場末の酒場、ひとり飲み (ちくま新書)

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著者 : 藤木TDC
  • 筑摩書房 (2010年10月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (204ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480065711

場末の酒場、ひとり飲み (ちくま新書)の感想・レビュー・書評

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  • 場末の酒場について、書かれているのであるが、
    どこかで探したような酒場と図書館で、見つけてきたような
    その歴史が書かれているのであるが、その酒場の取材であるが、店主との会話が中心で、その客、あるいは、常連客がどのような人が多いか一切、ふれられていなくて、取材不足、あるいは、本人の能力の不足、あるいは、その常連客に気の使いすぎで、何しろ、そこに来ている客の社会的背景が見えてこない。筆者の努力不足、あるいは、買いそうな題名をつけて、安易に本を作って、売り出したか、掘り下げが足りない。その来ている客の背景を探り出す、あるいは、掘り下げられないようでは、プロの仕事とはいえない。また、そのような内容がないので、筆者は、ほとんど、そのような酒場にいかな滑痰のではないかと思われる。

  • [ 内容 ]
    繁華街でも商店街でもない場所にぽつんとある鄙びた酒場。
    破れた赤提灯、煤けた暖簾、汚れた引き戸。
    一見客を突き放す閉鎖的な空気を漂わせている。
    愛想をふりまく看板も品書きもない。
    どんな店主が経営し、どんな客が集まっているか。
    どうしてこんな場所に飲み屋があるか。
    場末の酒場にはそんな疑問がわくが、そこには現代史とも密接な関係を持った歴史があり、個性的な店主と常連客の人情が息づいているのだ。
    場末の酒場には、酒徒の好奇心を満足させる物語と流儀がある。
    日常のしがらみに疲れた人間を癒す、酒飲み心の原風景とは。

    [ 目次 ]
    第1章 場末酒場を探して
    第2章 露店換地の飲み屋
    第3章 工場街の飲み屋
    第4章 色街の飲み屋
    第5章 今はなき場末酒場
    第6章 場末酒場の流儀

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 2回ほど読んだ。

    押しつけがましくない程度に、訪れた酒場の成り立ちについてもコメントされていて気軽に読めるが、ふーんとうならせるものがある。

  • 2012 1/20パワー・ブラウジング。筑波大学図書館情報学図書館で借りた。
    なんとなくタイトルに釣られて手に取った本。
    都内の場末/場末っぽい酒場のある場所の紹介+筆者流の場末酒場での一人飲みの醍醐味についての解説。気分まで場末っぽくなってくる。
    あまり知らない東京事情/土地の由来がぽつぽつ紹介されていたりして面白い。

    以下、気になった点のメモ:

    ・露店換地=ヤミ市/屋台等を撤去する時に東京都が用意した移転場所。へー。

    ・赤羽で朝からやっている飲み屋が多い理由:
     ・元来は夜勤明けの工場労働者向けのもの
      ⇒・タクシー運転手が夜勤明けに使うように
       ⇒・定年したシルバー世代の一部で早くから飲むことが習慣化
       ⇔・工場数が減っても収益が出るように

  • あんまり僕は「おされな」酒場には魅力を感じなくて、むしろそこの本に書かれているような人生の悲哀がカウンターテーブルに染み付いた居酒屋が大好きで東京にいたころに何度か足を運んでいました。

    今は完全に鳴りを潜めておりますが、僕もずいぶんとこういうところには行きましたよね。具体的な地名はあえてどことはいいませんが東京某市の赤線・青線地帯はこの本に書かれている風景そのもので、私の心がときめくのを感じました。

    ここに書かれているような場末感漂う居酒屋は、どういうわけか自分の人間観、というべきなのかどうかはわかりませんが、人生を映し出すものと捉えているようです。そして、この本には今はなくなってしまった焼跡闇市に端を発する赤提灯横丁の在りし日の姿が掲載されていて、その積み重ねた時間の重みや鄙び具合がなんともすばらしく、僕はまだ見ぬ酒場を見るために、そして酔うために、お金を稼ごうと思っている。そんな気がします。

    そして、作者が巻末で書いているとおり、いつか、人は酒を飲めなくなる日が必ずやってきますが、
    そこですごした思い出はすばらしいものである。というようなことを書いておられまして。それには激しく同意します。

  • 藤木TDC『場末の酒場、ひとり飲み』(2010)を読む。
    本屋でパラパラと立ち読みして買った本だ。
    アマゾンではこんなふうに本を買ったりはしない。
    リアル書店ならではの愉しさである。

    拾いものだった、などと言っては著者に失礼だろう。
    戦後からいまに続く東京の歴史の断面を、
    場末の酒場の視点で切り取った着想が秀逸だった。
    本書はいわゆる酒場ガイドブックとはまるで違う。

       しかし場末酒場の記憶は無力感へ変わることがない。
       そこにいる人々が常に孤独や貧しさや愚かさを共有し、
       それらを克服して逞しく、享楽的に生きているからだ。
       それを分け与えてもらうことが、
       場末へと向かう心境の核心的部分ではなかろうか。
       場末の酒場には俗流の人生の真実と奥義がある。
       それを求めて、酒徒は今夜も
       暗い横丁をとぼとぼと歩くのだ。

                       (本書p.204より引用)

    僕も横丁や小路になぜか惹かれる。
    表通りから二三本入ったところに忽然と現れる銭湯や居酒屋で
    しばしの時間を過ごし、旅した気分を味わう夜もある。
    自分ではブームに乗っている気持ちはまったくないが、
    藤木の本を読んでいると、そこに同時代感があることに気づく。
    どこぞの場末の酒場で、
    佐藤泰志『海炭市叙景』の登場人物にすれちがうような
    そんな錯覚にふと陥る。

    ちくま新書の編集者はいい仕事をしたと思う。
    本書腰巻のコピー「踏み込めば、先は極楽」にも
    ニヤリとさせられた。
    水で薄めたような新書ばかり各社から毎月量産される中で、
    着実に読ませる一冊だ。

    (文中敬称略)

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繁華街でも商店街でもない場所にぽつんとある鄙びた酒場。破れた赤提灯、煤けた暖簾、汚れた引き戸。一見客を突き放す閉鎖的な空気を漂わせている。愛想をふりまく看板も品書きもない。どんな店主が経営し、どんな客が集まっているか。どうしてこんな場所に飲み屋があるか。場末の酒場にはそんな疑問がわくが、そこには現代史とも密接な関係を持った歴史があり、個性的な店主と常連客の人情が息づいているのだ。場末の酒場には、酒徒の好奇心を満足させる物語と流儀がある。日常のしがらみに疲れた人間を癒す、酒飲み心の原風景とは。

場末の酒場、ひとり飲み (ちくま新書)はこんな本です

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