すでに起こった未来―変化を読む眼

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制作 : P.F. Drucker  上田 惇生  林 正  佐々木 実智男  田代 正美 
  • ダイヤモンド社 (1994年11月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (333ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784478371381

すでに起こった未来―変化を読む眼の感想・レビュー・書評

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  • この間、ドラッカーの著作をたくさん読んできた。マネジメント系のもの、社会系のもの。自伝である「傍観者の時代」は、ドラッカーその人を知る上でも、20世紀の歴史を知る上でも実に面白い本だった。しかし、この「すでに起こった未来」は、他のいずれの著作とも違う。
    時代的な幅は40年にも及んでおり、内容も一見、関連性に乏しいと思われる13本の論文からなっている。

    例えば、マネジメントへの傾倒がなければ上梓していたという「アメリカ論」や、技術に焦点を当てた「仕事の歴史」にまつわる論文は、他ではあまり見かけないものだった。その他、シュンペーターとケインズに言及した経済に関する論文や、ドラッカーの独特の利益に対する考え方について述べた「利益の幻想」も、コンパクトにまとまっており分かりやすい。
    しかし、最も印象深かったのが、日本画から日本人を論じた「日本画に見る日本」と、「もう一人のキルケゴール」だ。

    ドラッカーが日本画をコレクションしていたのは有名な話だが、日本画に関する知識は半端ではない。そして単に日本画に詳しいだけではなく、日本画を題材に、日本固有の文化の卓越性を論じている。
    たとえば、外国から技術をとり込んだ後に、それを昇華させオリジナリティーを築き上げる能力。また、日本画における空間認識が西洋絵画のものと全く異なっており、知覚能力の独自性は他に類を見ないものだと語っている。この点については、現代における電子メディアの登場が、世界の見方を分析的思考から、知覚的なものの見方に変化させたというマクルーハンを引き合いに出し、日本の文化が持つ知覚能力の特性は、本質を把握して再構成する能力であるとして、これが近代的な経済活動の発展を導いたという興味深い指摘をしている。

    「もう一人のキルケゴール」は、1949年に書かれたものだ。ちょうど第2次大戦後で、第1次大戦からナチスがヨーロッパを支配するという、不条理の目撃者となったドラッカーの、人間と社会に対する絶望が窺い知れた。
    哲学の文脈でいえば、ヘーゲルやマルクスが問う「社会はいかにして可能か」や彼らの歴史観が、実存の忘却に導くとし、「人間の実存はいかにして可能か」という問いの重要性を語り、その答えを導いた唯一の思想家としてキルケゴールを取り上げている。
    ドラッカーは社会や組織について多くを語ったが、やはりその中心には人間が、客観的・抽象的な存在としてではなく、実体的、実存的な存在としてなければならなかったことがよく分かった。

    これら、何の脈絡もないような13篇の論文集のタイトルが、「すでに起こった未来」となっている。
    終章の唯一書き下ろしである「ある社会生態学者の回想」の中で、ドラッカーは、自身の造語である「社会生態学」の仕事について、「すでに起こってしまった変化を確認すること」と言っている。
    ここに集められた13篇の論文の全てが、すでに後戻りできない変化であり、大きな影響力をもちながら、いまだ広く認識されてはいない変化について書いているというわけだ。
    これらの論文から、主要な著作からは知り得ないドラッカーの一側面が知れるというだけでなく、ドラッカーの求めたものが何なのかということを知るうえで、本当に貴重な一冊だということができる。

  •  社会生態学者ドラッカーの論文集。1946~1992年に主に社会動向について書かれたものを編纂しており、中には難解なテーマを取り扱ったものもあるが、分かりやすく最も印象に残ったのは「日本画に見る日本」だった。ドラッカーが日本の美術に関心を持っていたことは知ってはいたが、美術を通じて日本人の価値観や社会的な特性にまで見通す眼力の鋭さは「さすがドラッカー」と思わせるものがある。この章には多数の画家や絵が紹介されているが、恥ずかしながら知らないことばかり。日本美術の素養があれば、ドラッカーの意をより理解できるかもしれない。この賞に紹介された画家や絵についても調べてみたい。
     ドラッカーの著作は数冊読んだが、日本を主題にした章や節は数多く存在する。マネジメントや技術史等、特定のテーマ別に再編纂したシリーズがあるが、「日本」をテーマにしたものがあればいいのに、と思うのは私だけであろうか?

  • 論文集だった

  • 灌漑文明についての記述は大変興味深い、現代に起こっている急激な変化以上の変革が過去にあったことがわかりやすく紐解かれている、そしてこの現代に起こっている変革にどうすればよいのかも明快に指し示している。この人の見る能力は日本を述べる中に、女性が実権と財布を握っている家庭生活の現実がある、という辺りを見たときに間違いないと思った。図書館で数冊借りた後その中からこの本を購入した。
    情報とコミニケーションに関する考察は現代にも当てはまると思われる、情報とは何か、コミニケーションとはなにか、どういうあり方で意味があるのか、漠然としていた概念を見事に解き明かしてくれている、

  • 論文集
    ケインズとシュンペーターについての考察が絶妙

  • 自分が「知らない」ということを知る本。
    考えてもみなかったことを考える一冊。
    殿堂入りです。

    論文集と言う感じで、テーマは多様。
    ・アメリカの政治の源流。
    ・ケインズとシュンペーター、その政治的意味。
    ・企業倫理(→今のCSRにつながるもの)
    ・技術革命がもたらした影響
    ・コミュニケーションとは何か。
    ・日本画に見る日本の人間性・文化的特徴

    このラインナップを見ただけで心躍ります。
    どれも新しいテーマではありません。語りつくされたもの。
    しかし、見方が新しい!誰も持ち得なかった(と思う)視点。

    “完璧なコミュニケーションとは経験の共有である”
    など、今重要だと言われていることの多くが、この本にあります。

    新しいものを追うのではなく、既にあるものをもう一度分析してみること。
    自分の頭と言葉で考え抜く。
    やはりアイデアはこの思考プロセスから生まれるのだと思います。

    私は「神の目」とは無縁ですが、キルケゴールは読みたいなぁと思いました。
    12章の信仰と「死」をキルケゴールで考えた部分には、息飲む緊張感があります。

    著書の中でも非常に個性の際立った作品です。

  • ▽やや大げさに言うならば、今後一〇年もすれば、個人を組織のニーズに適応させる手段としての「マネジメント開発」への関心は急速に薄れ、逆に、組織を個人のニーズや意欲、潜在的能力に適応させる手段としての「組織開発」への関心が、はるかに高まってくるはずである。

    ▽知識労働にはそのような前提はあてはまらない。たしかに、唯一最善の方法というものは存在するかもしれない。しかしそれは、仕事の物理的特性、ましてや知的特性によって決まるものではなく、個々の人間によって決まるものである。気質によって決まるものである。

    ▽今後マネジメントに関して最も重要な意味をもつ変化は、社会の意欲や価値観のあり方までが、経営者管理の仕事ぶり・能力・責任感・価値観にかかってくるようになるということである。(マネジメントの役割、1969)

    ▽組織内コミュニケーションを成立させるためには、従業員と言わず学生と言わず、彼らコミュニケーションの受け手が、常に可能なかぎり意思決定の責任を分担するようにさせなければならない。説明によってではなく、意思決定の責任の経験によって理解させなければならない。(情報とコミュニケーション、1969)

    カバー装丁:川畑博昭

    難しい…特に最後の方の論文は今の私には情けないことに理解しきれません。
    日本について書いてあるのでわくわくして読んだら
    日本の文化なはずなのに全然知らない人ばかりでショックでした。
    この人の守備範囲の広さに舌を巻きます。
    利益はコストという考えに一番驚いた。

  • 40年以上にわたって書かれた論文集である。

    本書を読んで、「あなたの意見は?」と聞かれると答えはない。つまり私には難しかった。
    それでも、「マネジメントの社会的機能」の章は、興味あっただけに楽しく読めて、参考にもなった。

  • この本のキルケゴール論が素敵だったとどこかで誰かが書いていたのを思い出して読んでみました。どことなくエッセイ風で、他の主要著作と比べると少し毛色が違うのではないでしょうか。

    キルケゴールの章もよいですが、ある社会生態学者の回想、と題された最後の章の自己分析も楽しいです。日本画など日本について章も、よく見ているなというのが分かっていまさらながら感心します。もちろんコミュニケーション論やシュンペータとケインズの経済学論もいいですよ。

  • ドラッカー氏がここまで透徹した眼の持ち主だとは・・・
    ’巨人’の目とはやはり高く澄んだ空から世界を見ているものである。
    氏は社会生態学者と自身を称している。
    本書には(本書はドラッカー氏の論文の集合なのだが)、
    彼の品のよさ、公正さ、観察者としての冷静な眼と態度、勇気に
    あふれている。


    何ゆえすでに起こった未来と題するのか・・・
    アメリカ・日本・ヨーロッパ諸国・古代の灌漑文明の社会体系を例に挙げている。
    ほかにも考察していくための軸が時間軸のほかにも複数ある。


    まだ全体を理解するには至らないが
    もう少しドラッカー氏の著作を読み進めてみたいと思いました。

    <以下メモ>
    ・マネジメントには利益などというものは存在しない…存在するのはコストのみである。
    ・コミュニケーションは情報とはまったく別物である。
    ・大工には大工の(受け手の)言語を使わなければならない。
    ・学者が普通の言葉で書くならば、直ちに多くの人が読む。
    ・日本は外国からの影響を自らの経験の一部にしてしまう。
    ・10分と80年(白隠禅師)














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