競争の作法 いかに働き、投資するか (ちくま新書 851)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (233ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480065513

作品紹介・あらすじ

なぜ経済成長が幸福に結びつかないのか?懲りずにバブルに踊る日本人はそんなにバカなのか?標準的な経済学の考え方にもとづいて、確かな手触りのある幸福を築く道筋を考え抜く。まったく新しい「市場主義」宣言の書。

感想・レビュー・書評

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  • タイトルとは異なり、前半半分以上を主に90年代以降の日本経済の認識確認に割いている。実証の経済学者らしく、GDP・失業・株価・為替のデータを丁寧に追ってゆくことで00年代の「戦後最長の景気回復」が"バブル"に過ぎなかったことを丁寧に解説する。論点そのものは単純で、円の実質実効為替レートがこの期間2割程度割安だったため、この期間の日本製品の対外競争力が2割ゲタをはいた状態であったということ。これは長期的な実質実効為替レートからは乖離しており、つまり生産性が2割低い状態でモノを作っても売れてしまう。本来、国内の生産性を2割高めなければならないことを意味している。

    にもかかわらず、株主も経営者も地主も(不動産価格の話もあるので)、そして個人ベースでも競争と真正面から向き合おうとしなかったことが、その後の閉塞感の原因と見る。典型的なのは、リーマンショックすら、08年以降の経済の落ち込みと「関係ない」と断言していること。

    正規労働を非正規に替え、新卒を数十万人規模で失業させても、デフレ環境を考慮すれば企業のコストはたかだか1%しか下がっていないこと。また、所謂「格差社会論争」について、統計数字が貧困化の進行を隠しているわけではないので、格差拡大を強調する人々の主張は正しくないこと、しかし、客観的なデータから貧困化の進行を確認できるので、格差拡大を疑問視する人々の主張も正しくないこと。

    巷間、印象で語られることを丁寧に統計数字に基づいて紐解いてゆく手法は、実証経済学者としての誠実さを感じる。リーマンショックが日本経済の落ち込みと「関係ない」というのも、ラディカルだが本書の主旨を踏まえれば間違いではない。

    一方、そのような経済状態に対する処方箋と言う意味では、啓蒙書ではあるけれども、フィージビリティの言及には不満が残る。著者も述べるように「個々人のモラルに訴えて社会問題を解決しようとするアプローチは、社会科学者として禁じて」である。にもかかわらず、「一人一人が真正面から競争と向き合っていくこと」「株主や地主など、持てる者が当然の責任を果たしていく」「塩漬けされていた労働や資本を解き放ち、人々の豊かな活動に充てていく」というのは、まさにモラルの問題なのではないか。

    処方箋として、どのような制度設計によって個人が、株主や地主が、そのような誘因を持つのかを示すことが必要なのではないだろうか。(一部で固定資産税の安さなどには言及しているが)

    語り口がエッセイ調なのもあるが、読後感は経済学の本と言うよりも、自己啓発本(読んだことないけど)に近いように思う。その意味で読みやすい新書の形態は正解で、経済学者が一般向けに書いた本として成功していると思います。

  • 今のデフレは、2002年から2007年ころのバブルがはげただけだ。各自がコストを下げないと競争できない、という内容。最初の方は面白いが、あとの方はグダグダになってくる。

  • 「小泉政権の競争至上主義路線で格差が広がり、リーマン・ショックの後遺症によるデフレがそれに追い打ちをかけ不況を抜け出せない。」
    巷間いわれている日本経済・日本社会に対するそのような見方を、著者は、経済統計が示す実体とまともに向き合おうとしていない「バーチャルな空間での思考様式」だとして否定します。

    日本経済の統計数値を冷静に観察すれば、リーマン・ショックは言われているほどに日本経済に深刻な打撃を与えてはおらず、「戦後最長の景気回復」が引き起こしたまやかしの景気拡大を相殺した程度のものに過ぎないことが分かることを指摘。
    むしろ、「戦後最長の景気回復」が日本の一般家計にほとんど恩恵をもたらさなかったことが重大な問題であり、「格差」は、組織や制度の壁に守られた既得権益を維持したままパイの縮小の皺寄せを一部の勤労者に負わせた結果であり、競争原理が働いた結果生じたものではない。
    むしろ、これから日本人に求められるのは真の「競争」に対して一人ひとりが真摯な姿勢で向き合うことである、と。

    以下、備忘も兼ねて要点をメモ。

    ・2002年から07年にかけての「戦後最長の景気回復」期において、日本の実質GDPは1割強増加したが、就業者数は1.3%しか増えなかった。
    ・リーマン・ショック後に実質GDPは急激に縮小した。それにつれて失業率も上がったが、実質GDPの減り具合に比べれば雇用減は軽微であり、2009年の失業率は2002〜03年頃の失業率を実は下回っている。
    ・実質雇用者報酬についても、同様に「戦後最長の景気回復」期にはGDPの伸びほどには伸びず、リーマン・ショック後はGDPの低下に比べると軽微な減り方をしている。
    ・問題なのは民間勤労者の実質給与で、これは「戦後最長の景気回復」期においても一貫して低下している。
    ・物価については、「戦後最長の景気回復」期はほぼ横ばい、2008年の資源・食料品など一次産品の国際価格高騰を受けてやや上昇し、リーマン・ショック後にそれを相殺する形で低下した。いずれにしてもマイルドに上下したのみで、1920〜30年代の恐慌期におけるような深刻な「デフレ」は観察されない。
    ・勤労者世帯の消費水準指数は「戦後最長の景気回復」期にも低下し、リーマン・ショック後の影響もあって低下傾向を続けている。

    ここから読み取れることは…
    ・「戦後最長の景気回復」はGDPの伸びほどに雇用や賃金に恩恵を与えず、その分リーマン・ショックによる影響も軽微であった。
    ・一方で、勤労者世帯に絞ってみると雇用者報酬も消費も一貫して低下しており、「戦後最長の景気回復」による豊かさの恩恵をまったく受けていない。

    即ち、「戦後最長の景気回復」による豊かさは「幸福なき豊かさ」であり、そのような豊かさがリーマン・ショックで失われたところで大した問題ではない。
    それを「あるべき豊かさ」が失われたとして「デフレ」と騒ぐのはから騒ぎに過ぎない、と断じられます。

    では、「戦後最長の景気回復」期に起きたことは何だったのか。
    ゼロ金利政策と政府による巨額の円売り・ドル買い介入に支えられた為替レートの「目に見える円安」と、海外に比べた日本国内の相対的な物価安定による「目に見えない円安」、二つの円安バブルに乗って価格競争力を得た輸出産業が日本製品を「たたき売り」することによって莫大な利益を得たのが「戦後最長の景気回復」の正体であったと糾弾されます。
    円安バブルがいつかははじけることが分かっていながら、荒稼ぎした利益を株主に還元することなく生産拡大のための設備投資に邁進する輸出企業。
    コストカットのために人件費は絞られ、雇用・賃金の圧縮分は一部の労働者に引き受けさせることで貧困問題が生まれ、また、円安で購買力を失った家計は消費を減退させる。
    それが「幸福なき豊かさ」の実態であり、「少数の貧困」に支えられた「多数の安堵」というアンバランスな状況が生まれてしまったと嘆かれます。

    「目に見える円安」で1割、「目に見えない円安」で1割、合計2割下駄を履かせてもらっていたのがはじけてしまったのだから、生産性を2割引き上げるか、生産コストを2割引き下げるか、どっちかを実現しなければ日本経済はグローバル競争を勝ち抜けない。
    そのために必要なことは、一人一人が「競争」と正面から向き合い、報酬にふさわしい生産への貢献をしているか自らを厳しく律して「より善く生きる」こと。

    そして「持てる者」もその責任を果たさなければならない。
    株主は、経営方針について経営者とガチンコで対決することがその責任であるし、経営者にもそれに真剣に応じる責任がある。
    土地を持つ者は、節税対策で土地を遊ばすようなことをしてはならず、その土地を有効に活用する責任がある。

    ……

    常々自分が日本経済の、というか日本社会のここが問題だよなあと漠然と感じていた部分をバサバサと切ってくれた印象で、頭の整理ができたところがたくさんありました。
    何より、本全体から著者の熱い想いが溢れているところが、なかなかエキサイティングです。

    が、熱さ余って…というか、Amazonのレビューでも一部手厳しく批判されてますが、トヨタに対して円安バブルの時代に無茶な生産拡大に走り、技量の未熟な若年労働者を使って品質を落とした製品をたたき売った、という件りは自分もちょっと言い過ぎなんじゃないの?と読んでて感じました。

  • 2014/09/14 1つの考えだけでなく、著者の問いは妥当なのか。の論点をはっきりさせるためには、予定調和じゃない方向の本もつっこで置かないと。2012/05/15 登録"

  • 経済
    社会

  • 一橋大学の経済学教授による、経済上の競争について述べたもの。「豊かさ」と「幸せ」との違いを追求し、競争のあり方について論じている。データー分析からの結論づけに短絡的なところがあり、表現も感情的なところも多く、学術的な書籍とはいえない。また、「日本社会で不平等が深刻」と書かれているが、ジニ指数を海外と比較すれば誤りであることは明らか。
    「1997年から2002年にかけての企業による大量解雇は、コストを1%下げたに過ぎず、賃金削減で対処すべきであった」と書かれているが、大量解雇をしなければ、同じ組織体質を維持している場合、少なくとも5.5%のコストアップは避けられず、競争力を低下させたことは明らか。少なくとも、大量解雇によって悪化を防いだことになると思うが。

  • 競争原理とは「報われる限りで努力する」という人間の本性に深く根ざしたもの。なるほど。
    同期入社の同僚と50代になった時年収の開きが500万と2000万で一緒に酒を酌み交わす事が出来るのか?という問いに、一生懸命働いていたなら出来ると本書では書かれているが、私には無理だなぁ。

  • 90年代から今に至るまでを通して生産性が低く$$戦後最長の好況は円安、しかも海外のインフレと国内のデフレの差に下駄を履かせた競争力のせいである。$$根本的な生産性の向上をしなければ良くならない。$$

  • リーマンショックが終わった2010年に刊行された書籍。
    2002年から2007年にかけて日本は「戦後最長の景気回復」を果たしたと言われるが、それは二つの円安によるバブルに過ぎなかったものと指摘する。一つが「目に見える円安」(円ドルレートの上昇)、もう一つが「目に見えない円安」(日本製の円建て価格の相対的な低下)。
    後者はどういうことかというと、日本は物価が安定している一方で、外国は物価が上昇し相対的に日本製がの価格競争力が出たもの。
    要はこの時期のバブルは自助努力というよりかは棚ぼただったといったか感じか。その時得た恩恵は、株主や労働者に還元されることはなく、設備投資に投じられた。安値で海外で売り高値で海外から買っている結果、交易損失という形で海外に出ていった。日本の幸福には繋がらない皮肉だったと説く。
    自分たちの世代が新入社員だったころ何が世の中で起きていたのかを反芻してしまった。

  • 本書において著者は、リーマンショック前後の日本経済を、誰もが手に入れられる統計データをもとに分析し、一人一人が真正面から競争と向き合っていくこと、株主や地主など、持てる者が当然の責任を果たしていくこと、非効率な生産現場に塩漬けにされていた労働や資本を解き放ち、人々の豊かな幸福に結びつく活動に充てていくことといったことを主張している。
    著者のリーマンショック前後の日本経済の分析には、納得させられるものがあった。また、その分析から導き出される含意も妥当なものだと思う。
    本書で貫かれている、一人一人の個人が現在進行中の経済状況と間合いをとっていく、すなわち、現在、目前で進行している経済を、自分の目で観察し、自分の耳で聴き分け、自分の口で表現し、自分の頭で考察し、その上で自らの意思で「自分のやるべきこと」を決めるという考え方に共感した。本書での分析も経済学に疎い自分には少し難しかったが、なんとか自分なりに経済状況と間合いをとっていきたいと感じた。

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著者プロフィール

1960年愛知県生まれ。1983年京都大学経済学部卒業。1992年マサチューセッツ工科大学経済学部博士課程修了(Ph.D.)。住友信託銀行調査部、ブリティッシュコロンビア大学経済学部助教授、京都大学経済学部助教授、大阪大学経済学研究科助教授、一橋大学経済学研究科教授などを経て、2019年より名古屋大学大学院経済学研究科教授。
日本経済学会・石川賞(2007年)、全国銀行学術研究振興財団賞(2010年)、紫綬褒章(2014年春)。

著書
『新しいマクロ経済学』(有斐閣、1996年、新版2006年)
『金融技術の考え方・使い方』(有斐閣、2000年、日経・経済図書文化賞)
『資産価値とマクロ経済』(日本経済新聞出版社、2007年、毎日新聞社エコノミスト賞)
『原発危機の経済学』(日本評論社、2011年、石橋湛山賞)
『震災復興の政治経済学』(日本評論社、2015年)
『危機の領域』(勁草書房、2018年)
Strong Money Demand in Financing War and Peace(Springer, 2021年)他

「2023年 『財政規律とマクロ経済』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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