源実朝 (ちくま文庫)

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著者 : 吉本隆明
  • 筑摩書房 (1990年1月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (324ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480023766

源実朝 (ちくま文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 鎌倉幕府の3代目将軍源実朝。北条家に実権を握られ、単なる象徴としての立場で、危うい存在。そのような立場から発するこころの表現は<和歌>形式に鈍色の光を放って、決して愉しさにも、かなしさにも、あわれにも、たどり着けないように見える。

  • 平安末期から鎌倉時代にかけては『袋草紙』『古来風体抄』『毎月抄』など歌学書・歌論書がたくさん現れた時期で、これはとりもなおさず、当代のかれら自身にとってももう和歌というのが一体何なのかがよくわからなくなりつつあったからだ。内裏は焼け、律令政治は形骸化し、貴族たちは平安時代をすでに失われた理想的規範としてしか見ることができなくなっていた。貴族達にとってそうした規範的過去を生きる手段のひとつが和歌に打ちこむことで、歌作と和歌文化を維持することは自分たちの生きる規範的世界を維持するのに必要なことだった。

    当時すでに在京の貴族たちにとっても『古今集』の和歌は研究しなければなじめない、親しみがたい「外部」の存在になりつつあった。それより古い『万葉集』はもってのほかだ。だとすれば、貴族文化とはまったく異質の、血なまぐさい東国武門の惣領制度のなかに育った実朝にとってとなると、その距離は測りがたいほどの隔たりといってもよかった。だから、実朝の人生固有の悲劇性ということを抜きにして考えれば、かれと和歌との距離はじつは現代のわれわれと和歌とのあいだに横たわる断絶の距離によく似ている。

    吉本は「文庫版によせて」のあとがきで実朝の歌作について「本歌取りというよりも、『万葉集』と『古今集』の任意の気に入った歌から、上句と下句を自由につなぎあわせて、新しい歌にするといった、パズル遊びのように思えるときがある」と書いている。これは現在のわれわれが古今調の和歌(短歌ではなく)を作ろうとするときにまず陥らざるをえない体験だ(僕はやってみたことがあるのでわかる)。実朝の『万葉集』読解をたどる吉本のやりかたは具体的で、百人一首に入る「世の中は」の歌についても、この少年歌人が『万葉集』のどの箇所を読んでいるときにいかにして生まれたのかまで生々しく想像している。こういうのを見ると、あるいは実朝あたりから定家、後鳥羽院と逆順に辿っていくことによってしか、われわれは『古今集』の世界の理解へとたどり着くことができないのかもしれないな、とも思う。

    歌人実朝だけでなく、和歌とはなんであったかを考えるうえで欠かせない考察のある本。

  • [要旨]
    中世期最大の詩人のひとりであり、学問と識見とで当代に数すくない実朝の心を訪れているのは、まるで支えのない奈落のうえに、一枚の布をおいて坐っているような境涯への覚醒であった。本書は、中世初期の特異な武家社会の統領の位置にすえられて、少年のうちからいやおうなくじぶんの〈死〉の瞬間をおもい描かねばならなかった実朝の詩的思想をあきらかにした傑作批評。

    [目次]
    1 実朝的なもの;2 制度としての実朝;3 頼家という鏡;4 祭祀の長者;5 実朝の不可解さ;6 実朝伝説;7 実朝における古歌;8 〈古今的〉なもの;9 『古今集』以後;10 〈新古今的〉なもの;11 〈事実〉の思想;実朝における古歌 補遣;実朝年譜

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源実朝 (ちくま文庫)の作品紹介

中世期最大の詩人のひとりであり、学問と識見とで当代に数すくない実朝の心を訪れているのは、まるで支えのない奈落のうえに、一枚の布をおいて坐っているような境涯への覚醒であった。本書は、中世初期の特異な武家社会の統領の位置にすえられて、少年のうちからいやおうなくじぶんのの瞬間をおもい描かねばならなかった実朝の詩的思想をあきらかにした傑作批評。

源実朝 (ちくま文庫)はこんな本です

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