- Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
- / ISBN・EAN: 9784479681717
作品紹介・あらすじ
どこを切ってもミウラシヲン(よそゆき仕様・自社比)が迸る。2012年度本屋大賞『舟を編む』に続く、待望の最新エッセイ集。
感想・レビュー・書評
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『「お友だちからお願いします」と、言ったことも言われたこともない。友だちってのは、気づいたらなっているものだ』、から始まるこの作品。まあ、そうかもしれません。似たような言葉に『お友だちでお願いします』というものがありますが、『から』と『で』では、そこから始まる未来が物凄く違います。日本語とはなんとも面白いものです。
ということで取り敢えず素直に『こちらこそ、よろしくお願いします』と答えて読みはじめることにしましょう。これは、三浦さんのエッセイ集です!三浦さんのエッセイというと、ぐるぐるだったり、悶絶したりとテンション上がりまくりの読書たーいむが浮かびますが、この作品はちょっと違うようです。『多くのかたの目に触れるであろう雑誌や新聞に掲載されるエッセイなので、よそゆき仕様である!』といきなりの断り書きをされてしまいました。でも他のエッセイだって出版されているわけですから、『多くのかたの目ってなんだよー』、『同じだと思うけどなー』、とツッコミも入れたくなるが、ここは三浦さんに従って感想も大人しく書こうと さてさて は思うのであった。
『よそゆき仕様』と言いつつ、『体重増加に至った己れの問題点を改めて洗いだしてみることにした』と、いきなり体重増加原因を探ることから始める三浦さん。『動いた以上によく食べる』のが原因だと分析し『あればあるだけたいらげるのをやめようと決意した』とのこと。まあ、そりゃそうだと思います。ところで『あればあるだけ』ということで一つ書きたいことがあります。今日、新型コロナウイルスのこともあって最低限の食料買い出しに近くのスーパーに行ったのですが、店に入ってビックリ!マスクがどこにもないのは既に日常風景ですが、お菓子売り場にビックリ!あれもない、これもない、何にもない!というくらいに空っぽの棚がそこにはありました。いわゆるテレワークが増えたことで皆さん、もう食べるしかない!という感じなのか?やけ食いなのか?まさか、こんな影響が出ているとは…、と言いつつ、残っているお菓子類を見繕う私がいました…。日本人の平均体重がここしばらくで絶対増えるだろうなと思った次第です。そう、三浦さんだけじゃないよぉ。みんなだよー。
脱線しましたが、あと気に入った話題は、〈会話について〉。三浦さんが人との会話のコツをアドバイスしてくれます。『話題がないときは「黙ってにこにこする」、相手がしゃべりだしたら「的確な相槌を打つ」。この二つを心がければ、会話は心地よく進行する気がする。「あなたの話を聞きたいです」「あなたの話は大変興味深いです」と、態度で示すのが肝心なのだ』と三浦さんはおっしゃいます。まあ確かにそうかもしれない。でも、それ以前に、今の世の中、メール、LINEばっかりで人と人との絶対的な会話量ってずいぶんと減ってきているような気がします。『イマドキの新入社員が「電話に出るのが怖い」と訴えるワケ』なんて記事を最近目にしましたが、さもありなん、と思いました。この先テレワークが明けた日本は大丈夫なのかなぁと心配になります。話し方を覚えているだろうか。不安だぁ。だから、三浦さんの次の言葉の方がしっくりくると思いました。『一対一で会話が弾まなくても、責任を感じてしょんぼりすることはない。会話はやはり、究極的には相性だ』。こう言っていただいた方が気は楽ですね。
他にも『日本にキリストの墓があると知ったのは、もう十年以上前のことだ』という、えっ?私それ知らなかった!という話題(みなさんは知ってました?青森県にあるんだって)や『林業の取材で、三重県の松坂市と尾鷲市に行った』という「神去なあなあ日常」を読んだ人には、とても嬉しい裏話があったり、『私はこれまで百万回ぐらい「死ね、頼むから死んでくれ」と心から母に懇願してきた』というお母さんに対する危険な発言の登場には、いやいやお母さん絶対に娘が書いたこの本読んでるって、と心配になったりとまあ色んな事ごとが次から次へと登場して、全く飽きることなく最後まで一気に読み終えました。
ということで、三浦さんの書くエッセイにしてはたしかに『よそゆき仕様』のちょっとおすましをした作品だったとは思います。ただ、文章表現は真面目ですが、目のつけどころの面白さはいつも通りの『三浦仕様』。テンションも高すぎず低すぎずのいい塩梅。一冊まるごと楽しませていただきました。
〈おわりに〉で三浦さんはこう書かれています。『大切なものを見誤らないように、今後も考え、感じ、想像して、日常のなかのちょっとした楽しさをエッセイにしていければいいなと思っている』。なるほどな、と腑に落ちるまとめかたは流石の安心感を与えてくださいます。こういうところが、安心の『三浦仕様』です。
『よそゆき仕様』も面白かったけど、次はいつもの如く自宅でくつろぐ『ぐだぐだ仕様』の三浦さんにも会ってみたい。でも、『会ってみたい』なんて言ったら、『いきなり会いたいなんて言ってくんなや、失礼だろ、ごるぁ。』と叱られてしまいそうで、ちょっと怖いかも。実際のご本人って、どんな方なんだろう?興味津々これ如何に。
ということで、三浦さんのエッセイ、やはり好きでした!とまとめて私の感想文を終わりにしたいと思います。
うん、私も『よそゆき仕様だ』。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ご本人曰く「ゆるーい日常をつづったエッセイ」。
2012年の作品なので、話題に少し古さを感じるものの、今読んでも面白い。三浦しをんさんと、是非お友だちになって、一緒にお蕎麦屋さんでテレビをみたいです。 -
このタイトルは、初めて出会う読者さん向けの挨拶らしい。
いつものエッセイよりも、よそゆき仕様(自社比)というエッセイ集。
ぷぷぷ。
やっぱり、爆笑ものエピソードが入ってます。
確かにまとまりのいい文章で、少し気をつけて書いている感じはあります。
テーマによっては、しをんちゃんとはすぐわからない?
でも勢いがあってわかりやすい文章、あるあると共感できるようなエピソードから突き抜けたエピソードまで、笑えて気楽そうでいてどこかに貫かれているあたたかさが、らしいんです。
初出を見ると~ほぼ直木賞受賞後のようですね。
それは確かに大人っぽくても当たり前!?
電車を降りるときに駅に着く前から揉みあってしまう件。
そうめんや雑煮の食べ方。
編集さんのエア新婚生活とか。
ボウリング最弱王決定戦をやってみたら。
駅弁を食べるタイミングとは。
家ではテレビを繋げていないため見れないので、蕎麦屋に行って、見たい番組を見ようとしたら。
最近のトイレはすごい、という話。「生き物じゃあるまいか?」の一行がおかしい~(最近うちは新型のにしたばかりなので!)
子供の感想文を指導する企画で、子供達にいろいろ違うパターンで考えさせるのが面白い。
「走れメロス」って確かに真面目に取り組むのも‥
違う視点で、(メロスに蹴られた犬の気持ちだとか)いまどきの子供はこんなに色々出来ちゃうんだと感心。
友人に貰った花瓶の話。
フリーターをしながら小説を書いていた頃、友人に「いざとなったら食わせてあげるよ」と言われたこと。
いい話でした。
旅行の話も多く、旅先で出会う人がまたいい感じ~。ほとんど引きこもりと別なところでは書いてあるんだけど、そうでもないような。
林業をやっている人の取材や趣味という以上に真剣な文楽鑑賞もあり、いざ行くとなると、すごく楽しんでますね!
お父さんが出番増えていて、これがほのぼのしたイメージ。
子供のころは必死にサンタを演出してくれていて、しをんさんはずっと実在を信じていたそう。
「お前がころっとだまされるから、こっちも引っ込みがつかなくなった」んだとか。
弟さんはちょっとしか出てなくてやや物足りないけど、エピソードは面白かった~。
お祖母さんがかくしゃくとして強気なのも、何だかそれらしい説得力。3階まで歩くのに少し息切れがするので年齢を感じるという90歳なのだ。
祖母がなくなったときに初めて感じたことも。
お母さんがこんなに強烈な人とは知りませんでしたよ。
「理不尽の権化」は2006年初出。
母親とは理不尽なもの、というのは心当たりがないでもないです~。
が、ここまで凄くない‥と思う、我家だけでなく普通は。
作家の家族がどこか強烈なものを持っているのは、あるいは才能と近しい素質の表れなのか?
肝が据わったお母さんのような気もするし、ご家族のハーモニー全体は、なんだか素敵に楽しそうに見えるんですけどね。 -
しをんちゃんに「お友だちからお願いします」なんて言われたら
迷わず「よろこんで!」と、居酒屋のおにいさん顔負けの威勢の良さでお返事します♪
ゆる~い日常を自由気儘に書いているようでいて、
新聞とか、VISAの会報誌とか、図書館教育ニュース(なんて真面目そうな媒体!)とか
掲載誌の雰囲気を壊さぬよう、濃やかな配慮を散りばめ、
でも、そんな自分が気恥ずかしくて、「よそゆき仕様である!(自社比)」
なんてわざわざ宣言してしまうしをんちゃん。 もう!この照れ屋さん♪
どんなに妄想を炸裂させても、ビロウな話をしても、
通奏低音のように、その底に必ず人間としての奥ゆかしさがあるのは
「もし祖母が私の祖母でなく、生涯子どもを持つことのなかった老人だったとしても、
その一生を尊いものだと感じるだろう。」と綴られたおばあちゃんや
巣から落ちたスズメの雛を巡って大騒ぎしたあげく、
惜しみなくアスパラガスを奪って帰ると見せかけて、
しをんちゃんの様子が心配でちょいちょい火宅を訪れるお父さん、
幼いしをんちゃんに上野動物園ではパンダメモ、博品館ではぬいぐるみを買ってやり、
今はちゃっかり旅行をおねだりして天真爛漫に振舞うお母さん、
しをんちゃんをブタさん呼ばわりしつつも、なにかとちょっかいを出してくる弟さんという
家族からの揺るぎない愛情に守られて育った自分を、
しをんちゃんがきちんと自覚しているから。
そんなしをんちゃんを、飲み屋で酔いにまかせて「そこのブス」と言った男子は
全国に散らばるしをんちゃんファンの怒りのオーラを浴びて
ダーツの腕前を格段に落とし、彼女に鼻で笑われてしまうがいい!
(全国のファンのオーラを浴びたわりに、ささやか過ぎる罰のような気がするけど)
さて、弟さんファンの私としては、次回のエッセイは、ぜひぜひ
「弟さんのお話からお願いします」♪-
確かに、しをんさんに「お友だちに」といわれると喜んでなりますよね~♪
確かに、しをんさんの家族は温かくて憧れます(●^o^●)
まろん...確かに、しをんさんに「お友だちに」といわれると喜んでなりますよね~♪
確かに、しをんさんの家族は温かくて憧れます(●^o^●)
まろんさんと同じく、弟さんのエッセイが欲しいです(*^_^*)
色々言っても、やっぱり兄弟は素敵なものだと思います(^^♪2012/12/11 -
なりますなります♪
っていうか、あのボンサイダーの設定をお友だちと練っているあたりから
ぜひぜひ参加したくてたまりません(笑)
しをんちゃ...なりますなります♪
っていうか、あのボンサイダーの設定をお友だちと練っているあたりから
ぜひぜひ参加したくてたまりません(笑)
しをんちゃんの嫁入りを楽しみにしていたおばあさまが
大往生をとげられたのは、とてもさみしいけれど
おばあさまについてのしをんちゃんの言葉のひとつひとつに
いとおしさが溢れていて、素敵でしたね。
紫苑さんのためにも、私のためにも、次のエッセイには
弟さんの出番がいっぱいありますように(*'-')フフ♪2012/12/11
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しをんさんが描く物語のキャラクターは、とても魅力的だが、
(実際どこかにいそうだよ、こんな人)みたいな、いるいる感をぷんぷん漂わせているので、
本を読み終えた瞬間も、
そちらとこちらをチョキンと切り離す作業を行ってはいない。
なんか、体のどっかにまだ『物語』が残っている様な感覚。
今回初めて著者のエッセイを読み、
なるほど。
こんな人が、彼らを生み出していたのか~♪
と、妙に納得した。
面白くも、親近感を抱いてしまう、と言う点で、
物語のキャラと、少々かぶってる。
(どこかにいそうな…)気はしていたが、
その謎の答えをみたかのような、面白エッセイであった。 -
しをんさんのエッセイは初読みでした。
マナーや旅をテーマにしたものもありますが、しをんさんが、ゆるーい日常をつづったエッセイというように共感できる話や、思わず笑ってしまう話など楽しく読めました。
しをんさん、こちらこそお友達からお願いしたいです。 -
面白かった!
かなわんブギと果敢な国際交流が特に好き。しをんさんとご両親とのやり取りも、端から見たら面白すぎる。三浦しおんさんのエッセイ、もっと読みたい。 -
酒飲みくいしんぼ作家・三浦しをんさんのエッセイ。
ご家族との仲良し楽しエピソードが好き。
一編、ガチも、あったが。
桃が、食べれんくなるじゃないか。どーしてくれるのだ。
や、ホントはあったかエピソードなんだけど。
古今和歌集、オヤジギャグ満載疑惑。
古人は、ホントにウットリしていたのか。
キジチョコ食べたい。来年に向けて、リサーチするか。
化粧あまりしないから、しなびたまぶたのアイラインのことが、わからんかった。がんばって、ひいときゃよかった…。でも、アイライン、つるっと目に突き刺しそうで、こわかったからな。
スズメストーリーが熱かった。お父さんの話、好き。
日本のキリストの墓といえば、じっちゃんの名にかけて!ですな。
あこがれの竹内文書。おおらかに読みたい。
藤子・F ・ 不二雄ミュージアムでアンキパンが食べられる…だと!?
あ~、おもしろかった! -
三浦さんが気軽に隣でおしゃべりしている感じのエッセイ。
久しぶりにお茶をのみながら、のんびり、近況を語り合い、「そういえばこんなことあったのよ、あはは~」とくつろぐような。
そんな雰囲気。
子供向けの文章のワークショップを開催した一篇。
走れメロスの「メロス以外の登場人物になって、考える。」ってのはなかなか面白いな。流石小説家の目の付け所。
日比谷野外音楽堂の描写、たしかにあのオープンスペースの独特の解放感ってあるよなーと共感。
私も数回しかいったことが無いが、ジャズ、レゲエどちらも絶妙に場にあってたなー。とか。
ただ、三浦さんのすごいところは、
『音への集中力が増せば増すほど、思考や感情がどんどんまわりだし、ついには実際にえんそうされている曲とはまったく関係のない、自分の内なる世界へ飛翔できる瞬間が訪れる』
とか言ってしまうところ。
私にはこんな瞬間はない。
さすが小説家。センスが違うな。