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この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
私は何キョウ?疑問です。父方は神道(村のお坊さんがその昔悪さをしたので村民皆が神道になったらしい)、母方は浄土真宗、曾祖母はクリスチャン、実家の墓は仏教・・・。なんなんでしょう。私は信心深くありません。おみくじは引くことだけを楽しみ、お守りもアクセサリー程度しか思えないし、初詣もしないし、お墓も参ってないし、およそ何キョウとは言えません。典型的な日本人と言えると思います。本書はそれを解説してくれます。ほお、と読めます。でも、ちょっと、好きになれなかった。
彼の指摘している問題は、人々の宗教性の無自覚さに尽きる。どうせなら就活で自己分析をする時、こういう己の宗教性≒思考性を見つめ直すのも良いのかも。
タイトルの通り、日本人がなぜ無宗教なのか。実際は初詣をし、弔いの行事を行ったりしているにもかかわらず。
深い回顧などをおこなっているが、古典っぽく、一文一文がさあ過ぎて読みにくかった。
政治的な背景などさまざまな背景があり、現代の宗教観に至っているとのこと。
図書館の重複本をGET。日本人の意味する『無宗教』と、日本人以外の人の意味する『無宗教』ってすごい違うよな…とたまに感じていたので、これを読んで、「あぁ、なるほど。」と少しすっきりした気がする。
日本人は、もともと神仏とともに生きた長い伝統があることについて著者は論述する。
近代の明治政府が行った国民国家つくりの過程で、その伝統が破壊されたという。
本来、自然主教を愛してきた日本人が、近年痩せた宗教観しかもちあせなくなった。
資本主義の伸展が根無し草市民を作ってしまう。
そこから、豊かな宗教観を取り戻すためにはどういう道筋があるのか。
近代市民の多くが陥ってしまうプロセスなのか?
・初節やお盆、春秋の彼岸はいずれも重要な年中行事であることからもわかるように、日本人は年々歳々同じ行事を繰り返しながら、いつしか「自然宗教」に同化されているともいえる。(pp16) ★確かに生まれて物ごころついたころからずっと繰り返してきてる行事だからなあ。宗教を意識したことはなかったけど。 ・「創始宗教」への恐怖心とは、厳密にいえば、それらの宗教の教えが怖いのではなく、その前提である人生... 続きを読む »
日本人の「無宗教」の意味を、歴史的経緯をたどりながら明らかにしている。 著者は「創唱宗教」と「自然宗教」を区別する。「創唱宗教」とは、特定の人物が特定の教義を唱え、それを信じる人たちによって構成される宗教のことを意味し、キリスト教や仏教、イスラム教などが該当する。他方「自然宗教」とは、特定の教祖を持たず、無意識に先祖たちによって受け継がれて現在にまで続いている宗教のことを意味する。著者は、日... 続きを読む »
現代の日本人はそもそも「宗教」というものへの理解が浅い。
江戸時代までは日本人の多くは「無宗教」ではなかった。
かつての日本人が信仰していた「宗教」とは。そして「無宗教」とはどういうことか。明治以後の何が日本人を「無宗教」にさせたのか(科学技術の発展ではない)
表題について、国の明治以降の国家神道の押し付けが関わってるというのはおもしろいとおもいました。
宗教意識という精神的な面を、史実という事実と絡めて考察したもの。
宗教を「内」と「外」のものがあるとして、説明されている点はわかりやすい。
歴史的経緯を踏まえて、日本人が「無宗教」を自称するに至った理由を探る本。
無宗教というのは、元々はキリスト教の伝播を阻止しつつ、近代国家を作り上げるのに考え出された論法だったということです。
前半部分は非常に優れていると思いますし、一読の価値がある本です。
中学か高校んときに読んでおきたかった一冊。
なぜ自分が日本人として、この無宗教観をもっているのかを教えてくれる本。
なるほどね。なるほどね。なるほどね。
そう思っていたら読み終えてしまった本。
日本人は無宗教だと言われたり、自分たちもそう感じたりしてるけど、それって本当なのかな。だって、御盆とかほら正月とか、何気に宗教と関連しているような気がするでしょ。そんな疑問にも答えてくれる一冊。
きっと、読み終えた後に自分が何かを信じていることに気がつけると思います。
宗教は?と聞かれると多くの人が答える「無宗教」。その言葉の本当の意味を考えさせられた。自然宗教と創唱宗教という大きな枠で見ることで、日本人にとっての宗教観を学べる良い作品。
以前から気になっていた疑問に答えてくれた本。日本人は無宗教ではない、ということが書かれている。にもかかわらず、日本人が自らを無宗教だと答えるのは、明治維新後の大日本帝国設立に関係があるようだ。
読みやすくてよかった。
日本人の宗教感について、違和感なく読めました。あんまり偏見もない感じ。
大雑把には、
日本人の無宗教は、過去の政策が無茶した歴史が絡んでるよ、
って話でした。
一般的に日本人は無宗教であると言われるが、本書では筆者がこれに対して無宗教の指す宗教とは所謂創唱宗教のことであって、何故私たちは創唱宗教を生理的に避けるのかということについて論じている。
比較的読みやすい本なので、無宗教とは?と疑問に感じた人が自分たちの宗教観を改めて見直すのに適した良書だと思う。
三葛館新書 162.1||AM
日本人に「あなたの宗教はなにか」と問うと「無宗教です」と答える人が多い。外国人からするとそれは異質なことらしい。本書は日本人のいう「無宗教」の中身やこの現状に至った歴史をひも解いてくれ、日本人の宗教観がみえてきます。
[ 内容 ] いまや日本人は自分たちを「無宗教」と規定してなんら怪しむことがない。 しかしほんとうに無宗教なのだろうか? 日本人には神仏とともに生きた長い伝統がある。 それなのになぜ「無宗教」を標榜し、特定宗派を怖れるのか? 著者は民族の心性の歴史にその由来を尋ね、また近代化の過程にその理由を探る。 そして、現代の日本人にあらためて宗教の意味を問いかける。 [ 目次 ] 第1章... 続きを読む »
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/4480056858
── 阿満 利麿《日本人はなぜ無宗教なのか 19961020 ちくま新書》19970725
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20001231 《虚々日々》目次
http://booklog.jp/asin/4480056858
世界を語るには、自分の国のことを語れないと駄目でしょうと思ったので。
所々論理が飛躍しているというか、説明が足りないと思う箇所がありますが、日本の宗教史の大まかな流れを掴むにはいいと思います。
「宗教」「無宗教」または「創唱宗教」(はっきりとした教祖や経典が存在する)の概念が生まれた明治以降の政策に関しては興味深いです。日本人が自分の属している宗教が何なのかわからない原因の一つは創唱宗教のインパクトが強すぎることなのでは。

日本人の無宗教観の理由を考える書。
近代化の過程で、国家神道が宗教ではなく国家祭祀であるという名目の反面、宗教は心にとどめるもので社会性を持つ宗教(キリスト教など筆者は創唱宗教という)は「信教の...





