関東大震災 消防・医療・ボランティアから検証する ちくま新書

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著者 : 鈴木淳
  • 筑摩書房 (2004年12月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480062079

関東大震災 消防・医療・ボランティアから検証する ちくま新書の感想・レビュー・書評

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  •  これも間違って、同じ本を二度アマゾンで買ってしまった。

     問題意識は、医療救護の話で、アマゾンで医療と震災で検索してヒットしたので、思わず買ったら、すでに昨年の発災直後の4月13日に読んでいた。ブログは便利だが、自分もあほさ加減もよくわかる。

     まあ、いい本は何度でも読んで、新しく得ることもあるので、自分があほだと思ってがっかりしないようにする。

    (1)関東大震災は、地震で骨折などしたけが人も多かったが火災でやけどや目をやられた人が多かった。それに対して、大学、軍隊、日本赤十字などが対応したのだが、一つは情報が混乱して、下町になかなかはいれなかったこと、医療資材が枯渇したことが指摘されている。(p128)

     先日、東日本大震災に救援に入ったお医者さんの話を聞いたが、医療資材がなにもなくて立ち尽くすだけだったと聞いて、関東大震災の時からなにも進歩していない日本の医療救護体制に、なさけなくなる。

     どうして、そんなに医療救護はうまくいかないのか。

    (2)東京帝国大学の学生は末広厳太郎先生の発案で、「東京罹災者情報局」をもうけ、各所の収容者や死傷者の名簿から、往復はがきでの問い合わせに対応した。(p211)

     安否確認の問題は、東日本大震災でもグーグルが避難所の名簿もWEBでアップしてグーグルファインダーで検索できるようにしたが、混乱期では、行政は、人命救助に全力をつくして、安否確認は民間にお願いしてもいいのかもしれない。

    (3)消防車は、ガソリン不足で十分な活躍ができなかった。(p67)

     同じ問題が、今度、首都直下で何カ所も発火したら起きるのではないか。東京消防庁の対応を聞いておこう。ガソリンは危険物だからあまりため込めないし、いざとなったらガソリンなしでは消火できないし、難しい課題だな。

  • 配置場所:摂枚普通図書
    請求記号:369.31||S
    資料ID:95080095

  • [ 内容 ]
    阪神淡路大震災、そして新潟中越地震は、私たちに災害への備え、災害後の救助について教訓をのこしたが、実は八〇年前の関東大震災にも、多くの学ぶべき教訓がある。
    関東大震災では一〇万人を超える人命が失われたが、その多くは焼死者であった。
    消防は誰が担ったのか。
    医療関係者の手は十分にとどいたのか。
    四万人以上が亡くなった、両国の被服廠跡の悲劇はなぜおこったのか。
    そして、すでにこのとき「ボランティア活動」が、青年団や在郷軍人会によって行われていた。
    本書は、首相から一般市民まで、大震災に立ち向かった人々の一週間あまりの活動に焦点をあて、忘れられた大災害の全体像に迫る。

    [ 目次 ]
    第1章 震災当時の防災体制(震災前の災害と対応;地震発生)
    第2章 猛火と戦った人々(大震火災と警視庁消防部;応援部隊や地域団体の活動 ほか)
    第3章 放置された重傷者―江東地区における罹災者医療(地震発生直後の罹災者医療;本所被服廠跡の悲劇 ほか)
    第4章 大正の震災ボランティア(罹災者の行方;流言と自警団 ほか)

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    [ 参考となる書評 ]

  • 「あの時はすごい揺れたよ。店の酒瓶が全部倒れたんだから」

    大正6年生まれ、東京・練馬の酒屋に生まれた祖母は言った。「あの時」とは、1923年(大正12年)9月1日に起こった関東大震災のことである。当時6歳だったが、記憶の彼方に消えることはなかったのだ。

    11時57分44分、地面が大きく揺れた。本震と2つの余震が組み合わさったもので、最初は神奈川県西部でマグニチュード7・9で約40秒揺れた。ようやくおさまったと思ったら、3分後に東京湾北部を震源地にしてM7・2、さらに2分後、山梨県東部を震源に7・3の余震が発生。その後も余震は続いたという。

    ちょうど昼どきであり、火を使っている所も多く、瞬く間に火災は広がった。東京の鎮火時間は3日午前10時30分。丸2日近く燃え続けたのだ。東京市の焼失面積は約34平方キロメートル。1945年3月10日の東京大空襲でも、13平方キロメートルであり、東京での最大の火災は、関東大震災ということになる。

    通信網は断線し、中央電信局は焼失。東京は一時、陸の孤島と化した。通信が復活するのは2日深夜で、千住を起点に全国と繋がった。3日からは重要官報に限り、取り扱いが再開されている。

    通信手段が途絶えたことは、悲劇を生んだ。朝鮮人が暴動を起こし、家に火をつけているという噂話が流れ、罪もない多くの朝鮮人が殺された。筆者は火災現場付近が噂の元と推察するが、冷静な判断ができるはずのエリートサラリーマンも信じてしまうほどのものだったという。

    というのも、人の噂では済まなかった。

    3日浦和で印刷された東京日日新聞では「不逞鮮人各所に放火し、帝都に戒厳令を布く」などと報じた。「不逞鮮人」とは朝鮮人を差別した言葉であるが、当時は普通に使われていた、という。

    同じく3日朝には、海軍無線電信所船橋送信所が内務省警保局長発で各地方長官宛に以下の通り、打電した。

    「東京付近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行せんとし、現に東京市内に於いて爆弾を所持し、石油を注ぎて放火するものあり」

    マスコミ、官報が朝鮮人による放火、暴動を報じたことで、ただの流言ではなくなってしまった。混乱が混乱を呼んだ結果の出来事だった。

    冷静な情報収集と、それを伝える手段ラジオや通信網があれば、震災の被害はもう少し小さかっただろう。ラジオの登場はその1年半後の1925年(大正14年)3月22日を待たなければならなかった。

    関東大震災は10万人の死者を出し、95年の阪神淡路大震災を遥かにしのぐ大災害だったわけだ。数十年前から東海地震を予告された関東在住者にとって、地震は常に身近な恐怖であるが、関東大震災以降、大規模地震は経験がない。80年以上前の震災ではあるが、学ぶ所はまだまだ多い。

  • 東京って実は不死鳥なのかもしれない。

  • 関東大震災の状況と人の流れがサポートすべき人の立場から簡潔にまとめられた一冊
    堅いタイトルだが引き込まれる。

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関東大震災 消防・医療・ボランティアから検証する ちくま新書の作品紹介

阪神淡路大震災、そして新潟中越地震は、私たちに災害への備え、災害後の救助について教訓をのこしたが、実は八〇年前の関東大震災にも、多くの学ぶべき教訓がある。関東大震災では一〇万人を超える人命が失われたが、その多くは焼死者であった。消防は誰が担ったのか。医療関係者の手は十分にとどいたのか。四万人以上が亡くなった、両国の被服廠跡の悲劇はなぜおこったのか。そして、すでにこのとき「ボランティア活動」が、青年団や在郷軍人会によって行われていた。本書は、首相から一般市民まで、大震災に立ち向かった人々の一週間あまりの活動に焦点をあて、忘れられた大災害の全体像に迫る。

関東大震災 消防・医療・ボランティアから検証する ちくま新書はこんな本です

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