帰ってきたもてない男 女性嫌悪を超えて (ちくま新書 (546))

  • 160人登録
  • 3.03評価
    • (1)
    • (12)
    • (57)
    • (6)
    • (3)
  • 26レビュー
著者 : 小谷野敦
  • 筑摩書房 (2005年7月6日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (215ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480062468

帰ってきたもてない男 女性嫌悪を超えて (ちくま新書 (546))の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 笑えるという点ではおもしろかったし、いろいろいろんなこと試したんだという点でもおもしろかった。でも、セックス。って、そんなにしたい!したい!いうことなのかなあと思った。もう聞き飽きた男の性欲は女とは違う論がまたしても繰り返されるし、そのへんに爆笑というか失笑というか。。だいたい、セックスは男がしたいからするもんではないと思う。両方がしたいからするというのが理想で、まあ、いにそまなくてもする場合もあるとは思う。ただ、付き合っていても結婚していてもレイプは成立するのだから、好きな女に好かれたところで、いつでも自分のしたいときにしたいセックスができるということにはならない。好きだからとて、相手のしたいようにいつでもセックスさせるような女はあまりいないと思う。彼が条件に挙げていた、高学歴で、源氏物語ぐらいは現代語訳で読んでいて、年齢は35歳以下で、容姿もそこそこっていうのは、かなり難しいと思う。し、もしそんな女子がいたとて、筆者のようなものの考え方をする人を愛するはずもない。どうして、こんな隠すべき自意識の発露みたいな本が新書になっているのかといえば、やっぱり読んで笑うためだとしか思えないんだけど、どうなんだろう。引用されている、谷崎やら、岸本葉子さんやら、漱石やら、独身知識人の関川夏夫さんやらがかわいそうに思えた。

  • 何回か読み直してこの本の主張をピックアップしてみた。
    ・社会は真に「モテない」人間の存在を無視している
    ・どんなに努力しようと、相手にされない人間というのは存在する
    (インテリの人類平等思想はくそくらえ)
    so what?と思わないでください。

    この著者、もし恋人だったら何かあるたびに理詰めで詰問されそうだ。こりゃもてないと思った。
    また、ブログを見た感じ「売られた喧嘩は買い置きがあっても買う」タイプらしくかなり敵が多そうだが、その分自分を誇大化して偉ぶるようなことは無い様に思う。その点呉智英に似ている。

  • 小谷野さんの本のおもしろさは、古今東西の書物の知識を披露しながら、俺はなぜもてないのかというきわめて通俗的な願望を辱めもなく告白する点であろう。今回はなんとサイトから結婚相談所まで手をのばすも理想とする才色兼備の女性にはめぐりあえない。「もてない男」が読者にもてるのは、きっと俺の方が小谷野よりましだ、もてるという優越感をそのときだけでももてるからではないだろうか。

  • 2005年刊行。本書ないし著者の底流にあると思われる、現代男女関係における男性弱者論には共感かつ、いつも納得させられる。著者は国際日本文化研究センター客員助教授。

  • 『もてない男』(ちくま新書)の続編。前著は、文学作品の中から題材を引っ張ってきて議論を組み立てるという方法で書かれていましたが、今度はより直截に著者自身の考えが語られています。同時に、前著に対して寄せられた批判への応答もなされています。

    そのほか、かつてテレクラに電話を掛けたエピソードを告白したり、出会い系サイトや結婚紹介所に出かけたりといった、おもしろいエピソードもあります。前著のような文学談義を求める読者には、不必要なエピソードで水増ししただけに思えるかもしれませんが、個人的には、著者の「完全に分かった上でやってる」のに、あえて呆けて見せるスタイルが楽しめました。

  • つまらない

  •  面白かったし、「恋愛にも才能が必要」とか何となく納得出来る部分も多かった。この本には、切ない青春時代を送ってきた著者の怨念と哀しみがこもっているような気がする。怨念と悲しみを論理的に分析して、文化人類学と社会学と文学の知識で味付けしてある感じ。でも、読み終わって特に達成感はないな。何かを得たという感じは全くしない。読んでいて面白いから、それはそれで良いんだけれど。

  • 何だかどうしても、学歴学歴言うのが馴染めない感じがしました。個人の好みだからいいのですが。しかし結婚して離婚してまた結婚したいと思えるなんてチャレンジャーですね(小谷野氏は現在再婚されています)。結婚歴すらない、「真のモテない男」はどんな感じなんでしょう?本田透氏の評論でしょうか。

  • 「もてない男」が、この世には厳然と存在するということ、それは決して解決できることではないという事実を受け入れること、あえて綺麗事で逃げ出したく心理を抑えつけて、赤裸々に見つめること。
    直感で誰もが感じているが、言葉に出すのがはばかれる常識を論理の積み重ねで辿り着こうとするインテリぶりには隠されたユーモアが漂っていて、いい人なんだなと思う。
    前書きに冗談書かないようにすると書いてあるが、結構冗談なんだよね。それがわからないと嫌な奴と思ってしまうんだろうな。
    僕自身は3流大出だけど、著者が自分と同じくらいの学歴を女性に求める気持ちは誠実以外の何物でもないし、よくわかる気がする。
    自虐と誠実さが同居しているんだよね。

  • 「たとえこれ以後私がどれほどもてるようになろうとも、若いころもてなかった、三十まで童貞だったという怨念だけは忘れない。もてない男のために社会を改革しろなどと、私は言ったことがないし言うつもりもない。だが、そういう男女がいるということを、人びとに忘れさせないようにしたい。」
    表紙に書いてある、前書きの抜粋である。抜身の刀というか、事故現場というか。
    中身は面白いんだけど、本全体のバランスが悪かった。「恋愛は誰にでも可能ではない。それを直視せずに誰でも頑張ればできる、できないならば努力が足りない」はたしかに大きな欺瞞を抱えている。そこを真正面から突いていくのか、それをネタに面白いことを書くのか、スタンスがはっきりしない。
    「それでも私は女が好きだ」という結論はいかにも取ってつけたようで、それぐらいならあとがきの永井荷風の雨蕭蕭を持ってくる方が良かった。

全26件中 1 - 10件を表示

小谷野敦の作品

帰ってきたもてない男 女性嫌悪を超えて (ちくま新書 (546))を本棚に「読みたい」で登録しているひと

帰ってきたもてない男 女性嫌悪を超えて (ちくま新書 (546))を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

帰ってきたもてない男 女性嫌悪を超えて (ちくま新書 (546))を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

帰ってきたもてない男 女性嫌悪を超えて (ちくま新書 (546))を本棚に「積読」で登録しているひと

帰ってきたもてない男 女性嫌悪を超えて (ちくま新書 (546))の作品紹介

ついに、あの男が帰ってきた!一度は結婚し、裏切り者呼ばわりもされたが、今また、独り身になり、より弱気になって帰ってきた。二十一世紀を数年経過した現在における「もてない男」、とくに今度は「男のセカンドヴァージン」「三十代美人どもの高飛車ぶり」などの観点から、恋愛、結婚、負け犬、出会い系サイト、女性嫌悪、等々の男女関連諸問題を斬ってゆく。痛快無比な真剣勝負。

帰ってきたもてない男 女性嫌悪を超えて (ちくま新書 (546))はこんな本です

帰ってきたもてない男 女性嫌悪を超えて (ちくま新書 (546))のKindle版

ツイートする