- Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480025982
作品紹介・あらすじ
葬式饅頭を御飯にのせ、煎茶をかけて美味しそうに食べた父・鴎外のこと、ものの言い方が切り口上でぶっきら棒、誤解されやすかった凄い美人の母のこと、カルチャー・ショックを受けたパリでの生活、などなつかしい言葉と共にあった日常のこと-。記憶の底にある様々な風景を輝くばかりの感性と素直な心で描き出した滋味あふれる随筆集。
感想・レビュー・書評
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よく持ち歩いて、読みかえしています。
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森鴎外の娘、森茉莉のエッセイ。
鴎外は自分の子供を洋風に名付けた。長男は於菟(おと Otto)でちょっと残念な感じだが、長女の茉莉(Marrie)は良い。深窓の令嬢感が溢れている。
約350ページの中に約120個のエッセイが詰められている。それぞれ2~3ページ程度でさらりと纏められてあり、電車の一駅分の区間でも読めてしまう。
エッセイのテーマとしては、タイトルにある通り、森茉莉の回想録が中心となり、それこそ自身の最も古い記憶から辿り、尋常学校、高等女学校、嫁入り、洋行、父鴎外との死別、帰国、そして離婚を以て締めくくられている。
前半は身辺雑記的なエッセイも多いのだが、嫁入り以降はひたすらに回想を先に進めていく。洋行の前、鴎外との別れのあたりから、登場人物も増え、小説的な面白さが加わってくる。
特にフランスから登場してくる夫の友人の矢田部達郎との関わりと、彼へと向ける茉莉のまなざしの過程は、父鴎外への愛情(『恋愛』、と言い切っている)を隠してはばからないこのエッセイ集の、もう一つの華になっているように思う。
このエッセイを著した頃、すでに矢田部は先立っていたこともあるのだろう。それでも筆者にとってこれを書くことは自分の人生にとっても一つの決断だったのではないか。
一般的に数十年の時間の経過は過去の恋心も何も風化させてしまうものだと思うが、このエッセイは奇跡的に、今そこにあるかのような確かさをもって、響いてくる。 -
再読。「矢川澄子作品集成」で触れられていて、思い出したので。他のエッセイ集と重なるエピソードがいくつもあるけれど、まるっきり同じではないので、特に損した気分にはならずに読める。妹さんのことと、ご自身の結婚から離婚に到るまでのことが、他に比べると詳しく書かれているような。松井須磨子が実家に来たり、パリでニジンスキーや藤田嗣冶に会っていた、というお話もいくつか。
しかし彼女の随筆は、たまにとても凄味があって、今回も以前印象に残っていた「犬たち」「恋愛」にはドッキリした。それらとは別に、卵の話で、代赭色の卵が美味しいけれど、楽しむために真白のも買う、という彼女の楽しみの見つけ方は、私も見習いたい。 -
「卵の味には明るさがあり、幸福が含まれている。」(「卵」)
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少女時代からパリでの結婚生活、そして離婚に至るまでの思い出を綴ったエッセイ。森茉莉のエッセイは特に幼少期やパリでの生活の部分が読んでいてとても楽しいです。お洒落に拘りがあった彼女の、着物の柄や色彩を表現する文章はうっとりするくらい美しい。またパリの情景やそこでの暮らしも淡い夢のように美しく、現実には存在しない『巴里』のよう。森茉莉の耽美な部分と絶妙な笑いのツボが混じったエッセイは読むと元気が出ます。
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著者がみずからの来歴を振り返ったエッセイで、父の鴎外にかんする思い出や、友人の萩原葉子のこと、また、著者の夫であったフランス文学者の山田珠樹とその友人たちとの交流などが語られています。
夫とともに洋行することになった著者はパリで生活を送るなかで、「日本にいてさえ(用事のない奥さん)だった私はいよいよすることがない」といい、「私は巴里で、はっきり自覚した怠け者になったようだ」と述べます。そんな著者が見いだしたのは、「「欧羅巴」という魔神(女)」でした。「欧羅巴の中にあるもの」と題されたエッセイで、著者は「欧羅巴」に触れた体験を語りだし、「いろいろな時に私は、マルセイユに上陸した時から自分を包みはじめた、香いのようなもの、どこか恐ろしい陥穽のようなものを、漠とした中で、うけとっていた」といいます。
著者の感じた「欧羅巴」は、フランス文学者である夫の「洋行」にともなってパリで暮らすことになった彼女が、自身の無為を自覚することによって彼女の前に現われてきたものです。それは、近代日本を背負って西洋に向かいあうことを引き受けた父・鴎外を通して幼いころから「欧羅巴」に触れてきた著者だからこそ、こうしたスタンスでそれを受け取ることができたのではなかったかと思わされました。 -
歯切れが良くて小気味良いのだが、中に数篇、読むのに苦労して中身が響かないものがあって、それが残念。
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森茉莉の憧憬がわかる一冊。
小さな頃からのエピソードがたくさんあって、一つ一つが短いのだけど、話の多くは終わり方に余韻があってとても良い。
小学校の時に出会っていたら絶対に友達になれなかったと思うが、今お互いこの歳で会っていたら私は良い友達になれると思う。古風で耽美的なものが好きだという嗜好は彼女の本を読んで増強されるばかり。 -
森茉莉さんというと、森鴎外の長女で、若くして結婚してパリに在住し、その文章が三島由紀夫に高く評価され、という華やかな一面がすぐに思い浮かぶ。一方では、(料理を除き)家事全般が苦手で、一人住まいの部屋はゴミ屋敷と化し、親族も手を焼いていたという面も思い出される。
このエッセイでは、森茉莉さんが持っているその両面が顔を出していて興味深く、美しかったパッパ(鴎外)との団子坂での暮らしから、夫とのパリでの生活、そして友達に借金を繰り返す暮らしまでが綴られている。
とくに、このエッセイに収められた「陸軍省の木陰道」は、職場の父親を訪れた記憶を美しく描いています。また、パリの生活なども興味深く読みました。(「巴里のバレ・リュッス」:バレエ・リュスをリアルタイムで見ていたとは。)
なにか、明治の人でありながら、厳めしい感じがなくて、美しさに心を惹かれつつ、生身の自分をさらけ出しているような人でした。