会社人間だった父と偽装請負だった僕―さようならニッポン株式会社

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著者 : 赤澤竜也
  • ダイヤモンド社 (2009年1月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784478007594

会社人間だった父と偽装請負だった僕―さようならニッポン株式会社の感想・レビュー・書評

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  • 滅私奉公で働く大手銀行の重役を務めていた父親は会議中に倒れて死んだ。銀行の損失補填の責任を背負いながらの脳出血による戦死だった。慶應大の学生時代に女子高生の彼女と子供をもうけて駆け落ちし、業界新聞記者、塾の講師、信用金庫と職を転々とする著者。真面目に会社のためだけを思って働き続けた挙句に憤死する父親のような人生はまっぴら。会社のために滅私奉公する人生など歩みたくないと決意。偽装請負の過酷なトラック運転手へ。資本主義は多くの人を幸せにするシステムではなかったようだ。。

  • 現在は4つのメガバンクに統合されてしまいましたが以前は10行以上の都市銀行がありました、父親が元大和銀行の役員をしていた人で、父親の苦労を間近で見てきた著者によるドキュメンタリーです。

    中で書かれている内容に郷愁を感じる部分が多く、後で同じ年齢なのを知って納得しました。社会人になって20年間、インターネット、携帯電話、グローバルという名のパラダイム変換によって、ドラスティックに環境が変わり、それに応じて自分も変わらざるを得ない状況になりました。

    あと20年でどのように変化するのかわかりませんが、20年経過して今のように驚いていることだと思います。この本を読んで、どのような生き方が最も自分に相応しいのかを考える良い機会になったと思います。

    以下は気になったポイントです。

    ・イワシ、鳥の群れが巨大な生命体であるかのように複雑で素早い動きをするルールとは、1)近くにいる個体と進む方向・スピードをあわせる、2)近くにいる個体との距離を一定に保つ、3)個体が少しでも多くいる方向へ向かう、である(p5)

    ・アメリカのドラマに出てくる父親は、必ず夕食までに帰宅して、一緒に食事をする(p58)

    ・1973年(昭和48年)には、三光汽船は株式時価総額が新日鉄を抜いて日本一、世界最大のタンカー会社となった、その会社が1985年8月12日に倒産した、13日の新聞には日本航空123便が墜落したニュースが一面のため、大ニュースとならなかった(p76)

    ・金融機関の店舗には現金はそれほど置いていない、支店には経理部から必要な現金が毎日届く(p87)

    ・バブル期の都市銀行は、1)融資の資金使途確認、2)過剰融資の排除、という原則があったがそれを取り払った、サラ金と同じコトをしたが貸し付けた金額はサラ金とは桁違いであった(p93)

    ・銀行は保険を販売して手数料をとることは銀行法で禁じられていたので、手数料は系列保険代理店に入る仕組みを採用、保険会社からは実績に応じて低利の通知預金も預けてもらえる仕組みもあった(p94)

    ・りそな銀行は、旧大和銀行が母体となっている、2001年に近畿大阪銀行、奈良銀行と持ち株会社を設立、2002年にはあさひ銀行が参加して、りそなホールディングズへ変更(p149)

    ・従業員を部品扱いすることは、与えられた最低限の仕事をいかにこなすかだけを考え、下から上への改善提案などあり得ない、結果的には会社の体力を弱らせることになる(p199)

    ・バブル崩壊後に社会構造が二極化した印象を受けるのは、日本式経営システムの崩壊がある、一方、良いこととして組織の論理のみに従っていたサラリーマン経営者は、消費者や株主を意識することなく企業統治が不可能になった(p208)

  • 著者の自伝でありながら、父親と著者自身の「仕事」を通して時代の変化を浮き彫りにしており興味深く読んだ。格差は以前から存在し、良い大学にはいれば良い会社に入れて一生安泰、という「ニッポン株式会社」の崩壊によって、その格差が露呈したというのが筆者の見解。格差を是正せよ、という論調ではなく、機会の平等はないとだめだよね、という肩のチカラの抜け具合がなんだか心地よい。やっぱり、汗して働く人が報われる社会が大事。

  • 家では優しい父だった。朝は郊外の家から子供が寝ているうちに出勤、夜も接待で遅く休日も接待ゴルフが多かった。団地の原風景、社宅住まい、父の出世による転勤・・。会社の運動会が楽しみだった少年時代。

    まさに戦後のニッポン株式会社を支えたサラリーマンの典型的家庭に育った著者は、大学在学中に父親になったが、その孫の顔を見ることなく父は倒れた。
    父はあの大和銀行国際総合部長だった。あのように正義感の強い父が会社のためには偽装工作にまで手を染めていた。父はそのストレスで死を向かえる結果となったのではなかろうか。卒業後、父と同じ金融(信金)に入庫して金融機関の内実を体験し父の立場を思い知ることになる。

    日本の国って何なのだ、働くとは何なのだと一念発起し裏社会も体験、肉体労働を自分に課すべく派遣請負のトラック運転手になる。

    戦後のニッポン株式会社は崩壊、格差が広まっている現状を身をもって知る。父は会社に滅私奉公した。その足跡を辿ることで父を理解していく。

    人は時代や社会の影響を受けずには生きられない。批判するのは簡単だがその状況を理解した上での父へのレクイエムは重い。

  • 図書館で借りた。

    著者の自伝。
    高度経済成長時の銀行勤めの暮らしはどんな
    ものか父親との暮らしを思い返すことから分かる。
    また、信用金庫に勤め、辞めて放蕩し、トラック運転手として
    働いた著者から正社員以外の暮らし、働き方が分かる。

    信用金庫を辞めてからトラック運転手になるまでの間については
    深く書かれていない。

    働くことに対する意識が高度経済成長時と今では
    変わってしまっていることがよく理解できる。
    高度経済成長時は格差はあったが、国民のほぼ全てが
    同じ方向を見れていた、ということが現在との大きな違いらしい。

    銀行や信用金庫の人がどうやって働いているのかを少し知ることができる。

  • 銀行の役員で会議の席上で倒れたおとうさんとそれに反発して会社員にならなかった息子昔の夢が忘れられず息子(父)の反発を買った祖父この本を見てから 運送トラックが 本当に怖くなりましたトラックの事故が起きたりするとこの運転手さんも寝てなかったりするのかな とか思う 

  • 私も独立しました。いろんな立場を経験した著者の経験、社会の見方がとても共感できる1冊です。
    日本はこれからどうなる事やら・・・。

  • 大和銀行の出世階段を順調に登るが、最後には多大な業務量を抱え、職場で倒れたまま帰らぬ人となった父を持つ著者。その著者はそんな会社人間だった父を否定するように転職を繰り返し、小さな会社のトラック運転手へとたどり着く。しかし、その労働契約は、労使契約ではなく請負契約だった。しかも、企業が社会保険コストを削減するために編み出した「偽装請負」だ。

    「ニッポン株式会社」にはその昔、「会社人間」という普遍的存在があった。また、現在の「ニッポン株式会社」は格差社会だ。その底を象徴するのが「偽装請負社員」。互いに遠い存在であるそれぞれが父と息子になってしまった。その2人を比較することで混沌とした日本社会を著者は浮かび上がらせようとする。

    読みどころは著者が就いた過酷なトラック運転手業。偽装請負に加えて、使用者は労働者派遣法や労働基準法を無視しているのに、そのことを労働者は気づかない。ワーキングプアや派遣切りよりも問題だ。日本社会の底はこれほどまでに深いのかと痛感する。

  • これも全然イメージと違ってもっとデータや統計がビシバシ載ってるものを想像したら著者の自伝でした。でも内容はオモチロイヨ。
    特に彼と同じ下層で働いてる僕には手取りが少ないのにパチンコで5万も6万もする人がいる事に驚いたと言うくだりについては大笑い。
    確かにいるよねェ〜。そういう人。仕事はできるのに。
    文章も上手くて読みやすいので手にとっても損は無いと思います。

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