新エミール (ちくま文庫)

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著者 : 毛利子来
  • 筑摩書房 (1985年12月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (261ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480020239

新エミール (ちくま文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 日本の著名小児科医(育児本の作者)といえば松田道雄と毛利子来を思いつくのだが、私は毛利さんの本は初めて読んだ。79年に書かれた本であるが、著者は当時の保育の現状を憂いて「エミール」を真似た形で自身の教育論を展開している。しかし、子供を取り巻く状況は当時よりももっと大変なものになってきてるのかもしれない。日本では親の孤立は昔に比べてさらに強まっていると思うし、政治経済的にも子育ては大変だと思う。だいたい、保育することじたいけっこう大変な仕事なわけで、それプラス大人の心配事が増えればそりゃ誰も子供産みたくないだろう。

    初めて本家本元の「エミール」を読んだとき、内容の斬新さに衝撃を覚えたのだが、毛利さんの新エミールも、子供の自然の姿を尊重するという立場においてルソーの教育論を踏襲している。18世紀には自然の、ありのままの子供を受け入れるという発想が新しいものだったが、現代においても、子供を大人がよいとする社会の一員として教育することは当然のこととして受け止められており、そういう意味では社会のあり方にあわせて子供を作り上げる視点は同じようなものだと思う。「将来子供が困らないように」、私たちははそれはそれはがんばって子育てをしているのである。それが子供に多雨する義務であり、愛情であると強く信じているのだ。

    でも、そんなふうに子育てしてるとけっこう疲れる。学校で集団行動できる子供であるということはもう大前提である。鉛筆をしっかり持てて、ご飯は時間通り好き嫌いなく食べて、知らない人にも挨拶ができて、お友達とおもちゃをシェアできて、夜は時間になったらちゃんと布団に入る。挨拶は当然。6歳までにこれができないと罪悪感に陥る。
    あ~、書いてるだけで疲れてきた。ついでにいえば、こういうことを普通はお母さんが全部しつけないといけない。お父さんは保育の当事者じゃないのだ。これがさらに疲労感を増す。

    私は本当は、子供だけを見て、子供が思っていることを考えてそれに併せて行動したい。なぜなら本能的に、それが正しい子育ての形であると思うから。それは子供に迎合したり、子供を王様扱いするのとは違う。でも、そんなことは生活していく上では不可能だし(私もいろいろすることがあるので)、ましてや、そうすることで子供を大きく損なうような恐怖がある。夫を含めたほかの人と意見を闘わせるのも疲れる。権威のある人たち(子育てのプロや教師や医者)の言うことの方が正しいような気がする。

    もっとじぶんに自信を持ってもいいのかも、と思った。「新エミール」には子供との戦い、というような表現が出てきたけれど、それは、対等の存在としてお互い認め合うことからしか始まらない。子供としてのあなたと、大人としてのお母さんと。生きてきた年数は違うけれど、同じ人間なので、わかり合えなければ試行錯誤してやっていくべきなんだろう。大人はわかったような顔をして子供に指示するだけではいけないのだった。

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