記憶の絵 (ちくま文庫 も 9-1)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 292
感想 : 21
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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480025982

作品紹介・あらすじ

葬式饅頭を御飯にのせ、煎茶をかけて美味しそうに食べた父・鴎外のこと、ものの言い方が切り口上でぶっきら棒、誤解されやすかった凄い美人の母のこと、カルチャー・ショックを受けたパリでの生活、などなつかしい言葉と共にあった日常のこと-。記憶の底にある様々な風景を輝くばかりの感性と素直な心で描き出した滋味あふれる随筆集。

感想・レビュー・書評

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  • よく持ち歩いて、読みかえしています。

  • 筑摩書房から1968年に出版された、エッセイ集。
    のちに旺文社文庫、ちくま文庫では1992年2月24日第一刷。この本は、2006年9月5日第13刷版。
    自分ではいつ買ったのだろう?忘れてしまった。
    3年ほど前に、早川茉莉氏の編で、テーマごとにまとめられた森茉莉のエッセイ集を3冊読んだ。
    この本も、同じように、父・森鷗外のこと、巴里のことなどが綴られているが、なぜか、以前読んだ3冊に対するものとは違った印象を受けた。
    やはり、“誰かが選んだ”というものは、その人のフィルターがかかるというか、主張のような物が入ってしまうのだろうか?
    この本では、直に茉莉に触れた、と感じた。

    たった一年の滞在だが、茉莉は巴里が大好きだ。
    銀座の高級店の店員の無礼な態度に憤る時も、必ず、巴里の店員の優雅な対応を引き合いに出す。
    私はその中に多少の、日本人特有の西洋コンプレックスを見出していたが、今度は、それは少し違うと感じた。
    たった一年の滞在だったが、その間に巴里は細胞ごと茉莉を変えたのである。
    茉莉が文筆活動を始めたのは中年を過ぎてからだが、巴里での生活が無かったら、今のような作品は書かれなかったかもしれない。

    父の思い出も、賛美だけでなく、知られざる一面が描かれている。
    “鷗外の妻”だったが故に、ソクラテスの妻並の悪妻のように言われた母親に対しても、優しい弁護をしている。

    物事に対する辛口の視線は相変わらずだが、今でも少しも古さを感じず共感できる。
    たとえば、やりすぎな正義についての考え方。
    茉莉は、正しいことを守るにしても、ある程度の余裕(ゆとり)、多少の振幅をつける方が道を踏み外さない、と考える(もちろん、他人に迷惑をかけること、犯罪となることは除外しての話)

    この本は、一度目の結婚の失敗を描いて終わるが、茉莉が婚約をすると、自分から婚約者の方へと茉莉の気持ちが移るようさりげなく仕向けたり、初めての海外で青春を楽しむ娘に自分が重篤な病であることを知らせないようにと気遣ったりする鷗外の父親心が染みる。
    そして、旅先で父の死を知る茉莉。
    その後に予定通り回った、父が生前、もう一度行きたいと願っていた伯林(ベルリン)では、何を見ても父が偲ばれる。

    帰国して、次第に心を病む夫。
    そのせいで家庭は壊れた。
    そして、一人では何もできないお譲様奥さんだった茉莉は、相談したい人をすべて失い、一人で考え、一人で家を出たのである。
    うつむいて門を出る姿が目に浮かぶ。
    茉莉が書くからかもしれないが、物語のような結末だった。

  • 森鴎外の娘、森茉莉のエッセイ。
    鴎外は自分の子供を洋風に名付けた。長男は於菟(おと Otto)でちょっと残念な感じだが、長女の茉莉(Marrie)は良い。深窓の令嬢感が溢れている。

    約350ページの中に約120個のエッセイが詰められている。それぞれ2~3ページ程度でさらりと纏められてあり、電車の一駅分の区間でも読めてしまう。

    エッセイのテーマとしては、タイトルにある通り、森茉莉の回想録が中心となり、それこそ自身の最も古い記憶から辿り、尋常学校、高等女学校、嫁入り、洋行、父鴎外との死別、帰国、そして離婚を以て締めくくられている。
    前半は身辺雑記的なエッセイも多いのだが、嫁入り以降はひたすらに回想を先に進めていく。洋行の前、鴎外との別れのあたりから、登場人物も増え、小説的な面白さが加わってくる。
    特にフランスから登場してくる夫の友人の矢田部達郎との関わりと、彼へと向ける茉莉のまなざしの過程は、父鴎外への愛情(『恋愛』、と言い切っている)を隠してはばからないこのエッセイ集の、もう一つの華になっているように思う。
    このエッセイを著した頃、すでに矢田部は先立っていたこともあるのだろう。それでも筆者にとってこれを書くことは自分の人生にとっても一つの決断だったのではないか。
    一般的に数十年の時間の経過は過去の恋心も何も風化させてしまうものだと思うが、このエッセイは奇跡的に、今そこにあるかのような確かさをもって、響いてくる。

  • 再読。「矢川澄子作品集成」で触れられていて、思い出したので。他のエッセイ集と重なるエピソードがいくつもあるけれど、まるっきり同じではないので、特に損した気分にはならずに読める。妹さんのことと、ご自身の結婚から離婚に到るまでのことが、他に比べると詳しく書かれているような。松井須磨子が実家に来たり、パリでニジンスキーや藤田嗣冶に会っていた、というお話もいくつか。

    しかし彼女の随筆は、たまにとても凄味があって、今回も以前印象に残っていた「犬たち」「恋愛」にはドッキリした。それらとは別に、卵の話で、代赭色の卵が美味しいけれど、楽しむために真白のも買う、という彼女の楽しみの見つけ方は、私も見習いたい。

  • 「卵の味には明るさがあり、幸福が含まれている。」(「卵」)

  • 少女時代からパリでの結婚生活、そして離婚に至るまでの思い出を綴ったエッセイ。森茉莉のエッセイは特に幼少期やパリでの生活の部分が読んでいてとても楽しいです。お洒落に拘りがあった彼女の、着物の柄や色彩を表現する文章はうっとりするくらい美しい。またパリの情景やそこでの暮らしも淡い夢のように美しく、現実には存在しない『巴里』のよう。森茉莉の耽美な部分と絶妙な笑いのツボが混じったエッセイは読むと元気が出ます。

  • 著者がみずからの来歴を振り返ったエッセイで、父の鴎外にかんする思い出や、友人の萩原葉子のこと、また、著者の夫であったフランス文学者の山田珠樹とその友人たちとの交流などが語られています。

    夫とともに洋行することになった著者はパリで生活を送るなかで、「日本にいてさえ(用事のない奥さん)だった私はいよいよすることがない」といい、「私は巴里で、はっきり自覚した怠け者になったようだ」と述べます。そんな著者が見いだしたのは、「「欧羅巴」という魔神(女)」でした。「欧羅巴の中にあるもの」と題されたエッセイで、著者は「欧羅巴」に触れた体験を語りだし、「いろいろな時に私は、マルセイユに上陸した時から自分を包みはじめた、香いのようなもの、どこか恐ろしい陥穽のようなものを、漠とした中で、うけとっていた」といいます。

    著者の感じた「欧羅巴」は、フランス文学者である夫の「洋行」にともなってパリで暮らすことになった彼女が、自身の無為を自覚することによって彼女の前に現われてきたものです。それは、近代日本を背負って西洋に向かいあうことを引き受けた父・鴎外を通して幼いころから「欧羅巴」に触れてきた著者だからこそ、こうしたスタンスでそれを受け取ることができたのではなかったかと思わされました。

  • 歯切れが良くて小気味良いのだが、中に数篇、読むのに苦労して中身が響かないものがあって、それが残念。

  • 森茉莉の憧憬がわかる一冊。

    小さな頃からのエピソードがたくさんあって、一つ一つが短いのだけど、話の多くは終わり方に余韻があってとても良い。

    小学校の時に出会っていたら絶対に友達になれなかったと思うが、今お互いこの歳で会っていたら私は良い友達になれると思う。古風で耽美的なものが好きだという嗜好は彼女の本を読んで増強されるばかり。

  • 森茉莉さんというと、森鴎外の長女で、若くして結婚してパリに在住し、その文章が三島由紀夫に高く評価され、という華やかな一面がすぐに思い浮かぶ。一方では、(料理を除き)家事全般が苦手で、一人住まいの部屋はゴミ屋敷と化し、親族も手を焼いていたという面も思い出される。

    このエッセイでは、森茉莉さんが持っているその両面が顔を出していて興味深く、美しかったパッパ(鴎外)との団子坂での暮らしから、夫とのパリでの生活、そして友達に借金を繰り返す暮らしまでが綴られている。

    とくに、このエッセイに収められた「陸軍省の木陰道」は、職場の父親を訪れた記憶を美しく描いています。また、パリの生活なども興味深く読みました。(「巴里のバレ・リュッス」:バレエ・リュスをリアルタイムで見ていたとは。)

    なにか、明治の人でありながら、厳めしい感じがなくて、美しさに心を惹かれつつ、生身の自分をさらけ出しているような人でした。

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著者プロフィール

1903~87年、東京生まれ。森鴎外の長女。1957年、父への憧憬を繊細な文体で描いた『父の帽子』で日本エッセイストクラブ賞受賞。著書に『恋人たちの森』(田村俊子賞)、『甘い蜜の部屋』(泉鏡花賞)等。

「2018年 『ほろ酔い天国 ごきげん文藝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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