- Amazon.co.jp ・本 (319ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480022721
感想・レビュー・書評
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予備知識もなく衝動買いした本だが大当たりだった。社会史の書だが、ゾクゾクするような面白さはまるで推理小説を読んでいるよう。
笛吹き男について、一般的に知られている話はグリムのドイツ伝説集によるものである。だが「鼠捕り男の復讐」というのは、どうも後付けのテーマらしい。最古の資料、リューネブルグ手書本に鼠捕りの話はなく、ただ1284年、笛吹き男に引率された130人の子供達がハーメルン市から姿を消した、とだけ書かれている。その理由は一切説明されていない。
著者は、1284年に130人の子供達がハーメルンから消えたのは史実であると結論し、⑴なぜ子供達が失踪したのか、⑵なぜそれが有名な伝説となって今日の形で伝えられたのか、と疑問を投げかける。それに答えるべく、①当時のハーメルン市を取り巻く状況、②子供達を含む市民層の実態、③笛吹き男の正体、という3つの因子について、資料や論文をもとに自論を展開してゆく。
本書の意義は、従来の西洋史学で黙殺されてきた都市下層民を取り上げた点にあるらしい。都市の最下層に生きる寡婦や被差別民である放浪者を、伝説の主役または語り手としてクローズアップしたところに新しさがあったようだ。
民衆に光を当てるという、高邁な精神のもとに書かれた本なのだが、引き込むような語り口のおかげで、学問的下地がなくとも楽しめる。興味がある人には、肩肘張らずに一読することを薦めたい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ずっと読みたかった歴史学の名著をいまさらやっと。とても面白く興味深かった。
「ハーメルンの笛吹き男」自体は子供の頃から童話として知っていたけれど、他の一般的な童話と違い、このお話の怖いところは基本的に実話ベースなところ。ハーメルンの町で1284年6月26日に起きたとされる子供たちの集団失踪事件自体は歴史的事実。そこからさまざまな憶測や尾ひれがついて伝承されていき最終的に童話化していったけれど、本書では、そのときハーメルンで一体何が起こったのかを、時代背景や歴史的事件から紐解いていく構成になっている。
「笛吹」という職業の当時の社会での立ち位置、身分差別的な扱い、さらに戦争や飢饉による人々の移動(植民)など、その時代背景を知ること自体もとても興味深かった。子供たちの失踪理由にも、十字軍や流行病、さまざまな説があり、どれもなるほどなと思わされる。そして中世にはなんらかの事情で大勢の人が死ぬこと自体は珍しくなかったはずなのに、なぜハーメルンの事件だけが伝説化していったのか、その過程も。
事件が伝説=物語化した例としてこれ以上のサンプルはないと思う。童話としては、大人たちが報酬をけちった(笛吹に嘘をついた)ことで報復され子供たちが失われる=嘘はいけませんよという教訓話のように思っていたけれど、本質は全然違うところにある。事実がどうだったにせよ、想像力を刺激される何かがありました。 -
グリム童話の「ハーメルンの笛吹き男」。ドイツのハーメルンの町に現れた男が笛の音でねずみを駆除してやるのだが、町は彼に報酬を支払わない。怒った男は笛の音で町の子どもたちを連れ去ってしまうというお話。ちょっと怖いが教訓も含んでいる、よくできた有名な童話だ。
一方、中世ドイツの地方都市の文献を研究していた著者は1284年のハーメルンで130人の子どもたちが行方不明になっていた事実を知る。つながった童話と事実。なぜ子どもたちは消えたのか、笛吹き男は実在したのか、著者の歴史探求がはじまる。
本書では、中世ヨーロッパの社会や生活、宗教、差別などを説明し、笛吹き男のような旅芸人やネズミ捕りの職人が実在しことを明らかにする。また、当時は植民のための市民の大量移住が起きていたし、子供だけの十字軍も編成されていたらしい。著者はこれら事実を組み合わせ、先人の歴史家たちの発表なども紹介し、様々な説を検討する。
が、13世紀の小さな町での出来事だ。本書では断定的な決着までには至らない。しかし、それはしょうがないことだし、わからないままでいいんじゃないのか。ハーメルンでの悲劇が童話として現代まで語り継がれたことで歴史のすごさ、おもしろさを十分に味わえるのだから。 -
中世ドイツの貧しい庶民の内面にまで分析の光を当てた、哀切さをさえ感じさせる歴史研究書。
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阿部謹也の本では、これを最初に読んだのですが、多分一番熱心に読んだと思う。よく知っていると思っていた話。その実像が明らかになっていく興奮は、...阿部謹也の本では、これを最初に読んだのですが、多分一番熱心に読んだと思う。よく知っていると思っていた話。その実像が明らかになっていく興奮は、今も忘れられないです。2012/03/12
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巻末の石牟礼道子の解説「泉のような明晰」も含めて、読んだ後胸がいっぱいになる歴史書。ハーメルンの笛吹き男の伝説の解明だけでなく「学者」も伝説の型(パターン)作りに多かれ少なかれ加担しているということ、それを持ってして民衆を中心にすえた歴史学を追究するために必要なのは知に驕らない謙虚な心構えであることなど、力強い言葉が綴られている。
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阿部謹也氏が1988年に刊行した歴史学書。
私が大学入学とすぐに教授に薦められた本の中の一冊。
グリム童話「ハーメルンと笛吹き男」は実は13世紀に実際に起こった出来事である。という歴史に興味がなくても惹きつけられる例を基に、中世ヨーロッパの社会を解き明かしていく作品。
歴史学をこれから学ぶ大学生や、これまで歴史学に興味がなかった社会人などにオススメ。
作者と一緒にまるで謎解きをしながら歴史を解明していくような爽快感が魅力な作品です。
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歴史とともに物語を読むことで、今の自分では考えられない状況も、そよときならそうなるだろうと思わせられる。歴史とセットで物事を知ることの重要性を学ぶ。
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ハーメルンの笛吹男の伝説というか、おとぎ話というか、この伝説がどうして生まれたのか、1284年6月26日にドイツのハーメルンで130人の子どもが失踪したという出来事が、歴史的事実であると確認した上で、渉猟した文献を丹念に紐解き、慎重に歩みを進めながら、ヨーロッパ中世における民衆の暮らしを浮かび上がらせるもの。知的好奇心を掻き立てる極めて興味深い一冊でした。
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迫害、差別、そして、格差社会。
そんな時代背景が、この物語として語り継がれてきた核になっている。
いや、大半の物語がそうか?
どの国や地域にも、伝説として残っている話がある。
事実が問題だと深堀りすることも当然必要だろうけど、真意という意味では、史実がどうだとかはあまり関係も意味もない気がする。
そこに共通して感じるものは、何なのか?
大切なものと、どう向き合っていくのか。
一人一人に何かを芽生えさせる物語が大事ですね。
地政学とキリスト教。
ヨーロッパの歴史を知ろうとすると、この事象を通してでないと見えてこない事もある。
ハーメルンという街も、深い部分でそれが繋がっている気がした。
未来へ伝えられ、語られ、残っていく。
ミステリアスであることは、人の想像を掻き立て、考える余地を残してくれる。
もしかすると、はっきり分からないことこそ、人が活き活きと出来る大事なファクターだと感じる。
簡単に手短に、知れる、分かる、理解できる。
そこに、現代の闇が出てきているのかもしれないですね、、。
謎は解けないでもどかしい。
それが、ある意味、ベター!。笑