「働く青年」と教養の戦後史: 「人生雑誌」と読者のゆくえ (筑摩選書 141)
- 筑摩書房 (2017年2月13日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480016485
感想・レビュー・書評
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すごい熱量の労作で、著者が10年もかけて資料を収集しただけのことはある。
「働く青年」というのは戦後の高度成長期を支えた若者たちのこと。
「教養の戦後史」は、彼らが教養を求めた背景とその変遷。
私の知らない時代の熱い風俗史でもあり、非常に刺激的だった。
本書には「人生雑誌」という総称の2種の雑誌が登場する。
ひとつは「葦」で、もうひとつは「人生手帖」。
主な読者は経済的事情から進学を断念せざるを得ず、中卒で就職した若者たちだ。
哲学や文学を論じ、読者から体験手記などが多数寄せられて掲載されていたという。
投稿は編集部が「査読」と選別をし、時には100倍にものぼる掲載倍率だったらしい。
掲載されることで一定水準以上の文章力を持つことが誇りに繋がり、上級学校に進めなかった無念さをいっとき和らげる。
また読者投稿欄が生む「想像の共同体」に慰めと励ましを見出してもいた。
試験や就職といった実利を求める進学組に対し、求道的な「生き方」と「教養」に意義を模索する若者たちは、知識階級・富裕層への憎悪と憧憬を抱えてもいた。。。
寅さんの有名なセリフに「お前、さしずめインテリだな」というのがある。
そちらは笑いがあるが、本書にはない。
鬱屈した若者たちの心情に、やや食傷を覚えるからだ。
しかしその時代の働く青年たちのエネルギーが、日本人の知的レベルをひきあげたのは確かだ。
少数のインテリと大多数の大衆のはざまにあった彼らは、圧倒的な読書文化を生み出し「中間文化の時代」とも呼ばれたらしい。
映画「キューポラのある町」が大きな支持を得、中学さえ進学できなかった松本清張の作品が高い人気を生み出した。
「人生雑誌」はまた、編集者から文筆家になる者も輩出している。
「葦」の創刊者である山本茂實は『あゝ野麦峠』を書き、東京大空襲を記録する活動で知られる作家・早乙女勝元も。「葦」の編集者だった小澤和一は「青春出版社」をたちあげ、1980年には「Big tomorrow」という人間情報誌を創刊している。
高校進学率があがり、経済成長が顕著になるにつれ「人生雑誌」が終焉に向かうさまは読んでいてもある種哀感を誘うものがある。誌面構成を変え特集記事を変えて行くも、豊かさと消費の時代の前に勤労青年の教養主義は没落したのだ。
働く青年たちの築いた「反知性的知性主義」は無に帰したのだろうか。
彼らは少なくとも現時点で満足することを良しとせず思考の幅を広げ、自己のありようを常に問い直していた。私はそれを無駄な努力と笑ったり出来ない。
同時代に生きていたとしても、彼らのように出来た自信さえない。
「人生雑誌」での「想像の共同体」は、まるで現代のSNSを想起させるが両者は大きく違う。
SNSには編集者の「査読」がない。
制約もない投稿は時に独りよがりであり、言葉の暴力さえ生み出してしまう。
勤労青年たちの鬱屈が生んだ大衆教養主義は、戦後のさまざまな歪みや格差を浮き彫りにしていた。だが同時に、現代の世論のありように批判の眼を向けざるを得ないものでもある。
格差も貧困も、決して解消された問題などではない。
むしろ見えにくくなっているだけに深刻で根が深い。
そこで犠牲になるのは弱い存在である子どもたちだ。
彼らの声をどうすくいあげるか。
支えとなる「想像の共同体」を生み出すことはもう出来ないのか。
勤労青年に寄せるまなざしは終始温かいが、多くの問題を投げかける力作だ。
もしや著者は「専門図書館」にも足を運んだかしらと、想像しながらの一気読みだった。
ブク友さんたちにもお勧めの一冊。 -
すごく面白かった。教養主義的・知性的反知性主義的な雑誌の衰亡が、その時代背景とともに分厚く、しかしクリアな図式で描かれる。人生問題から健康への撤退。
ぜひ、牧野智和さんの自己啓発の時代: 「自己」...
ぜひ、牧野智和さんの自己啓発の時代: 「自己」の文化社会学的探究をば!
安い・うまい・早いの3拍子が揃ったレシピをいつも求めているワタクシです(*'▽')
これね、とーっても良い本なのです。考えさ...
安い・うまい・早いの3拍子が揃ったレシピをいつも求めているワタクシです(*'▽')
これね、とーっても良い本なのです。考えさせるという意味で。
レビューがたったこれだけとはあまりに寂しい。
なんて言って、私もお勧めがなければ読みませんでした。
たまたま早く入手できて良かったです。
自己啓発の本は未読なんですが、ついていけるかしら。
今度探してみますね!ありがとうございます!