寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)

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著者 : 伊藤正敏
  • 筑摩書房 (2008年8月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480064356

寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)の感想・レビュー・書評

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  • 2008年刊。元文化庁記念物課技官・元長岡造形大学教授。◆網野善彦氏の提唱する宗教のアジール性に依拠する無縁概念。これを政治的勢力に擬してみたらどう見えるか。本書は祇園社や叡山等、無縁勢力の中でも巨大勢力を具体的に分析することを通じ、中世の無縁対有縁の対立構図を具体的に切り取る。中でも、寺社勢力の経済力の源泉に言及があるのは特異(金融業・市場掌握・軍需産業・さらには建築業)。◆ただ、その解体過程がやや雑駁。大まかに無縁所のアジール性が徐々に消失(それに寄与したのが戦国大名との軍事衝突)と言うに止まる。
    ◆とはいえ、あまり言及されてこなかった経済力の具体的源泉(この点は中世の徴税システムも同様だが、本書はここは乏しいかも)に言及ある点は意義深い。更には言えば、有縁勢力の経済力の源泉・徴税システムにも言及された書を見てみたいところ。

  • 日本史の中世でもっとも不変的は権力を持ったのは、幕府でも朝廷でもない。寺社だった。だから、中世で一番大事なのは寺社だ!


     興味深い話だったけれど、思ったよりも心に来ない。

     他の方のレビューにもあるが、独りよがりな書き方がいけないのかな。途中から筆が乗ってきて、読者を置いてけぼりにしている。それほど熱く語りたくなったんだろう。

     書き方次第で化ける内容の本である。なんちて


    ______
    p18 添加物を加えた歴史
     歴史は後世の物によって編纂された、いわば加工食品。さまざまな添加物を加えて、腐らないよう加工しているのである。世の中そういう歴史ばかりなのである。政治が絡んでいるからしょうがないけれど。
     当時の生の歴史をそのまま冷凍保存した史料というのはないのか。日本にはある。それが寺社である。

    p21 義経が平泉まで逃れられた理由
     義経には京都朝廷内部に支援者がいたこと、追手が捜査に立ち入れない場所があったからである。それが、興福寺や延暦寺の勢力圏にある寺社である。

    p26 駆け込み寺
     江戸時代、鎌倉の尼寺、東慶寺は離縁が許されなかった社会で夫の暴力から逃れるための駆け込み寺として機能していた。このような駆け込み寺や縁切り寺は中世においてもっと盛んであった。

    p29 『怒りの葡萄』 スタイン=ベック
     アメリカ文学の傑作。移民社会アメリカで飢饉によって難民化した人々のルポルタージュ。現代でも難民は農地を放棄して都市に集まる、中世の日本でも駆け込み寺という難民収容所は都市になっていたに違いない。それほど大きな社会を形成していたはず。

    p35~6 京都の分け方
     鴨川を東西に分けて、清水寺などのある河東を「洛外」と、河西を「洛中」といった。河西は二条通を境に南北に分けて、花の御所のあった北側「上京」と南側「下京」に分かれる。「洛外」「上京」「下京」の3つの複合都市が京都である。

    p37 自力救済
     中世の検断権(警察権)は現代の概念とは程遠い。警察機構である検非違使や六波羅探題は幕府と朝廷に関することしか治安保証はしない。市井の軽犯罪などは取り締まらない。町人たちが「自力救済」しなければならなかった。当時の金融機関である土倉などは自分たちで盗賊に立ち向かう用心棒を用意した。
     このように、幕府、朝廷、庶民は身分だけでなく、生活領域にて不干渉なところが多分にあった時代だった。

    p41 日吉大社と延暦寺
     日吉社と延暦寺は中世の神仏習合の「神かつ仏」の二つの顔を持つ寺社勢力だった。
     「墓所の法理」というものがある。自社の僧や神人が死んだ場所を墓所として、怨霊を沈めるため寺社が地主から土地を召し上げることができるという、寺社が荘園をブン捕るためのこじつけ理論である。これでもって、延暦寺は下京の真ん中の五条前後八町という120m×240mもの広大な土地を召し上げ、地代を集めた。

    p46 朝廷の課税制度
     当時の朝廷は課税制度に不備があった。旧来、課税は租庸調のように農産物で治めるもので、貨幣経済の発展してきた中世において、最も金持ちであった金融業者(土倉、油屋、米屋、酒屋、、質屋、味噌屋)は課税されていなかった。朝廷が貨幣の仕組みや重要性を十分に理解できていなかったのか。
     そして、寺社も免税特権を持っていた。当時の課税制度は時代遅れの穴だらけだった。
     後醍醐天皇は1322年に「神人公事停止令」を出して寺社の私的な徴税権を取り上げ、朝廷が徴税するようになった。

    p50 祇園社は疫病から
     中世になり、京都への人口流入が増加した。それに伴い、疫病の流行も悪化し、人々の怨霊信仰が強まった。この怨霊を鎮めるのが祇園信仰であり、その最大儀式が祇園祭(祇園会)である。祇園会は疫病の最も流行る6月に行われる。この祇園会は各地の都市にみられ(博多どんたくとか)、当時の都市における疫病への恐怖心を物語っている。

    p53 最初の神輿動座
     1095年に山僧による日吉神輿を担いだ最初の強訴が行われた。決して動くことのない神が自ら朝廷に直訴に行くという、怨霊信仰における最大の恐怖である。この時、関白:藤原師通は神輿を射ることを命じ祟りを受けて死ぬ。ここから強訴が意味あるものになった。

    p56 有徳人
     保元の乱後、後白河天皇は市中の金持ちに祇園会で用いる山鉾を作る費用を供出させた。朝廷が財政難に陥っていたのだ。「潤屋の賤民」に名誉を買わせる仕組みを作った。これらの名誉ある庶民を「有徳人」といった。
     市井の金持ちが無視できない存在にまで登ってきた瞬間である。

    p61 行人と神人のカオス
     寺社の下級僧である行人と下級神官である神人、神仏習合の中世では同じようなものだった。彼らが寺社への特権を悪用して幅を利かせたりしていたから、後白河帝は信西入道の進言のもと保元新政をしいて、悪僧取り締まりをした。

    p62 中世の始まり
     一般的に1160年代の平治政権の登場から戦国末期までの武士政権の時代を中世と言う。
     しかし、筆者は1070年の祇園社が下社に巨大な領地を獲得して、寺社の不入の地を初めて露骨に手に入れた時を中世の始まりと考えている。           

    p72 雲母坂がキララである意味
     この坂道は花崗岩質でキラキラ輝くから

    p80 信長め!
     信長は比叡山焼き討ちという非情な行いをした。この時、多数の寺社史料(生の歴史の冷凍保存)も焼失した。信長は現代の歴史家からも恨みを買っている。

    p83 寺院は当時の前衛空間
     寺院は当時、建築物の中でももっとも意匠を凝らした建築だった。天皇の住まいなんて、当時の興福寺や東大寺、根来寺とは比較にもならない。寺院を超える豪華建築が出始めるのは、安土城から。

    p100 親鸞の女犯は誇張されている
     当時、自堕落な僧の女犯など当たり前に横行していた。しかし、親鸞だけは糾弾の的になっている。これは政治的意図がある。これは法然率いる吉水教団が既存の北嶺南都の仏教権威から弾圧を受ける際の難癖であった。
     それが現在に至るまで、すべて親鸞たちが悪いようにとられている。
     まぁ、妻帯を公認したから注目されてるんだけど、自堕落な僧よりもずっと真面目な人たちだった。

    p113 根来寺の武器
     鉄砲の生産に成功した根来衆で有名な根来寺。応仁の乱で荒れた室町から、群雄割拠の戦国時代まで、武器供給地として栄えた。寺社なのに。

    p115 返済遅滞には神罰
     比叡山、熊野、高野山は高利貸しでも有名だった。寺社の高利貸しは、返済が遅れれば神罰が下るという恐怖があったため、貸し倒れや滞納がほとんどなかった。
     貴族、将軍、武士、あらゆる地位の者が寺社の金融を利用した。

    p122 弁護士の一面
     当時の争い事で、自分よりも優れた訴訟遂行人を代理にたてることがあった。それは文字の能力が高く、判例などの情報をよく持っている者が採用されたが、僧こそうってつけの人材である。寺社は京都に近く情報網も広く太い。寺院は当時唯一の図書館でもあったから、これ以上の適役はいない。
     それゆえ、当時の政治の世界にはよく、頭の切れる僧侶が側近として登場する。

    p127 安土城は石仏でできている
     信長は安土城の築城に際し、石仏の強制徴収を行って民を泣かせたという。

    p133 検断得分
     当時の武士は犯罪人を捕まえたら、その罪人の持つ財産を自分のものにできた。それが「検断得分」
     なんというヤクザな法令。実際、この悪法を悪用して無罪の人から財産を収奪するというヤクザ武士がいたようである。地頭の設置された荘園は特にひどく、地頭の好き放題だったようである。幕府もこれを禁じる法律を出していたが、ガバガバの法だったようである。
     
     寺社が不入の権を持って、検断を回避していた理由がわかる。

    p134 ヤクザが一日警察署長
     戦後直後の無警察状態の東京・大阪の代行したのは暴力団だった。現代の「検断得分」として、警察と暴力団の共存が約束されていたようだ。
     山口組の田岡一男は兵庫県警水上署で一日署長を務めている。
     宮崎学 『近代ヤクザ肯定論』に詳しい

    p164 良源
     比叡山の創始者は、天台宗の祖:最澄であるイメージがあるが、18代天台座主:元三大師 良源なのである。
     良源は、根本中堂の巨大建築、横川の建築、退廃した比叡山僧の清浄化、祇園社の奪回、角大師、慈恵大師、など功績多数。

    p191 無縁所は経済的自立があった
     無縁所は政治からはなれ、影響を与えることも受けることもなかった、浮世である。しかし、経済の発展はこの無縁所から始まったといってもいい。難民たちが生き抜くために経済を活性化させたのである。

    p197 武士は浮ついた立ち位置だった
     中世の武士は、主君に仕えるという立場にありながら、片足は無縁所に突っ込んでいるような存在だった。一向宗に入信している武士も多く、無縁所で農民や商人としての一面を持つ者もいた。そういう無縁所の自由と仕官による安定した庇護をどちらも捨てきれない半端者をどうコントロールするかが大名の悩みどころだった。

    p207 叡尊が神風を起こした
     元寇で神風を起こしたのは、西大寺 叡尊と言われている。彼は御用寺社の僧侶として政界のご意見番だった。
     古代の道教、近世の天海と並ぶ、三大政僧である。

    p209 南都北嶺対策
     幕府は寺院紛争に際しては必ず、反南都北嶺の立場に立った。すこしでも敵対勢力の力をそぐためである。

    p219 室町時代は財政基盤ゲットの時代
     室町幕府は寺社のもつ座という特権を奪うわけでなく、維持しながら課税して、うまく財政を安定させた。
     しかし、この座の保守的な仕組みが経済発展を停滞させたので、信長がぶっ壊そうとした。

    p227 固定的な縁が成立したのは室町時代
     家という血縁を超えた固定的な縁の概念が登場したのは15世紀であった。
     それまでは血縁的なものが尊ばれた。養子という概念もこの頃に発達して、「血縁としての家」ではなく「格式としての家」を守るという概念が生まれた。例えば、歌舞伎や落語のような演芸のお家家業のようなものもこの頃できる。
     司馬遼太郎風に言えば、「室町の著しい農業技術の発達から経済も発展を遂げた。経済には抽象的概念が多分に含まれ、人々の抽象的思考が育てられた。。
     こういった抽象的な考えのもと、こういう格式としての「家」の概念が生まれたんだろう。そして、抽象的な「村」「町」の格式が生まれてくる。

    p233 大黒天
     空海がつくった神様。七福神の一人

    p242 刀狩が中世の終わり
     秀吉の刀狩は無縁所の自治能力を奪うものだった。それは寺社勢力には特に厳重に行われた。
     無縁所が不入権を持つ自治領を手に入れた時が中世の始まりだった。政治社会とは一線を画した領域の消滅。これが中世の終わりだと筆者は定義する。

    p248 フランス革命起きえた理由
     フランス革命は聖職者の第一身分、貴族の第二身分、庶民の第三身分の格差闘争の結果である。しかし、普通に考えれば特権階級である第一と第二身分は結託し、二対一で第三身分が不利になるように思える。しかし、そこには第一身分の中での格差がキーになっていた。
     聖職者にも司教と司祭とがいて、司教の年収は4万リーブルで、司祭の年収は750リーブルと第三身分と大差ない。この格差に不満があったため、第一身分では数の多い司祭が平民派に流れ、最終的に第一身分の総意は第三身分寄りになった。
     これで第一と第三身分 対 第二身分の形になって、革命への大きな前進になった。

    p254 ネットが現代の無縁所
     無縁といっても「人の繋がりがない」のではなく、「政治など世のしがらみから独立した場」としての無縁。
     こういう駆け込み寺的なものは、いつの時代も必要で、形を変えて存在していくのであろう。

    ______


     悪く書いた割にはメモることが多かった。

     興味深い内容だったんだあよな。

     でもなんかいまいち信憑性が無く感じるのはなぜなのか。とても勉強になりました。

  • 日本中世史における寺社(特に比叡山や高野山といった大規模寺院)と、その支配地に発生した「境内都市」についての新書。
    中世の寺社の経済的側面を強調し寺社内部の権力構造を解き明かすことによって、所領内に多くの「無縁の人」が流入する事によって都市的共同体が発生し、その大きな軍事力・経済力を行使することによって朝廷や幕府といった政治プレイヤーにも大きな影響力を及ぼしていたことを明らかにしています。
    これによって網野善彦氏によって注目された「無縁/苦界/楽」といった存在について、伊藤氏は従来考えられていたよりももっと強い影響力を持っていたのだということを主張しています。

    基本的には東大寺文書や高野山文書等の寺社由来の文書に依拠し、「吾妻鏡」や「太平記」といった年代記に記載されていない『民衆の歴史』を明らかにしています。この文書から再構築されている中世の世界は名も無き人々が集まり蠢きあう世界です。軍記物語では決して光の当たらない部分にも、世界は存在しており、それはむしろ飾られた歴史よりも強固な構造を持っているように感じられました。
    しかし、境内都市として本書で取り上げられた事例については基本的に畿内の例がほとんどです。
    例えば網野氏が注目した農業民以外の常民の世界は、都市民にかぎらず海民や狩猟民、漂流者といった様々な人々に光を当てていました。それに比べると大寺社とその境内に暮らす人々をフォローアップするだけでなく、地方における境内都市の有り様についてもっとクロースアップすることで、無縁世界の影響力が遍く広がっていたことがわかるのではないかと考えます。

    最後に、著者自身は境内都市については先行研究は存在せず自らがこの分野を切り開いたということにかなり強い矜持を持っていらっしゃるようで、そういった記述が中世の無縁世界を純粋に知りたい人間には正直邪魔だったなと思いました。

  • 中世の見方がまるで変わった、というか、揺さぶられ、変えさせられたと言うべき。
    インパクトのあった一冊。

  •  はじめに。文化は祭祀より始まる。日本の伝統文化の大半は古代王権にではなく、中世寺社にその起源をもつ。中世鎌倉幕府の歴史は、寺社の文書と貴族の日記によっていわば裏側から復原するほかない。幕府文書は、戦災火災でみな失われてしまったからである。とはいえこれは裏面史ではない。史料として文書と日記のみを使用するという、まっとうな正面史である。

  • 網野善彦氏の名著「無縁・公界・楽」から、
    さらに「無縁」について踏み込んで論じている良本。

    「無縁の世界」である中世の寺社を宗教施設としてではなく、
    経済活動の拠点である「境内都市」として捉えることで、
    従来の政治的な視点ではなく、
    経済的な視点から「中世」という時代をとらえなおしている。

    個人的には室町以前の混沌とした状況における寺社の役割についての部分が面白い。

  • 興味深い内容だった。

  • [ 内容 ]
    日本文明の大半は中世の寺院にその源を持つ。
    最先端の枝術、軍事力、経済力など、中世寺社勢力の強大さは幕府や朝廷を凌駕するものだ。
    しかも、この寺社世界は、国家の論理、有縁の絆を断ち切る「無縁の場」であった。
    ここに流れ込む移民たちは、自由を享受したかもしれないが、そこは弱肉強食のジャングルでもあったのだ。
    リアルタイムの史料だけを使って、中世日本を生々しく再現する。

    [ 目次 ]
    序章 無縁所?駆込寺と難民
    1章 叡山門前としての京
    2章 境内都市の時代
    3章 無縁所とは何か
    4章 無縁VS.有縁
    終章 中世の終わり

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    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 10年4月10日開始
    10年4月24日読了

     日本の中世は朝廷(貴族)と幕府(武士)の権力争いと認識していた身には目から鱗の本。

  • そうですよね。

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