貨幣とは何だろうか (ちくま新書)

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著者 : 今村仁司
  • 筑摩書房 (1994年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480056016

貨幣とは何だろうか (ちくま新書)の感想・レビュー・書評

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  • Fri, 27 Nov 2009

    貨幣とは何か? という問題を「経済学」とは関係のないところから
    論じようという本.

    現代思想ですな.

    実はこの本,僕の出身高校,京都のR高校(南じゃない方)にあって,何の因果か読んだ本だったのだ.
    そのときは,とにかく「こんなわかりにくい本があるのか!?」というコトが衝撃だった.

    本書は貨幣の社会哲学を標榜する.
    貨幣の社会哲学では,貨幣の経済的機能をろんじるのではなくて,人間にとっての貨幣の意味を考える.それは,貨幣を人間存在の根本条件から考察する.人間の根本条件とは死観念である.こうして貨幣と死の関係が問題になる.
    と言う.

    現代思想は嫌いじゃないし,特に構造主義は好きな方だ.

    読んでいくと,基本的には構造主義をベースにしつつ,モースの贈与論とからめているコトがよく分かる.
    あと,ジンメルという名前が良く出てくる.

    高校時代から一〇年以上たち,私の文系読書のスキルやベース知識も相当ついた今となっては,わかりにくさも,その質がちがってきた.

    本書では,貨幣の素材ではなく,貨幣形式を大切にする.
    貨幣が何で出来ているかは問題では無いという.

    それはそうだ. もはや貨幣が制度であること,そして信用というモノにより,価値がつけられていることは,むしろ経済学的な事実であろう.

    多分,著者はそれ以上のコトが言いたいのだ.
    狙いはモースの贈与論と絡ませる中で,贈与と死,そこに潜まれる情念を貨幣の中にねじこみ,さらに,人間にしかないものとしての 墓,贈与,貨幣,権力と死の概念を結びつけたかったのだろうが,
    その論理展開は,意外と不十分だ.

    むしろ,はじめから死の概念と貨幣の結合を前提として,そこの論理に時間を割いていない.
    中,二つの文学作品が「貨幣小説だ」として解説されるが,
    あまり本質を語るのに適確な内容とも思えなかった.

    面白い点も多かったので,あるが・・,
    五章は面白い.
    社会主義や共産主義的な左翼思想にみられる,貨幣淘汰主義を
    批判している.
    貨幣形式を廃してしまうと,貨幣による人間の支配はなくなるが,
    原理的には,人間を人間によって支配,管理するしかなくなり,
    直接的暴力へと発展してしまうのだ.
    その実現が,ソ連,中国の文化大革命などであると考えると,繋がる点もある.

    なぜ,左翼が暴力的になってしまうのか.
    理性・合理的計画というのが,直接的で退廃的な暴力に結びつきやすいところを,本書は解いているように思う.

    やはり,言語と貨幣は人間知能の生み出した二大シンボルシステムであろうと思う.

  • 去年からずぅ~と気になっていたことが何となくわかりかけてきた。
    わたしのお金に対する異常な怨みと恐怖。その謎が解けそうである。
    今村さんによれば「貨幣は人間存在の根本条件である死の観念から発生する。」そうだ。この本では詳しい論証がないのであるが、そう言われれば何となく分かるような気がする。わたしが気になっていたのも経済学上の貨幣ではなくて、人間存在の本質に関わる貨幣だったからだ。

    貨幣は物の交換における媒介形式(間をとりもつもの)であり、法律や道徳的掟は市民生活の媒介形式である。人間の社会関係は、これらの制度になった媒介形式がなければ円滑には進行しない。もしもそれらを無視したり傷つけたりした時は神話的世界が現出し人間は運命の波に翻弄され、罪を犯し、犠牲を要求される。

    わたしたちは一見なんの不思議もないように日々の暮らしをおくっているのだが、こういった制度を引き剥がしたと人間の根本を覗きこむと実はとても恐ろしくおぞましいものがあったりするのかもしれない。

    例えば、わたしは暑い日中に歩き疲れてビールが飲みたくなって、目についたコンビニに入る。あまりの暑さに頭がおかしくなっていて貨幣という制度をまったく忘れてしまっている。冷蔵庫をあけてビールを掴み飲もうとする。当然店員さんがそれを止めようとする。金を払えと。ところがわたしは暑さのあまりデモーニッシュな力に取り憑かれているので欲望のまま店員さんを振り切り自己の満足を目指そうとする。そして、力ずくでわたしの行為を阻止しようとした店員さんをたまたま持っていたナイフで刺し殺して、わたしは満足気にビールを飲むのである。

    このように法や倫理や貨幣などの媒介形式のない神話的な世界は暴力と死に満ち溢れる結果となる。「なんでもあり。」なんてことはない。もし、そうすれば累々とした屍の山が築かれることになるだろう。


    Mahalo

  • 関係の結晶としての貨幣。これは現実には物体にその性質を託しているので、貨幣自身も他の物体と関係を持つことができる。この関係の二重化の事を貨幣形式と言っている。ところで、われわれ人間は生きていることも認識できるし、死ということも認識できる。いわば生と死の関係の間に立つことができる。他の動物ではこれができない。死については、人間がその象徴である墓を作れることがその証拠となっているわけだが、墓は生命を持たない死物からなる。ここにも先と同様の二重化がある。そして墓は、生物の生と死を取り結ぶ関係でもある。
    そして肝心なのは、私は上記のようなことを文字を、距離をとってしか説明することができないということである。つまり、直接的にあなたに向かって働きかけることができない。関係について考えることも、それを対象化し、自分との間に距離をとる事が出来るという「関係」がまずなければ、出来ない。この事を、筆者は人間にとって交通(直接働きかけること)は原理的に不可能だと表現したんだと思われる。
    (お薦め本レビュー応募作品2012★読書の秋賞/理工学群4年)

    ▼附属図書館の所蔵情報はこちら
    http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=1143993&lang=ja&charset=utf8

  • 著者は『暴力のオントロギー』(勁草書房)や『排除の構造』(青土社/ちくま学芸文庫)で、媒介形式としての貨幣が「死の観念」を内に抱えていることを明らかにした。マリノフスキーやモース以降の人類学は、贈与財を受け取ったものを破壊する祈りが込められていると主張するが、これは贈与という原初的な経済的・宗教的現象にひそむ「死の表象」を明らかにしている。近代の貨幣経済には、こうした「死の観念」は存在しないように見えるが、やはりそこには「第三項排除」という「死の観念」がひそんでいる。このことを正しく認識したのがマルクスであったと著者は考える。本書は、こうした立場から「貨幣」についての社会哲学的考察を展開したのが本書である。

    著者はまず、貨幣についての社会哲学的考察をおこなったジンメルの仕事の意義を論じている。社会的存在としての人間は制度的に媒介された生を生きている。ジンメルの『貨幣の哲学』は、このような媒介形式としての貨幣のあり方を分析した先駆的業績として評価される。

    次に、ゲーテの『親和力』とジッドの『贋金づくり』を「貨幣小説」として読みなおす試みがなされる。『親和力』のシャルロッテとエドワルトは、金持ちの貴族の気前の良さで墓の整理をおこなう。だが彼らは、墓とは、貨幣とは別の形で、「死の観念」を処理する媒介形式だということに気づかない。2人はすべてを資本の形式の中に取り込んでゆく運動を体現しており、その結果、デモーニッシュな力が発動して罪なき人びとが犠牲となる。ここには、「死の観念」を封印することで、人間の社会的秩序が創設されるということの鋭い認識がある。また『贋金づくり』では、贋物と本物がたえず反転する様相が描かれている。プロフィタンディウー家でもモリニエ家でも、贋物の父権が明るみに出されることで、宗教的・道徳的価値体系が崩壊する。あるいは、純粋小説を夢見るエドゥワールに対して、パッサヴァンないしストゥルーヴィルーは贋物を使って本物を解体するという戦略を語る。こうして『贋金づくり』は、貨幣を単なる経済現象としてではなく、人間的現実のモデルになっていることを教えている。

    さらに著者は、「死の観念」が刻印された貨幣を、デリダのエクリチュール論になぞらえる試みをおこなっている。プラトンからルソーを経て現代の超越論的純粋主義の哲学的立場に至るまで、哲学者は媒介のない理想的関係を夢見てきた。だがデリダは、生き生きしたパロールではなく「死んでいる」エクリチュールの根源性を説いた。著者はこうしたデリダのエクリチュール論を媒介一般に拡大することで、貨幣によって動かされる社会秩序を批判的に認識する視座を構築することを試みている。

  •  積読状態になって3年くらいたちます。これまで3回くらい読破を試みました。けれど失敗。今回やっと読み切ることができました。
     とにかく、1章と2章でいつもつまずきます。
     そこで読んでうーんわからないという人には、次のように読むといいかもしれません。
     それは思い切って、1章は読まず、エピローグを読み終えてからにするということ。
     あとあと考えてみるに、1章にある、「貨幣は人間存在の根本条件である死の観念から発生する」という言葉がどうしても理解できなくて苦しんだように思われます。
     もちろん、そこは今村仁司。最後まで読むと、意味するところは分かるように書いてあります。
     邪道ではありますが、こういう読み方もありではないでしょうか?

  • 媒介形式としての貨幣、特に「死」(近代以降、文明社会から追放された観念)を制度化するものとしての貨幣について、ジンメルの思想、ゲーテやジッドの小説を例にとりながら、丁寧に分析。そのうえで貨幣のない世界が生み出すカオスを照射する。

    ちなみに、ジッドの『贋金づくり』について論じているが、そこで言われていることは、ジャン=ジョゼフ・グー(『言語の金使いたち』)のまるパクリ。参考文献に掲げてないのはどういうことだろう。

  • いまいち

  • 1370夜

  • [ 内容 ]
    貨幣を経済学の封じこめから解き放ち、人間の根源的なあり方の条件から光をあてて考察する貨幣の社会哲学。
    世界の名作を“貨幣小説”として読むなど冒険的試みに満ちたスリリングな論考。
    貨幣を人間関係の結晶化と見、自由と秩序をつくりだす媒介者としての重要性を説く。
    貨幣なき空間は死とカオスと暴力の世界に変貌するからだ。
    貨幣への新たな視線を獲得することを学ぶための必読の書。
    人間の根源的なあり方の条件から光をあてて考察する貨幣の社会哲学。
    世界の名作を「貨幣小説」と読むなど貨幣への新たな視線を獲得するための冒険的論考。

    [ 目次 ]
    第1章 貨幣と死の表象
    第2章 関係の結晶化-ジンメルの『貨幣の哲学』
    第3章 貨幣と犠牲-ゲーテの『親和力』
    第4章 ほんものとにせもの-ジッドの『贋金つくり』
    第5章 文字と貨幣
    エピローグ-人間にとって貨幣とは何か

    [ POP ]


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    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
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    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 高校生の頃、
    現代文の過去問演習で出題されていました。
    問題用に抜粋されている箇所がすごくおもしろくて
    そのまま図書館に行って借りて、
    受験勉強そっちのけで読みふけっていました。
    久しぶりに読んでみようかな。

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