怪談牡丹燈篭,怪談乳房榎 (ちくま文庫 さ 16-1)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (435ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480034205

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  • 7月の声を聞き、夏本番は目前。
    夏と言えば怪談。
    今日は明治期に活躍した落語家・三遊亭円朝作の怪談を。

    円朝は落語中興の祖とも言われ、怪談話や人情話を多く創作したことで知られる。
    著名なものでは、本書に収録される『牡丹燈籠』や『乳房榎』、そして『真景累ケ淵』がある。落語として演じられたほか、これらの作品は、舞台化や映画化されてもいる。

    本書は、円朝が高座で演じたものを口述筆記したものである。どちらも長い噺であり、数日に分けて演じられている。

    2編のうちでは、『牡丹燈籠』の方が有名だろう。
    美しいお露が、手に縮緬細工の牡丹が付いた燈籠を掲げ、カランコロンと駒下駄の音を響かせながら、恋しい萩原新三郎の元に通ってくる。この世のものならぬお露の姿は、美しければ美しいほど、また凄絶に怖ろしい。この部分は中国の怪異譚が元になっている。
    但し、円朝が練り上げた噺は、全体では一大因縁話となっていて、お露・新三郎の恋と、お露の父・飯島平左衛門に奉公する黒川多助の仇討ちの、2つのストーリーが絡み合いながら結末へと向かう。
    この途中で、物語の整合性を保つため、いくつかの種明かし・つじつま合わせがなされる。
    合理性を求めつつあった時代の要求を汲み、怪談を「御維新風」にアレンジした円朝の工夫と思えば興味深いが、新三郎の死が実は、当初、思わせたような理由によるのではなかったという下りには、正直なところ唖然とし、興醒めする。
    このお話は、タイトルの「牡丹燈籠」が出てくる部分で独立させた方が、怪談としては座りがよいようにも思われる。

    さて、今回この本を読んだのは、2編目、『乳房榎』が目的。
    『乳房榎』は、この夏、歌舞伎で上演されると聞いたのだが、そういえばこの話、前半部分のみを落語で聞いただけで、そもそもタイトルの「乳房榎」が前半にはまったく登場しない。はてさて、どんな話だろう、と思い、入手して読んでみた。
    簡単に言えば、不義密通の話に、幽霊が絡み、最後は仇討ちで勧善懲悪となる話である。
    元武士の画家、菱川重信には、美しい妻・おきせ、そして嬰児の一子・真与太郎がいる。おきせに横恋慕した浪人、磯貝浪江は、おきせ目当てに重信に弟子入りし、師匠の留守に無理矢理おきせに迫り、ついに想いを遂げる。それだけでは飽きたらず、純朴すぎる下男・正介を脅して味方につけ、重信を謀殺する。重信は無念のうちに落命したが、亡霊となり、書きかけの大作・龍の絵を仕上げる。
    師匠を殺したことを隠しておきせの夫となった浪江は、真与太郎を邪魔なものに思い、正介に始末するようにいいつける。困り果てた正介の元に、再び主人の亡霊が現れ、正介は改心し、浪江から逃れて、真与太郎を立派に育て上げることを誓う。故郷の近くに身を寄せ、瘤から樹液を出し、乳が出ないときや乳の腫物があるときに拝むと御利益があるという「乳房榎」の守人となる。この榎がやがて、浪江を真与太郎の元へと招き寄せ、真与太郎は本懐を遂げることになる。

    不義密通ということもあってか、いくぶん、後味の悪い噺である。おきせは一度は貞操を守ろうとしつつ、その後はずるずると浪江に引き摺られており、芯が強いのか、流されやすいのか、性格が不明瞭である。とはいえ、後で迎える運命は悲惨であり、それほど「主体的に」悪かったわけでもないのに、因果応報というのもいささか苛烈すぎるように思う。そういった部分にもやもやが残るのだが、この話の美点は、情景が印象的であることである。
    向島・梅若の縁日の桜、落合の蛍、重信が寺の格天井に描く雌龍・雄龍、絵にべっとりと残る落款、滝から憤怒の形相で現れる幽霊、と非常に絵画的なシーンが多い。
    重信が泊まり込んで絵を描いた寺は高田砂利場村にあったという。重信の住まいは柳島、浪江は撞木橋に住む。新宿・角筈の十二社、乳房榎があったとされる板橋・赤塚。そうした地名を地図で辿るのも興味深い。土地勘がある人であれば、さらにおもしろいだろう。当時、寄席で聞く人たちも、小旅行をしている気分だったかもしれない。
    美形であるおきせがその時分の名女形に喩えられたり、「三十二相が揃う」、「若く見えるから、(お歯黒をしない)白歯(しらは)のままでもおかしくない」といった美の描写が興味深い。
    明滅する蛍、滝から迸る水飛沫、涼味・金玉糖といったものが、怪談に涼を添える。
    江戸情緒に彩られた1編である。


    *歌舞伎版・乳房榎はニューヨーク公演で上演中、その後、8月納涼歌舞伎でも掛かるとのこと。本水を使う迫力の舞台のようです。見たいけど・・・。テレビでやらないかな(^^;)。

    *六代目三遊亭圓生が演じたCD(「圓生百席」シリーズ中)があります(なにぶん、長いので、どちらも噺の一部なのですが)。

    *本書解説によると、円朝は一時、国芳に絵を学んでいたこともあったのだとか。ほぅ。

  • 落語の「乳房榎」(おきせ口説き、重信殺し)の続きが知りたくて。

    敵討ちが果たされ、ひと安心。

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著者プロフィール

三遊亭圓朝 1839-1900 江戸・東京落語の三遊派の大名跡。落語中興の祖、落語の神様とも云われる。二葉亭四迷が『浮雲』を書く際に圓朝の落語口演速記を参考にしたとされ、明治の言文一致運動に大きな影響を及ぼした。現代の日本語の祖である。作品に、『芝浜』等の人情噺から、『死神』『牡丹灯籠』『真景累ヶ淵』などの現代に伝わる怪談を数多く拵えた。

「2019年 『桂歌丸 口伝 圓朝怪談噺』 で使われていた紹介文から引用しています。」

三遊亭圓朝の作品

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