戦中派虫けら日記―滅失への青春 (ちくま文庫)

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著者 : 山田風太郎
  • 筑摩書房 (1998年6月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (602ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480034090

戦中派虫けら日記―滅失への青春 (ちくま文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 2010/05/21 - 読み終わった。あと2ヶ月ちょっとで東京大空襲。山田さんはどうなったのか気になるので、続編を「読みたい」リストに追加。

    2010/05/19 - 昭和19年の10月まで読んだ。戦争中、人々は戦線が縮小していき、いずれ本土が爆撃されるのを何カ月もかけて味わっていた。ものすごい心理的拷問だと思う。作者が後書きで、空襲自体よりも空襲前に受けた心のダメージの方が後々まで治らなかった、と書いている意味がやっとわかった。子供のときに読んだ、児童書に描かれた戦争ではわからないことだった。

    2010/05/14 - 戦争当時若者だった人の本は、もしかして初めてかもしれない。学童疎開して、とか戦地に行って、ではない戦争中の記録。

    昭和17年には食べ物がたくさんある。次の年にはもう餓死者が出始める。独り3畳間に住んで毎日10時間工場で働いて、それでもこんなに質の高い文章を自分のために書き続けられるとは、山田風太郎はすごい人だ。

    半分読んだ今の感想。独りでなんとか将来を見ようともがく若者が、まだ何年もお腹をすかせたまま生きていかなければならないことに、心が痛む。そして日記なのに、先が気になって仕方がない。山田風太郎はすごい人だ。

  • 【昭和17年から19年。一人の医学生の目を通じた、戦時中の民衆のありのままの生活の記録。気づかぬ内に少しずつ戦局が悪化していく恐怖がリアルに描かれる】
    作家山田風太郎の日記。昭和20年の「戦中派不戦日記」を読むに際しその前編ともいえる本書を手に取る。沖電気に動員されながら医学校を目指す一人の青年。作家となる運命を本人はまだ知らず考えてもいない。
    食事、物価など当時の生活の貴重な記録。当時の一般民衆の戦争に対する関心がうかがえて実に興味深い。
    徴兵を除けば戦時中でも日常の生活は変わらない。次第に物資が不足し物価が上がるが焦土となる東京を誰も想像しない。軍事教練や防空演習もあるが、どこか他人ごとである。
    大本営発表を信じ日本の勝利を信じて疑わないがどこか覚めた感がある。
    東京の民衆の意識が大きく変わるのは昭和19年の後半であったことも本書で強く認識したこと。サイパン、グアム、テニアンが米軍の手に落ちてから。ここで初めて都民は空襲の危険が身近なものとなる。東条内閣が倒れた原因出もある。
    筆者は本書では20から22歳。ほぼ同世代の神風特攻隊にはさすがに衝撃を受ける。
    また、後の作家山田風太郎。戦中とはいえ読書量がすさまじい。古今東西の本をほぼ毎日読破。生活費に困り応募した懸賞小説にあっさり当選するところや日本という国に対する冷静な視点など、後の活躍の片鱗も。
    単に日記とはいえ、それだけ客観的な民衆の貴重な生活の記録。昭和19年11月から始まった空襲も本格化する。
    次の昭和20年の「戦中派不戦日記」も楽しめそうである。

  • 先日、図書館で山田風太郎の「戦中派虫けら日記 滅失への青春 昭和17年~昭和19年」という本を見つけた。山田風太郎が二十歳前後のころ、まさに戦時下の日本における、日記である。山田風太郎と戦時下の日本、という二つに非常に興味を誘われて借りてみて読んでいる。なかなか長いのでまだ読み終わっていないのだが、なんというか、非常に苦しい生活の様子が迫ってくる。彼は両親もなく単身上京し軍需工場に勤めているのだが、わずかな稼ぎで食うに足りずに借金をし、給料が入れば返しの繰り返し。本を買って貪り読んでは売りの繰り返し。招集されるも体を壊していたため不適格者として軍には徴用されず、なんとか医学校に入る。医学校では、負傷者救出や介護のため、敵期襲来のたびに夜昼問わずに招集がかかる。こういて過ごして行く数年のあいだ、戦況は刻々と変化していく。本人はあとがきで以下のように振り返っている。


    >>>>
     このころの私は大苦しみの中で「奮戦」していたが、それは何も志すところがあっての悪戦苦闘ではなく、まったく受動的なものであったから自慢にはならない。戦争のまっただ中、まだ生活力はなく、保護者もいないことに因する強制的なストイック生活で、条件反射的にそれなりのストイックな哲学をたてずにはいられなかったに過ぎない。
     文章中、はじめのほうの異常な食欲には自分でも驚く。いまの若い人が読んだら笑い出すだろう。しかし私は、現在はもちろんそのころでもむしろ同年輩の人にくらべて小食の方であった。この暴食は、慢性的飢餓の状態におかれた人間の間歇爆発にほかならない。
     思えば、この日記につづく翌二十年の空襲は、いわば日本の外科的拷問であり、それ以前の餓えは内科的苦痛であった。そしていまになってみれば、外科の傷より内科の病のほうがあとまで長くたたったような気がする。体験者はだれでも、戦争といえば空襲よりもまず空腹を思い出すだろう。「戦争を知らない」連中に、言っても無益だとは思いつつも、ともすればそのことを口にせずにはいられないゆえんである。
    <<<<


    私たちの親の世代よりももう一回り上の世代の人々が経験した「内科的苦痛」は、現代日本に生きる私たちからすれば想像もつかない生活であったであろう。その内科的苦痛があったから、そこから脱出するべく努力し、戦後の高度成長があったともいえるのかもしれない。そうした先達の努力のおかげで、私たちはいま、はるかに恵まれた生活を営んでいる。一方で、私たちの世代は逆に若い時分に贅沢に何不自由無く育ってきた。内科的苦痛が消失した分、私たちはなにか大事なものを失ってきているのかもしれない。

    好きなときに腹を満たし喉を潤させることのできる幸せ、自分の興味ややりたいことを追求できる幸せ、豊かで平和であるからこそ、なのだ。一方で、現代日本に生きる私たちからすれば想像もつかない生活だが、たしかに60年前に日本はこうであったのだ。しかし、庶民のあり方はいまの日本とさして変わらない様子も感じられる。

    当時の日本人と今の日本人、さして変わらない。彼はこうも書いている。戦時中の日本、いまから60年以上前、を一庶民の目から見た記録として、秋の夜長に興味深く読んでいる。

  • 一庶民の視点から見た、太平洋戦争中の日本の描写と感慨であり、貴重な史料である。山田が有名にならなければ世にでることはなかっただろう。

  • 読め

  • 読書中

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戦中派虫けら日記―滅失への青春 (ちくま文庫)の作品紹介

あの時代、青空だけは美しかった。20歳の青年は、軍需工場で働いていた。医学校を志しながら、本を読んでいた。どんな将来のためかまるでわからないまま。

戦中派虫けら日記―滅失への青春 (ちくま文庫)はこんな本です

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