冥途―内田百けん集成〈3〉 ちくま文庫

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著者 : 内田百けん
  • 筑摩書房 (2002年12月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (338ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480037633

冥途―内田百けん集成〈3〉 ちくま文庫の感想・レビュー・書評

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  • 夢日記のようでいて、言葉遊びのようでいて、世にも奇妙な物語のようでもあり。

    そんな文章がみっちり詰まった短編集。

    ひとつひとつのディティールやプロットが面白い一方、
    句読点が多くてちょっと読みづらい。

    なので2週目以降からすんなり読めて面白さ倍増。

    夏目漱石や安部公房の場合、
    至極滑らかな文体で夢の曖昧で奇妙な感覚を現しているけれど、
    ひゃっけんさんは敢えてとでも云うか、作品内の立地や遠近感に関する表現、
    人の台詞や微妙な表情を細かく記述することで、
    ぐんにゃり眩暈を起こすような平衡感覚が揺らぐ
    「夢世界」の感覚を強調しているように感じる。其処が良い。

  • 清新な文章。
    不穏な予感。
    何故ここに自分は居るのか、茫漠とした寂寥感。

    顔のない人々。薄明の時間。

    異形の世界へ誘われ、ふと気付くと足を踏み入れている。
    預り知らぬゲームに巻き込まれたかのように、敷かれたレールに
    乗り、行き先の分からぬ電車は走り出す。

    世界から隔絶されたような。
    早く家に帰らねば。

  • 解説にもあるけど本当に夢を見ているような感じがしてくる。短編集。不思議なもの、怪しいものばかりである。読んでて引き込まれるものもあるけど、自分にとっては難解なもののほうが多いかな…

  • 最早失われてしまった。不思議な日本の様式美。
    「波頭」
    今の時代だったら、是は不味いだろう。
    「山高帽子」
    顔の長い同僚に当てた、長長手紙。「長」上下逆。
    洒落っ気。
    「件」
    体が牛で顔が人。
    其れで「件」か。
    漢字で遊んでいる。

    瘋癲病院 ?
    「瘋癲」とは、精神疾患の事。
    精神病院か。
    瘋癲は患者と世間の意見の相違。
    曰く、「己は世間の奴等がみんな気違いだと云うのだ、
    世間の奴等はみんなで己をそうだと云うのさ。
    しかし多勢には勝てんからね。万事多数決だよ」
    是はこれで、云い得て妙。

    気違い、支那人、跛、背虫、耶蘇、瘋癲。最近では使うことが憚れる言葉が満載。
    だからこそ意味が有る。

  • 請求記号:T-う 図書ID:B0009077
    *文庫コーナーに配架

  • 『冥途』はパロル舎版が好きだからもう文庫は読まなくてもいいやと思ってたんですけど、やっぱり他の短編もあるしと思って読んでしまいました。

    どこがどうと言って、もういつも百間に関しては同じ感想しか書けないんですけど、やっぱり夢のようなお話だなあとそれしか思いません。そして夢というのは限りなく私小説に近いものだなあと。当たり前だけど、登場人物や出てくる場所は、現実と同じもので、そこに自分の深層心理が絡むという意味ではこれほどプライベートなものもないのではないかと思います。

    「冥途」「山東京伝」「花火」「件」「道連」「豹」「尽頭子」「流木」「柳藻」「白子」「短夜」「蜥蜴」「梟林記」「大宴会」「波頭」「残照」「旅順入城式」「大尉殺し」「遣唐使」「鯉」「流禍」「水鳥」「山高帽子」「遊就館」「昇天」「笑顔(「昇天」補遺)」「蘭陵王入陣曲」「夕立鰻」「鶴」「北溟」「虎」「棗の木」「青炎抄」(解説:多和田葉子/芥川龍之介による同時代評)

  • 怖い反面、おかしさも感じる。

  • 夢を夢のまま描いた小品集。
    なのだろうが、読むうちにうつつか夢かわからなくなる。
    夢の中の景色を描き出す描写力。
    人の夢を読んでいるのに、
    その力を我が物にして自分の夢を見てみたいと思う。

    猫はもちろん、ケモノがでてくると、
    とたんに空間はねじれてファンタジーになる。
    ケモノが人の(百鬼園先生の)心の襞に潜んでいるのか、
    なにか衝動のようなものを表しているようでおもしろい。

    旅順入城式は、かわしたりそらしたりしたところがなく、
    短くても温度の高い小品。

  • 実際には起こり得ない場面がえがかれた物語が多く収められています。想像の世界のような、夢のような、不思議な物語です。
    こんな作風で新作なら、今ならファンタジーに分類されたかも。

    内田百閒(1889~1971)。百閒は「ひゃっけん」と読みます。
    大正後期から昭和初期の多くはほんの数ページの短篇たちです。書かれた当時でも、現実的ではなかった物語です。

    パーティに向うモーニングにシルクハット姿、
    水車の音が響くなかで観る水鳥いる風景、
    芝居がかったような古臭い言い回し、

    といった情景が、立ち振る舞いが、小物までもが時代を経て、今の世ではさらに磨きがかかって、不思議な非現実感、非日常感を帯びてきます。

    頭角を現した頃から評価や好き嫌いが分かれる作家ですが、
    酔いの幻覚のような、さっきまでみていた夢のような、百閒にしか書けない怪しく儚げな世界です。

  • はっきりしない不気味さというのか、短い作品が唐突にはじまっては終わり後がすっきりしない。
    花火と豹と件あたりか。

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