桃仙人―小説深沢七郎 (ちくま文庫)

  • 22人登録
  • 4.38評価
    • (4)
    • (3)
    • (1)
    • (0)
    • (0)
  • 5レビュー
著者 : 嵐山光三郎
  • 筑摩書房 (1997年12月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480033376

桃仙人―小説深沢七郎 (ちくま文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • ごっつい文庫で6分冊の『ソロモンの偽証』を、通勤電車で月曜からぐいぐい読んで、金曜までに4冊読んだところで、頭がのめりこみすぎる気がして、そこの週末は、頭にインターバルってことで、嵐山光三郎のゆるーい本『桃仙人 小説・深沢七郎』を読んだ。文庫の字組みも、他の本に比べると、みょうに行間が空いている感じで、ゆるーっとして見える。

    あとがきによれば、「この小説は、1987年、深沢七郎さんが亡くなられたときに書いたもの」(p.160)で、深沢さんを追悼するつもりで『小説新潮』誌に書いたそうだが、「なにぶん、ぼくはとり乱していたので、思いこみがさきばしって、冷静に書けませんでした」(p.160)という。

    それを安原顕に単行本にしましょうと言われて、「大はばに書きなおしたのがこの小説」(p.160)である。嵐山は続けてこう書く。

    ▼新しく書きなおしながら、深沢さんのことをあれこれ思い出すと、楽しかった思い出ばかりが残って涙が出てきます。最後にぼくも斬りすてられましたが、そのことをふくめて、深沢さんは、アクマのようにすてきな人でした。深沢さんに連れられて行った石和の桃見や、佐久のヤマメの旅を思いおこすと、「あれほど楽しい時間は二度と戻ってこないだろう」と思います。それから、深沢さんのムスコとして、最後まで深沢さんをみとったミスターヤギのやさしさも忘れることはできません。
     深沢さんは、深沢さんの農場に集る人々を「夢屋一家」と呼んで、こころのこもったもてなしをしてくれました。世間では、人間嫌いのヘンクツ者とみられ、また、そう思われてもしかたがない言動をしてきた人ですが、そのじつ、心やさしく、淋しがり屋で、遊びに行った人が帰るのがいやで「泊まっていけ、泊まっていけ」とすすめました。その言葉に甘えてぼくは、しょっちゅうラブミー農場に泊まったものです。(pp.160-161)

    最後には斬りすてられたと嵐山は書いているが、小説でもオヤカタの交際ぶりがこう綴られる。

    ▼ぼくは、オヤカタが、出入りする人間との交際をつぎつぎと斬り捨てていくのを目撃しつづけてきた。絶交の通告は突然やってくる。オヤカタは、つい三日前まで兄弟のように親しくしていた人を、いともあっさりと斬り捨ててしまうのだった。(p.27)

    この後ろには、「オヤカタの家へ出入りする人の基本的な16カ条というもの」(p.27)が並べられている。最初のウチは緊張している客も、うちとけると、どれかひとつをするっと踏みはずしてしまい、オヤカタは「その踏みはずす一瞬を心にとめて、つぎからはまったく心を開かなくなる」(p.28)のだそうだ。

    私がおもしろいなと思ったのは、オヤカタの金銭感覚について書いたところと、オヤカタの小説が音楽のようだというところ。

    ▼オヤカタは、金銭の計算が好きだった。
     儲けるつもりで味噌を作り、売っているが、やたらと人にあげるため商売は赤字だ。大まかでずぼら商売なのに、伝票だけはやたらと細かいのだった。
     ぼくはオヤカタの本心は、商売をしながら小説の筋をさぐっているのかもしれないと思っていた。商売の筋道の道端に、小説の肋骨やら迷路があるのを見物しようとしているのだ、と思っていた。商売は感情的だった。銭の話も感情的なのだった。(p.77)

    ▼オヤカタは、現金商売が好きなのだ。今川焼を売るように自分の本を売りたい、ということを以前から話していた。オヤカタの和室に経本をつめた封筒が二千束積まれた。オヤカタは、味噌を売る気分で本を売っているのだった。(p.124)

    ▼ぼくは、そのころ、オヤカタの「楢山節考」を毎日読み続けていた。短かい小説だから、一時間もあれば読み終える。「楢山節考」はギターのレコードのような小説だった。何回も何回も読むのは、一枚のレコードを何回も何回もかけて聴くのと同じだった。「楢山節考」に限らず、オヤカタの書いた小説はくりかえして読んだ。
     オヤカタの小説は音楽だという気がした。オヤカタが最初に書いた小説は「アレグロ」という題だった。(pp.95-96)

    今川焼を売るように本を売りたい、味噌を売る気分で本を売っている、そのオヤカタの感覚に興味をひかれる。今川焼だとか味噌だとか、つまりは生活必需品のような感覚か?とも思う。

    小説ではない本だったら、私はむかし何回も何回も何回も読んで、本がいたんでしまって二代目を買ったというのがあるが、小説はくりかえして読むといっても、せいぜい2、3回くらいで、レコードを何回も何回もかけて聴くほどに読んだのはないなあと思う(じーっと思い出してみると、干刈あがたの小説は、ものによっては5、6回かそれ以上読んでいるかもしれない)。

    なにか短い小説を、私もくりかえして読んでみようかなと思った。でも、オヤカタは嵐山さんにとっては「アクマのようにすてきな人」で、私にとって、そう思うくらいすてきな書き手は誰かいるかなあ。

    (4/24了)

    ※私が読んだのは1997年刊のちくま文庫だが、その後、2013年に中公文庫から『桃仙人―小説深沢七郎』が出ている。

  • なんというか、深沢七郎という人の「業」の深さを感じさせる文章だと思う。
    深沢オヤカタという存在は本書の中ではスケールの大小というよりもみんなが高さを競っているときにやたらと重い、とか、そもそも次元が違う、という感じですね。
    そういう人だから、引力にひかれるようにしてある種の人々が引き寄せられてくる。著者もその一人であり、そして引き寄せられたが最後、いつかその関係が切れるという淡く切ない予感に支配される。恋、ですな。オッサン同士の。
    こういうのってサブカル方面でいえば、根本敬と諸先生の関係や、時代をさかのぼれば著者の近年の関心である芭蕉一門の関係なんかにも通じるのかもしれない。
    そういえば芭蕉の初期の俳号は「桃青」、深沢オヤカタの最初の芸名が「桃原青二」。因縁です。

  • 師弟愛。
    猛る師と、そのエネルギーを少しでも吸収したいと願う弟子。
    その溢れんばかりの愛情が、ほっと温かな気持ちにさせてくれる。
    そんな本です。

  • 「師匠」とは何か?
    ということをきちんと書いてある
    希有な小説です。

    深沢七郎著作も合わせてどうぞ。

  • 読んだことがあったのにまた借りてしまった。が、またおもしろかった。

全5件中 1 - 5件を表示

嵐山光三郎の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
三浦 しをん
ヨシタケ シンス...
有効な右矢印 無効な右矢印

桃仙人―小説深沢七郎 (ちくま文庫)はこんな本です

ツイートする