが多く、遊女は吉原へ連れ戻される、そして凄惨な折檻を受けるのだ。一度梅毒にかかって治った(と思っている)遊女は、二度と梅毒にかからないとされ、客のほうでも病気のない遊女として認知された、見世からも一人前の遊女として扱われ、遣手は客にどんどん勧めた、おまけに病気が潜伏している影響からか、妊娠しにくい身体になっているから、見世としては万々歳である、客のほうでも、梅毒にかかることは一種のステータスで、遊びを極めているという目で見られた。妊娠は遊女の恥とされ、さまざまな避妊法を用いたが、当時の知識では妊娠は避けられない出来事だったようだ、堕胎できずに子供を産んでしまった場合もあった、この場合は、見世の子供として育てられ、女の子なら遊女の道へ、男の子なら見世の若い衆として将来を決められた。ありんす言葉……吉原は俗世間と違うこの世の極楽であったから、そこで田舎訛りの言葉を聞かされては、現実に戻されてしまう、また言葉によって道教であることが客に知れ、下手に同情されても困るし、遊女に里心がつくかも知れない。隠語「呂の字」キスのこと、口と口を合わせるという行為を漢字で表している、「おさしみ」とも言う、これは舌を刺身にたとえた表現。

  • 内容はタイトル通り。全体的にさらっと触れてる感じで掘り下げて知りたい人には微妙だと思う。というか微妙でした。

  • タイトルそのまんま。遊郭といえば、吉原である。まあ、内容は至ってふつうでちょっと詳しい人がよんだら「知ってるよ」って内容。

  • 『多くの男たちが1度は訪れたいとあこがれた吉原には最高で7200人の遊女がいたという。』すさまじいっすね。

  • 意外と吉原について手軽に説明したものが見つからない〜と思って手に入れた本。吉原は型というか形式で楽しむところだったんだろう。勿論苦界であるので、悲惨な末路も表されているけれど……。人口バランスが崩れまくっていたから公娼制度が必要だったのかなあ。面白いけどなんだか切ない気分(というか、昔の遊女に対する罪悪感か?)も感じた。

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