私は親のようにならない―嗜癖問題とその子どもたちへの影響

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制作 : Claudia Black  斎藤 学 
  • 誠信書房 (2004年7月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784414429176

私は親のようにならない―嗜癖問題とその子どもたちへの影響の感想・レビュー・書評

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  • 個人的にはかなりの名作。まず邦題が秀逸ですが,これに期待して手に取った人ならきっと満足できる。アダルトチルドレンの実情から解決策まで一貫性をもって描かれているのはもちろん,当事者のエピソードがとにかく豊富で,ところどころに挿入される詩や絵のおかげでこの分野に詳しくない僕でも引き込まれました。

    (AC)
    「私は親父のような人生を歩むまいと思って,頑張って生きてきました。でも今になって考えてみると,親父と私の違いというのは,親父はアル中で死に,私にはアル中で死ぬ必要がないということだけのようです」。「私は親のようにならない」と自分に言い聞かせながら,自分自身がアルコホリックになったり,あるいは他の嗜癖問題を抱えたり,何度もアルコホリックと結婚してしまったりする人は多い(アルコール依存の見られる人間はギャンブルやセックスへの依存も同様に抱えることが多いために「アルコール依存症」という言葉は近年ではあまり使わず「嗜癖問題」と呼ぶことが一般的)。遺伝的要因は無視できないが,それ以上に,嗜癖問題を抱えた家庭で育ってきたという事実が,しばしば本人が考えるよりも激しく当人の心理を蝕んでいる。筆者はこうした機能不全家族の中で育ってきた子どもたちのことを「アダルト・チルドレン(AC)」と呼び,筆者自身もACのひとりであった。ACの特徴は,アルコールの問題を抱える家庭だけでなく,親が精神病であったり,虐待を行っていたりする場合でも,すなわち非一貫性と予測不可能性が家庭のルールに蔓延している場合であればどこにでも見られる。データ上でも,特徴の上でも,嗜癖問題を抱えている家庭と家庭内暴力(直接的な暴力だけでなくむしろ酔った状態で夜道をドライブするといった精神的なものやネグレクトが主)がはびこる家庭はかなり重複している。
     筆者はACを次のように分類する(分類の方法は他にもたくさんある)。❶「責任を負う子ども」(要約:大人顔負けの責任感と実務能力を持ち,学校や職場でも責任のある立場についていることが多いが,クラスメイトや同僚からは面白みがないとみなされて孤立しがち)❷「順応者」(要約:とにかく自分に注意を向けられないように場をしのげるようにふるまうが,自他ともに無頓着に見えるためしばしば自分勝手に見える),❸「なだめ役」(要約:自分の感情を犠牲にしてでも人のためにやさしくふるまう。感受性がとても強く,「いい人」に見えるが,実は自分自身の問題から目をそらすことが隠された真の目的である),❹「行動化する子ども」(学校などでしばしば問題行動を起こす生徒として取り上げられるが数は❶~❸に比べると少ない)。ACの心理的基盤は9歳のころにはすでに完成しており,彼らは青年期になっても自分の幼少期の役割を称賛し続けるような生き方をしてしまう。たとえば❶は常にリラックスできず,自分の仕事や人間関係を常に操作し支配しなければ崩壊してしまうような不安感に襲われ続ける。❷は自分の人生を自分でコントロールするという実感がつかめず行き当たりばったりな人生を送ってしまう。❸は自分が何を欲しているのか分からず,他者の欲望に従属するような暮らしをしてしまう。すべてのACに共通するのは,子ども時代にゆがんだ認知が大人になっても正されず,そのために他者との間に対等で愛のある人間関係が築けないということである。そのため❶や❷はしばしば自己中心的で他人に関心がないように見えるし,❸は逆に自らを犠牲に捧げるような人間関係を結ぼうとする。ACの多くは20代半ばから正体不明の孤独感や抑うつ感に襲われる。その中には,「私は親のようにならない」と考えながら同様の問題を抱える者も少なくない。

    (ACの原因と背景)
     ACのこのような特徴は機能不全家庭の中でどのようにして築かれるのか。①問題の合理化と感情の否定。たとえば父親がアルコール依存症であることを家族のだれも認めようとせず,話すこともせず(むしろ話してはならない,話すことは家族への「裏切り」),問題をなかったことにする。そのうち知覚は変化し,軽視と過小評価が認知を覆うようになっていく。特に子どもはマスコミや学校から与えられるアルコール依存症に関する情報が偏っているため,「誰もアルコホリックが人を愛せるなんて教えてくれなかった」から,自分の父親が当事者であるなど考えもしないなどという事態が起こる。「俺は気が狂いそうだったぜ。オヤジがアル中と知っているのは家じゅうで俺だけだと思っていたんだ。ほかに誰も知らないと信じ込んでいた」。「僕の人生はこういうつらいことばかりだった。そして僕はそれが自分のせいだと思っていた。父には,何か問題があるということを僕に話してほしかった。そして,それは僕のせいではなく父のせいなのだと言ってほしかった」。「言ったところで誰も信じてくれませんよ。そんなにひどいなら,私がこんなに平気でいられるはずがないと思われちゃって。あの人たちはママが毎日酔いつぶれてるのを見てないし,気が狂ったようにわめきちらしているところも,…つまり何も見てないんですから」。②不信。人は他人を信頼するとき,ある種の賭けをしているものだが,ACはいわばこの賭けに失敗し続け,安全・確実感と自己肯定感を体験できなかった。誰かが自分を繰り返し困らせ,恥をかかせ,がっかりさせ,そのうえ身体的な危機にも突き落とすとなれば,そんな人間を信頼できなくなるのも当然である。子どもは「安全」に加え,十分な「注目」を必要とする生き物であり,これにより愛情と信頼を学ぶが,機能不全家族ではそれが十分になされない。また,機能不全家族ではしばしば矛盾を含むメッセージが子どもに与えられるため(本当は傷ついているのに私はいま幸せだと笑顔で子どもに語り掛ける等)子どもは常に発言の裏を読み取る癖を身に着けてしまう。

    (恥のサークル)
     改訂版では新たに「恥」概念とそのサークルについての章が設けられている。恥とは自分をできそこないと思う感情が鬱積したものであるが,恥の層を取り去ると通常その下には「見捨てられ体験」がある。見捨てられ体験は物理的見捨てられだけでなく情緒的なものもあり,次のようなケースに大別できる。(a)親が子どものニーズや欲求に十分な関心を払わない,(b)親にすべてが受け入れられないので虚偽や否定を必要とする。たとえば,「泣いているがそんなものはたいして辛いことではない」「怒る理由なんて何もないだろう」と感情を否定される,人間としての自分の価値と自分の行動とが区別されない,など。(c)親が子どもとの境界についてゆがんだ感覚を持っている。「見捨てられ体験」により「恥」概念が確立すると,恥と苦痛を覆い隠すために嗜癖障害を含むさまざまな問題行動が生じることになる。例としては,完璧主義(十分とはどの程度のことなのかという内的な感覚を発達させることができなかった),引き延ばし(完璧主義と同根),犠牲者化,激怒(「自分は父みたいになるまいと誓ったけど,今の自分は父とまったく同じことをしている。父が怒り狂っているときに感じていた気分の高揚やパワーがよくわかる。でも,それが僕の人生を台無しにしているんだ」),うつ,自殺。

    (自己否認の解除法)
    ❶過去を思い出し,人に話すこと。「大人として今,過去に体験したことが,いかに不当で非合理的で,かつ恐ろしいものであったかを話すことは安全になりました。体験を他人に聞いてもらい,それが事実であったと認めてもらうことは,非常に重要です。私たちには,自分のものの見方が正しかったと知る権利があります。しゃべらないことは過小評価や否認の一つのあり方で,そうしている限り自己を否定し,否認し続けることになります」。❷(特に子どもは)感情の複雑さを学ぶこと。矛盾した感情を抱くことは自然であり,家庭内の問題を人に話し,他人に頼っても何ら罪悪感を抱く必要はないと知る必要がある。特に「偽りの罪悪感(自分自身の行動でなく,他人の行動に対して罪悪感を持つこと)」は取り払う必要がある。❸役割のバランスの重要性を知ること。必ずしも責任を負ったり,なだめ役に回ったりすることが悪いわけではなく,役割のバランスが取れていないことが最大の問題である。長所を生かしながら,多くのチャンネルを持つことが必要。

  • 欲しい、買いますw

    嗜癖問題を抱えている家族で育った人以外にも
    身体的・(精神的・ネグレクト・)性的虐待を受けて育った人たち、
    精神疾患、慢性的な健康問題または身体障害の
    影響を受けている親の元で育った人たちが、
    まるで嗜癖とともに育ったかのように嗜癖家族との
    同一性が認められる(かもしれない)

    子供の頃、家庭内で感情を出すことが出来なかった人に
    お薦めの1冊。

  • タイトルがそのまんますぎて思わず手に取った。

    自分と向き合う…というか、自分の中の暗闇にいる、殺された幼い頃の自分の死体と向き合う作業。

  • 7JUL2009 返却予定
    13JUN2009 1番目/  T

  • 自分の親は特にこうではないのですが、
    こういう親御さんに育てられ生き辛い価値観を持たされてしまった人や、
    こういう親になる予備軍の人を良く目にします。
    ‘育てる’というのは、自分の人生を賭し、人間としての質を問われる大変な作業。

  • 「人は他人を信用するとき、ある種の賭けをしている」

     DV然り、性暴力然り。親から子に苦悩が受け継がれるのは、無知だからなんだと思っていた。
     苦悩は受け継がれるものだと知りさえすれば、悲しみの連鎖は途切れると思っていた。途切れさせられる力が人には備わっているのだと。知識や倫理は、悲しみを絶滅させるためにあるのだと。
     でも、苦悩が無くならないのは、知らなかったからではなかった。

    「親のようにならない」

     こう強く思いながらも、心のどこかで親を愛し理解したいと、ある意味では本能的に思っている。
     親を理解したい、認め受け入れたい。そう思うが故に親と同じ道を歩み、親の心を経験しようとする。
     これは、気軽に語ることができない。

  • 嗜癖についての専門書なので、
    トーンとしては
    重く深いものであるが、

    その根本は
    「なぜか?どうしてか?いつもいやな状況になる」
    とか
    誤解を恐れずに言うならば
    「あんな家庭は絶対いやだ!」と思っていた状態になってしまう
    というような深刻な状態まで
    自分の中にあるパターンを知って断ち切るヒントになります。

    嗜癖のある状態ではなくとも、
    それぞれのレベルで使っていくことができる
    実践的なワークがあります。

    自分なりにそのワークを通して
    今までなんだか嫌なサイクルについ陥ってしまうなんてコトから
    解き放たれることができるかもしれません。

  • 考えさせられる一冊です。

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