命売ります (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
3.60
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本棚登録 : 5992
感想 : 631
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480033727

作品紹介・あらすじ

目覚めたのは病院だった、まだ生きていた。必要とも思えない命、これを売ろうと新聞広告に出したところ…。危険な目にあううちに、ふいに恐怖の念におそわれた。死にたくない-。三島の考える命とは。

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    自殺に失敗した男が新聞に『命、売ります』という広告を出すところから話は始まった。

    前提として、この話は「社会における何らかの組織」にもはや属さなくなった主人公と、組織にいまだ属するその他登場人物に分かれている。
    「もはや自分の命なんていらないから、何でも割り切りまっせ」という主人公の飄々っぷりや、変な依頼をする様々な依頼人たちとのやり取りが読んでて面白かった。

    と、序盤から中盤にかけてはコミカルな展開なのだが、後半から一気に物語はスリリングな展開へと突入してゆく。

    終盤、次第に命が惜しくなった主人公は助けを求め始めるが、「組織に属さない」主人公を国家権力の警察ですら助けてくれないといった終わり方に。

    内容そのものもとても面白かったのですが、それ以上に社会から外れてしまうリスクについて、非常に考えさせられる1冊でした。


    【あらすじ】
    ある日、山田羽仁男なる27歳のコピーライターが自殺を図る。
    はっきりした理由はなかったが、あえて探れば、いつものように読んでいた夕刊の活字がみんなゴキブリになって逃げてしまったからだ。
    「新聞の活字だってゴキブリになってしまったのに生きていても仕方がない」と思った羽仁男は大量の睡眠薬を飲み、しかし救助されてしまう。

    自殺未遂に終わった羽仁男は、もはや自分の命は不要と断じて会社を辞め、新聞の求職欄に「命売ります」という広告を出す。

  • ブクログをやっていなかったら、触れることのなかった作品だと思います。
    「音楽」を読んで以来、約10年ぶりの三島作品です。

    自殺に失敗して、命の使い道をなくした青年が、命を売る商売を始めたことで、変わってゆく命への価値観。

    死にたいと思うことはあっても、実際に死のうとしたことがないわたしからしたら、彼の、本当の意味での死にたさはきっと、共感はできても、理解はできないんだろう。でも、「ゴキブリ」で死にたくなるというのが、なんというか、太宰とか、寺山修司とかなら、理解できたんじゃなかろうかと、思ってしまったのだ。

    命に対しての価値観が変わっていく瞬間の彼の気持ち、例えば「恐怖とは思いたくない動悸がまだ胸にさわいでいて、羽仁男は虚勢を張り続けていなければならない自分を感じた」、は特に、単なる死への恐怖だけではなく、自分の気持ちがやはり生に拘っているのではないかという直面化、自分の意思ではない形で命を奪われるかもしれないことへの戦慄が伝わってきて、胸が苦しくなった。こうした気持ちの動きは不変で、だからこそ今の時代でも、こんなにも多くの読者がこの作品を手に取るんだろうな。

    結局、羽仁男はこれからも、組織に追われて生きていくのか。なんとなくこのまま、なんでかんで生きていくんだろうなって、そんな気がするんだけど。

    「音楽」もすっかり忘れちゃっているけれど、「禁色」、読んでみたいな。

  • H29.8.9 読了。

    ・自殺に失敗した青年が、どうせ一度はないものと思った命、いっそ誰かに買ってもらおうと「命売ります」の新聞広告を出す。ここから物語は展開していく。生と死に縛られない生き方、逆に生と死に捕らえられた生き方・・・考え方ひとつでここまで腰の据わり方が変わるのかと考えさせられた。
    ・作品自体はとても読みやすかったが、結末が尻すぼみで残念な印象。

  • 命売ります 三島由紀夫
    【A;購読動機】
    タイトルで惹かれたのはいつの頃だろう? 中学時代か?はたまた、高校時代か?

    相当の年月が流れた。
    やはり、また惹かれた。いよいよ購読となった。
    なぜ、タイトルに惹かれたのか?
    自身の命を売るということは、どういうことなのか?どんな気持ちなのか?に関心があるということなのか? 

    自身でも、実は、あまりよくわかっていない。そう、「読みたい」という衝動だった。
    【B;印象】
    ミステリー ★★★★
    テンポ   ★★★★★
    意外性   ★★★★★

    読み終えての感想。
    「三島由紀夫の脳内、世界観は、凡人のわたくしには到底理解できない領域。よく、こんな構成を思いつくな・・・」
    である。

    【C;物語】
    出版社勤務の独身男性。病床で目がさめる。自殺に失敗したことを自覚する。
    一度捨てた命。彼は、新聞に「命売ります」広告を出す。

    買い手は、複数現れる。しかし、彼は、命をおえることなく、逆に買い手側で死亡するというめぐり合わせが続く。
    彼の死にたい気持ちが変化していく。生きたいかも・・・という欲求が芽生えていく。

    【D;解釈】
    主人公の生、死に対する考え方を観察できる箇所が複数ある。たとえば、F;のとおり。
    抜粋して、これからの箇所だけ読み返してみる。すると、下記のような解釈もできる。

    ・組織に属さない生き方。
    ・生活様式。たとえば家庭をつくり、その家庭に属すという生き方を志さないこと。
    ・目的をもって生きるのではない。生きながら目的を見出してくというプロセスも存在すること。
    ・社会は、己の臭いを気にしない個人の集合体だから回っていること。

    【E;読み終えて】
    なんなんだ、この小説は・・・。この構成、どうして思いつくんだ・・・。
    「命売ります」というメッセージ性が強いタイトル。
    そのタイトルに負けない、いやそれ以上に強い衝撃の展開。意外性とスピード感。

    人間、生きていると、こうした書との出会いも増えていく。
    改めて、過去から現在の作家のみなさんの作品に感謝、ありがとうである。

    【F;抜粋】
    250ページ
    ただあんた方が、人間を見れば何らかの組織に 属していると考える、その迷信を打破してやりたいんだ。そうでない人間も沢山いる。 そりゃもちろんあんた方もみとめるだろう。しかし、何の組織にも属さないで、しかも 命を惜しまない男もいるということを知らなくちゃいかん。 それはごく少数だろう。 少数でも必ずいるんだ。
    僕は命なんか惜しくない。僕の命は売物だ。どうされたって不服はない。ただ、無理 無体に殺されるのは腹が立つから、自殺しようとしているだけなんだ。あんた方全部を 道づれにしてね。

  • スピード感のある奇想天外な展開であっという間に終点に辿り着いてしまった。
    幸か不幸かなかなか死ねない主人公と、彼の死生観の変化がおもしろい。

  • 三島由紀夫の手になるハードボイルド調ブラックコメディ。

    仕事も生活も順風満帆なのに、ある夜唐突に死にたくなった青年。彼は服毒自殺を図るが失敗する。生に執着がなくなった彼は、新聞に「命売ります」という広告を出す。
    彼の命を買って利用しようとする人々が彼の部屋を訪ね、様々な依頼をし、彼は悠々と自分の命を差し出すのだけど、その度に生き残ってしまい、やがて…。

    その多くが沈鬱な雰囲気を纏って閉鎖的な世界観の他の三島作品に比べると、異質というか、奇妙だと思うほどに、軽妙かつ滑稽で、シュールで、ハイスピードな展開構成。

    そして、命を売ることにした男「羽仁男」の奇妙な落ち着き、反して唐突な変わり身の早さ、執着。どうも脈絡なく、ちぐはぐな感じさえする。

    でも、三島がこの作品を発表した2年後の1970年に自殺した事実に思いを巡らせると、なんとなく得心するものがある気がするから不思議。三島の最後の作で、死と輪廻転生と無情を壮大なスケールで書いた「豊饒の海」四部作(1965-1970)の途上の時期でもあるし。

    きっと、この頃の三島は、死に対して、考察、妄想、夢想と、様々な角度から思いを巡らせていたからこそ、豊饒の海の対極にあり、ある意味では、三島の迷える死生観を叩きつけたこの作が生まれたのかも、と思った。

    それに、ラストの突き放したような虚しさは確かに三島調かもしれない。
    三島らしくないけど三島なんだな、と思える不思議な作品でした。

  • なんとなく世界が嫌になり自殺を試みた。
    死に損なった後に自由を感じ、商売をはじめた。

    「命売ります」

    悠然と男らしく色んな人に命を売り、その度に生き残った。
    そしてある時芽生えてきた「死にたくない」という感情。彼に何が起こったのか。その心情の変化はどこから来ているのか。

    ある男の心情の変化が、三島由紀夫の洗礼された語彙と表現力で紡がれています。
    どんどん受け身になり、どんどん余裕がなくなってゆく男の様子に注目の作品です。

    三島由紀夫の本を読みたいけど、なんだか敷居が高いなーと思っている人たちにも、必ず読める。読んで欲しい作品。

    おすすめです。

    「あんたは死ぬことに疲れたんだ」

  • タイトルからすでに面白さが滲み出ているが、期待どおり楽しめる作品でした。自殺に失敗し、命を売ることを決めた青年が主人公。青年の覚悟とも投げやりとも思える心理描写が素晴らしいです。比喩表現も美しく、読んでいて飽きることがありません。

  • ▼1990年のヨーロッパの映画に「コントラクト・キラー」という佳作があります。トリュフォーらヌーベルヴァーグ映画で一世を風靡した俳優ジャン=ピエール・レオーさん40代の勇姿が拝めるコミカルドラマで、自殺したい男が死にきれなくて、殺し屋を雇います。標的は自分。キャンセル不能、腕っこきのキラー。ところがその直後から可憐な娘に恋をしてしまって、死にたくなくなる・・・。スッキリ80分。

    ▼一読、「コントラクト・キラー」を思い出しました。「複雑な彼」「レター教室」もそうですが、エンタメ三島小説はどことなく知的で皮肉でくすっとさせて、多弁で自虐で道化の奥でヒトを刺す。アキ・カウリスマキさん(「コントラクト・キラー」の監督)もそうですが、その卓越したテクニックも含めて、びっくりするくらいウディ・アレンの味わいです。(ブンガク的な三島小説は、とにかく汲めども尽きぬ変態&耽美趣味が、全然ウディとは似ても似つかぬヴィスコンティ。ウディとヴィスコンティをコインの表裏で併せ持つあたりが、三島の凄みなのか…)

    ▼「命売ります」三島由紀夫。ちくま文庫。初出は1968年。2020年5月読了。数年前に、ちくまさんが文庫化してすぐに謎の売れ行きを示し、ラジオドラマ、演劇、テレビドラマ化と静かなブームが沸き起こった一冊。流石、ちくま。

    ▼不惑を過ぎてから、一念発起して(?)三島由紀夫デビューを果たしました。その後は1年1冊くらいのペースで、「仮面の告白」→「金閣寺」→「潮騒」→「豊饒の海(一) 春の雪」→「三島由紀夫レター教室」→「複雑な彼」そしてこの「命売ります」と順調に楽しめています。

    ▼連載された1968年というと、三島さん割腹自決の2年前。ちなみにこの小説は「週刊プレイボーイ」連載。エンタメ(ちょいエロ)を意識して書かれています。そして、そのタスクを十分にこなして、かつ、ありありと三島さんらしさ溢れてオモシロい。三島、すげえ。なんでも出来るんだ・・・。脱帽。

    ▼主人公は青年・羽仁男(はにお)。いろいろあって、人生に絶望。自殺を試みるも失敗。死んでも良い、むしろ無意味に死にたい心境で「命売ります」と看板を出す。まずここまでが、すごいスピード感。圧倒的にドライでコミカル。語り口で笑っちゃいます。羽仁男に何があったんだか、良くわからない。いや、はっきり言うと全然分からない。分からないんだけど、話は進むし、面白いから不満にならない。ちょっと不条理。

    ▼さあ、いろんなヘンテコな依頼人が、羽仁男の命を買いに訪れます。なんとなく4~5編に分かれている連作短編風味。毎回とにかく、羽仁男は死を恐れないし「死の意味づけ」も求めない。飄々と危なそうな状況に飛び込みます。そして、さすがは「週刊プレイボーイ」、ほぼほぼ毎回、けっこうな美人と、ベッド・イン。なんでそうなるのかは、ほとんどよく分かりません(笑)。性行為の描写も若干はありますが、そこは日本語スーパーマンの三島です。全然、直接的でも下品でもなく、卑猥ぢゃありません。しつこくも無い。けれども、エロいのはエロい(笑)。そしてバカバカしくて、ちょいと滑稽。

    ▼羽仁男への依頼は、「妻と浮気して、間男として殺されてほしい」、「飲めば死ぬ(かもしれない)薬品の実験台に」、「男の血を吸う母の愛人になって」 などなど・・・。

     加えて毎回なぜだか、「国際的なスパイ組織」が絡んで花を添えます(笑)。そして、羽仁男は毎回、意図せず間一髪で死を免れる。大金だけが手元に残る。なにせ死を怖がらない。むしろ求めてるくらい。無敵の羽仁男。すごいぞ羽仁男(ベッドでも)。

    ▼そんなおバカな転がりの末に、最後は羽仁男が本当に「国際的組織」に狙われて・・・。「やっぱり死にたくない!」と七転八倒逃げ惑うところで、スパンッ… っと終わります。お見事!。

    ▼売れるのも分かります(命が、ではなくて、この本が)。絶妙のテンポ感。語り口のしゃれっ気。登場人物たちの見事なまでの底の浅さと、油断してるとぞっとさせられる深さ、怖さ。脱力するクダラナい滑稽さ。品の良いエロさ。にたにた笑っていると不意打ちに、ココロ打たれる気持ちよさ。三島由紀夫さんは小説を書くのが上手い。これで若死にしてますから。つまり、若い頃からヤラシイくらいに上手い。谷崎だって若い頃には、ここまで上手くはなかったでしょう。そのうえ、そこそこ多作。読めば読むほど舌を巻く、三島ワールド。深さと広さに、ひれ伏すしかありません。(それにしても、本当に三島さんはエンタメ系の小説では、同性愛的な傾向を全く出しません。プロだなあ。まあ、特にこれは週刊プレイボーイだから、そりゃそうか…。)

  • あの三島由紀夫をつかまえて言うはの大変なる恐縮だが、なんて話の上手い人なんだろう。と改めて思わせる作品だった。

    死が似合う瞬間って、きっとあるんだろうな。

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著者プロフィール

本名平岡公威。東京四谷生まれ。学習院中等科在学中、〈三島由紀夫〉のペンネームで「花ざかりの森」を書き、早熟の才をうたわれる。東大法科を経て大蔵省に入るが、まもなく退職。『仮面の告白』によって文壇の地位を確立。以後、『愛の渇き』『金閣寺』『潮騒』『憂国』『豊饒の海』など、次々話題作を発表、たえずジャーナリズムの渦中にあった。ちくま文庫に『三島由紀夫レター教室』『命売ります』『肉体の学校』『反貞女大学』『恋の都』『私の遍歴時代』『文化防衛論』『三島由紀夫の美学講座』などがある。

「1998年 『命売ります』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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