害虫の誕生: 虫からみた日本史 (ちくま新書 793)

著者 :
  • 筑摩書房
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感想 : 21
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  • Amazon.co.jp ・本 (217ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480064943

感想・レビュー・書評

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  • 日本の社会の推移を害虫対処の見地から眺めた本。害虫排除は明治以降に始められ、江戸時代には、害虫の大量発生は天災と考えられ、祈祷やお札によって対処を計っていた。明治以降は農業害虫が、大正以降は衛生害虫も、天敵による駆除、除虫菊をはじめとする化学殺虫剤の散布により排除されている。年代により、害虫に対する考え方も変わり、以前は害虫とは考えられていなかった、ハエやゴキブリなど、政府による排除促進により、害虫化したものもある。現在の問題は、駆除による種の絶滅と殺虫剤への耐性化が大きなものであり、エコロジカルを考慮した害虫とのつきあい方が求められる。

  • 「害虫」という概念は実はそれほど古いものではない。
    そもそも虫による農業被害は天がもたらす災いであり、
    人知の届くものではないという意識が、
    少なくとも江戸時代までは主流であり、
    それが人々と虫との「付き合い方」だった。
    今と比べれば、そこら中、虫だらけだったのだろう。

    明治に入っても相変わらず「お札」やら「虫送り」といった
    迷信的対策に頼るのが普通で、
    国や一部の昆虫学者が提唱していた科学的アプローチは
    普及しないばかりでなく、農民の反発を買うことすらあった。

    それが第一次大戦に入ると一変する。
    すなわち、食料輸入が不安定になったことにより、
    農業の生産性向上が国家の至上命題となった。
    ここで初めて害虫駆除の研究が本格化することになる。
    そして殺虫剤の研究は毒ガス兵器の開発へとつながり、

    さらに戦地におけるマラリアを媒介する蚊の駆除といった
    伝染病予防にも活用された。

    つまり、害虫の歴史は戦争の歴史に重なるのである。
    そしてそれは、ひいては「人間と自然の関係」の変化を
    描写していると著者は主張する。

    ここで著者は、科学の発展をやみくもに否定し、
    自然保護を声高に訴えるわけではない。
    ただ、我々が今日では当たり前に受け入れている

    害虫/益虫といった区分や、「ハエ・蚊の少ない世界」は
    時代背景や社会的要因によって
    形作られてきたものなのだという事実を淡々と明らかにする。

    僕たちが「自然っていいよねえ」というとき、
    それは原始の「自然」ではなく、
    人為的に操作された「心地よい自然」なのだ。

  • 社会科なのか理科なのかチョット不明。凄くマニアチックな本という気がするが結構レビューを書いている人が多い。

    雑草に対応することばはないが、虫は害虫と益虫に分けられる。もちろん、本書にもあるように害虫というのも時と場所によって変わってくるのであって、大いに各個人の認識によるわけではあるが。

    日本において害虫ということばが一般的になるのは20世紀になってかららしい。それまでは、虫の害というのは自然現象として仕方が無いこと、冷害とか干魃とかとかと同列の人間では制御できす、神頼みをするだけのモノであったらしい。
    と言う事で、この本では副題「虫から見た日本史」どおり、日本人の虫観というモノが語られている。その後近世以降は病気、衛生と言う観念からの害虫駆除、さらに戦争での化学兵器と農薬が並列して開発されていった事象が述べられている。

    と言う事で、なかなか興味深い本ではあるが冒頭書いたようにマニアチックではあるので万人にお勧めできる本ではない。

  • 日本の近代化と共に「虫」の一部は「害虫」となった。

  • 害虫がもともと 存在しなかった というのはなんちゅーか 驚きでした今はっていうか 自分の世代でも 東京生まれの子なんか害虫どころか 虫 を 全然知らなかったりする

  • プロローグ‥ごきぶり
    第1章 近世日本における「虫」
      1、農業 2、蝗 3、虫たちをめぐる自然観
    第2章 明治日本と<害虫>
      1、害虫 2、応用昆虫学 3、農民VS明治政府 4、名和靖
    第3章 病気‥植民地統治と近代都市の形成
      1、病気をもたらす虫 2、マラリア 3、都市衛生とハエ
    第4章 戦争‥敵を科学で撃ち倒す
      1、害虫防除 2、毒ガスと殺虫剤 3、マラリア
    エピローグ‥環境

  • パラ読みで終えてしまいました。それなりに面白かったのですけど、期待した方向ではなかったです。もっとゴキちゃんの話が出てくるかと思ったら、「はじめに」にチョロっと出てきただけで終わり。「あとがき」に、もっと書きたかったのですがまた別の話になるので・・・、と書きたかった内容と変わる旨の説明がありました。(^^;)
    「害虫」という認識を人様が持つようになるのは、ここ100年くらいの話で実に「つい最近」なことみたいです。昆虫学じたいがそれよりちょっと前くらいからの歴史という浅さで、それまでは「神頼み」しかなかった。「お札」で虫駆除をやっていたわけで。農作物が虫にやられちゃうのは神様のバチが当たった!と日本人は考えていたわけです。
    これが、西洋では反対でね、そこは面白かったです。西欧でもそれらの被害は一応神様のしわざとは考えられていたようなのね?、でもバチが当たらなければならないのは人様ではない!人様のものを荒らす虫の方が悪いから、バチが当たるべきは「虫」の方であるという発想なんですよ。(≧▽≦) で、なんと虫を裁判にかけてたらしいよ。まさかほんまに召喚状でも渡して呼び出したのか?、「裁判所に現れないとはなんたる無礼、言語道断!」ってな感じで虫に怒り心頭だったそうだよ。この話は笑えたね。

  • 害虫を排除するための科学技術である応用昆虫学の立場から、
    害虫と農業、病気、戦争などをめぐる社会史を描き出す。
    日本の事例を中心に、近世から戦中までを中心に扱っている。
    特に近世の記述が面白かったので、以下抄訳を付す。

    害虫ときくと、われわれ現代人はゴキブリなどを思い浮かべるが、
    科学技術の未発達だった時代から、やはり農業(農薬)との関連は強かった。
    ただし明治初期まで、民衆のあいだでは害虫=たたりとの考えが支配的だった。

    たとえば一八八〇年に北海道十勝地方で起こった
    トノサマバッタの大発生に対して、アイヌたちは「神罰」とみなしたという。
    また同時期に全国で報告されるようになったニカメイガについても同様で、
    青森では幼虫が潜むわらや切り株を燃やすよう県令が呼びかけたにもかかわらず、
    「固陋の人民」のほとんどがこれに従わず、被害が沈静化するまで農民に害虫対策の徹底を強制したという。
    こうした自然観が科学技術によって塗り替えられるのは、明治後期のことだった、ということだ。

    その他にも、ハエが元々はそこまでネガティブに捉えられていなかったことや、
    戦中、ヒトの血液をエサとするヒトジラミの研究のためにボランティアで検体を募ったときの写真など、
    応用昆虫学が提供する視点のエッセンスを随所で楽しめる。

    テーマの選び方ですでに勝っているといえるだろう。
    ちなみに著者は75年生まれと若い。初の単著だという。

著者プロフィール

科学史。京都大学人文科学研究所准教授

「2023年 『配信芸術論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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