理由の空間の現象学―表象的志向性批判

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著者 : 門脇俊介
  • 創文社 (2002年2月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (229ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784423101018

理由の空間の現象学―表象的志向性批判の感想・レビュー・書評

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  • フッサール、ハイデガーの現象学的な思索を、セラーズ、マクダウェル、デイヴィドソンといった現代の英米哲学の問題圏の中に置きなおし、その現代的意義を解明した本。

    フッサールの現象学は、しばしばそれ以上の基礎づけを必要としない直接的な経験の領域へと還帰して、そこから志向性によって世界についての私たちの了解の形成をたどる基礎づけ主義と解されてきた。だが著者は、フッサールの現象学の中心にあるのは、志向性によって世界へとコミットするありようを明らかにすることだったと解釈する。私たちはある命題を真だとみなすことによって世界内の何らかの状況を受け入れている。また、そうした命題を表明することは、命題の正当化の責任を引き受けるという意味でのコミットメントをおこなうことにほかならない。著者は、こうしたコミットメントが成り立つ規範的な領域を、マクダウェルやブランダムの議論に基づいて「理由の空間」と呼び、フッサールの「地平」やハイデガーの「世界内存在」を、理由の空間にまつわる考察として解釈しようとしている。

    また著者は、現代の英米哲学における行為論の議論を念頭に置きつつ、フッサールとハイデガーの「理由の空間」にまつわる議論が、そうした問題にどのような貢献をなしうるかを考察している。デイヴィドソンはアンスコムの行為論を批判して、意図が行為の原因となると主張した。だがこうした行為の因果論は、逸脱因果の問題に悩まされることになる。これに対してG・ウィルソンは、意図が自己自身に言及すると考えるとき、行為を引き起こす心的状態としての意図に関するどのような心語(Mentalese)を想定すればよいのかと反論する。その上でウィルソンは、伝統的な目的論的説明を再利用し、目標に向かって目標に相応しく振舞いを統御していくことに、意図的行為の特性を見ようとしている。

    こうしたウィルソンの議論を承けて、ハイデガーが『存在と時間』の中で論じている現存在の「透視性」(Durchsichtigkeit)としての自己知の概念が、みずからの可能性に対して不断にコミットしつつ、そのつどの振舞いを統御することで意図的行為を実現していくあり方の的確な説明になっていることを明らかにしている。

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理由の空間の現象学―表象的志向性批判の作品紹介

"人間が世界に赴きそこに住まう"ことは、状況を真であるとして受け入れ、その状況に対応して何ごとかをもくろむという、志向性の仕組みによって可能になる。この本で著者は、志向性の仕組みを、私と他者とがともに参与し批判的対話を交わす「理由の空間」として解放し、人間的自由の根拠とその制約を明らかにする。アウグスティヌスやカントといった西洋哲学の伝統の深部へと遡り、アンスコム、デイヴィドソンらの分析哲学の論争へと越境しながら、フッサールとハイデガーの現象学的思考を現代によみがえらせる試み。

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