デカルト入門 (ちくま新書)

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著者 : 小林道夫
  • 筑摩書房 (2006年4月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (219ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480062932

デカルト入門 (ちくま新書)の感想・レビュー・書評

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  • デカルトという人は、その実践的活動と諸学問の両方においてきわめてスケールの大きな展開を示した思想家であり、また人間の現実的な生についてもきわめて豊かで透徹した洞察を提示した人物なのである。科学の進展と人間の精神的価値のかかわり、あるいは機械と人間の心の関係といったことが主要な課題となっている現代の思想状況にあって、デカルトの思想は、その考察のための最も豊かな題材なのである。

  • ココにあります。予約も→ http://bit.ly/1IuRXPj

  • [ 内容 ]
    「私は考える、ゆえに私はある」―近代精神の確立を宣言し、現代の知の枠組みとなる哲学の根本原理と方法を構築した近代哲学の父デカルト。
    だが、書斎で思索に耽る「意識中心主義」の哲学者という人物像ほど、彼にふさわしくないものはない。
    青年期には、三十年戦争の十七世紀ヨーロッパ諸国を冒険と遍歴で駆けぬけた行動的思想家―これがデカルトだ。
    本書は、コギトの確立に体系の集約点をみるドイツ観念論の桎梏を解き放ち、認識論と形而上学から、自然学や宇宙論にまで及ぶ壮大な知の体系のもとに、デカルトの真実の姿を見いだそうとする本格的な入門書である。
    デカルトの思想を心の哲学や環境世界などの現代的視座からも読みなおす意欲作。

    [ 目次 ]
    序―デカルトの人間像
    第1章 デカルトの生涯―思索と遍歴
    第2章 デカルトの認識論と形而上学
    第3章 デカルトの自然学と宇宙論
    第4章 デカルトの人間論と道徳論
    終わりに―デカルト哲学と現代

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 少なくとも、第二章「デカルトの認識論と形而上学」は、入門のレベルを超えている。というか、入門書で理解できるような内容ではないのだろう。

    この本に限った話ではないけど、入門書は、最初に読むのではなくて、対象の哲学者の代表的な著書を読んだ後にまとめ的に読んだ方がいいかも知れないと感じた。

  •  「我思う故に我あり」を一番に思い出す。数学と自然哲学を総合し現代科学の礎を築いたデカルト。このコトバは物事を観るときに一度純粋なコギト(自我)に立ち返ることの重要性を表しているのではないだろうか。まアインシュタインもまた「常識とは成人になるまで集めた偏見のコレクションである」と言ったと伝えられる。
     物事をありのまま曇りなき目でみること、それが明晰判明に繋がるのかもしれない。

  • デカルトについての全体的な入門書のうち最も簡単な一冊である。

    デカルトについて殆ど知らず、これから知ろうとする人の、日本語での最良の入門書であろう。

    この書のよいところは、しばしば軽視されがちなデカルトの情念論についても、きちんと一章を割いて解説している点である。

    近代の礎の1人であるデカルト。もし思いつきで近代について論じようというなら、この本を踏まえるだけでも多少「っぽく」なるだろう。偉人デカルト、踏み入れば難解だが、このように平易な入門書のある言語の使用者であることを感謝したい。

  • 学生のときに習った「コギトエルゴスム、我考える故に我あり」が懐疑主義の中から考える主体だけは確実なのだということがやっと納得がいった。哲学だけでなく数学、物理等の自然科学にまで足跡を残しておられるが、これら哲学、自然科学の足跡の土台としてはキリスト教、神の観念が当然のように含まれていたことに改めて驚いた。

  • 一般にデカルトは「我思う、ゆえに我あり」という言葉とともに、近代的自我の確立者として知られているが、本書は、自然科学をはじめとする近代的学問の方法とその体系の基礎を構築した思想家としてのデカルトを紹介している。

    デカルトは『精神指導の規則』において、アリストテレスの存在論に基づく従来の学問体系からの脱却を図った。アリストテレス以来、学問は「存在の類」に基づいて分類されると考えられてきた。デカルトはこうした発想を退け、数量的関係一般を扱う「普遍数学」という発想に基づいて、新たに学問体系を組織しようと試みたのである。

    ただし『精神指導の規則』では、いまだアリストテレス的な認識論を脱却することに成功していない。彼は認識を、私たちの想像力の内に観念が形成されることと理解していたが、これは「感覚の内に存在しないものは理性の内には存在しない」というアリストテレスの認識論を受け継いでいたのである。

    その後デカルトは、「永遠真理創造説」という考えによって、アリストテレス的な認識論を克服することに成功する。この説は、神が数学的真理を創造し、それを感性や想像力から独立のものとして私たちの理性に刻印するとともに、他方で物理的自然の法則として構成したというものである。これによって彼は、感性や想像力に立脚するアリストテレスの立場を脱却するとともに、プラトン的なイデアリズムとも異なる立場に立つことができた。というのは、そこでは数学的真理は、自然から超越した実在としてではなく、自然現象の内にその法則を構成するものとして存在していると考えられているからである。これによって、自然現象の数学的探求の可能性がはじめて開かれることになった。

    本書は、デカルトの思想の「全体」像についての正確な理解へと導いてくれる良書だと思う。ただ、学問の方法と体系を刷新するという彼の仕事がどれほど革命的なことだったのか、初学者に伝わりやすく書かれていないように感じた。退屈な記述だという印象を与えがちなのも、そのせいなのではないだろうか。

  • 我思う、ゆえに我あり
    「コギト・エルゴ・スム(cogito,ergo sum)」

    この有名な言葉から、連想していた思想観とは、
    全く異なった思想の持ち主であることを知った。

    デカルトは、数学的、物理学的見識から、「最高に能力のある者」として神の存在を位置づけ、「神の誠実性」から「人間の明晰性」導き出した。
    完全である神が、欺く人間を創ろうとするはずがない、ということらしい。

    では何故、人間は誤りを犯しうるのか?
    明晰に判断しうる能力を持ちながらも、不完全な思索、早合点によって誤りを犯すのだという。

    「人間知性の有限性は、創造された人間知性の本質であるから、そのことに関して、創造者に不平を言うべきでない。」とも言っているらしい。

    ん~、納得はいかないが・・・
    「普遍的懐疑」から理論を構築しようとしたデカルトが、「慎重に思索を重ねれば、真なる答えを導くことは可能」と言っているのは、おもしろい。

    物理学者として、多くの偉大な発見を成したデカルトも、全てが正しかったわけではない。だが、その誤りも後の科学者によって正されることになる。
    有限な個人による誤りも、人類という大きな枠を以てすれば、いずれは真なる答えに辿りつけるはずだ、という解釈をすればいいのかも。

    完全なる唯一神というのは、プラトン的な神に似ている気がする。
    また、宇宙は神による創造としながらも、創造後の神による干渉は想定していないらしい。これは、現代的な感じもするかな。

  • 何か教科書っぽい本www
    個人的にもうちょっと哲学の辺りを掘り下げて欲しかったなぁ、入門だから仕方ないのかもだけど。
    あと返却期限が迫っていたので相当やっつけで読んじゃったのは痛恨の極み。
    入門シリーズどれも比較的良著らしいからお金あるときに買っちゃおうかしら(´∀`)
    大学の図書館から借りて読了。

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デカルト入門 (ちくま新書)の作品紹介

「私は考える、ゆえに私はある」-近代精神の確立を宣言し、現代の知の枠組みとなる哲学の根本原理と方法を構築した近代哲学の父デカルト。だが、書斎で思索に耽る「意識中心主義」の哲学者という人物像ほど、彼にふさわしくないものはない。青年期には、三十年戦争の十七世紀ヨーロッパ諸国を冒険と遍歴で駆けぬけた行動的思想家-これがデカルトだ。本書は、コギトの確立に体系の集約点をみるドイツ観念論の桎梏を解き放ち、認識論と形而上学から、自然学や宇宙論にまで及ぶ壮大な知の体系のもとに、デカルトの真実の姿を見いだそうとする本格的な入門書である。デカルトの思想を心の哲学や環境世界などの現代的視座からも読みなおす意欲作。

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