限界集落の真実―過疎の村は消えるか? (ちくま新書)

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著者 : 山下祐介
  • 筑摩書房 (2012年1月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480066480

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限界集落の真実―過疎の村は消えるか? (ちくま新書)の感想・レビュー・書評

  • 限界集落の側から中心は見えるが中心から周辺は見えにくい。真実だ。さて中心に近いところに置いてきぼりにされたものはどうするのか。その場所を周辺とみなしてその場所の真実を見ていくのか?5世代目としてはさてさて。

  • いいこと言ってる箇所もなくもないが、いかんせん散漫。多くのフィールドワーク事例の紹介が、本当にただ紹介・羅列にしかなっていない。
    それとは別に著者が新たな着眼点から提起してみせる「限界集落の真の問題点」というのもあるのだが、ではそれを「どうするか?」という話になると議論は途端に具体性を欠き、ふんわりした理想論・根性論に終始してしまう。
    また、帯の惹句だったという「消滅した集落などない!」はその実、「消滅した集落など(今のところ)ない!」であって、「今矍鑠と生きている高齢者たちが退場した後はどうなるかわからない」とは、著者自身も認めている。
    しかるに、この本は6年前の作なのである。高齢者にとっての6年は大きい。今(2017年)まさに、6年前に著者が「(まだ)大丈夫!」と太鼓判を押した集落が消滅しつつあるのではないのか。そんな疑念が拭えない。

    私自身はまさにこの本にあるような、地方都市に両親を置いて都心に出た「低成長期生まれ」世代だ。そんな私は定年を迎えた暁に地元に戻るのもやぶさかではないが、著者がついでのようにさらりと書いているように、私の子供となるともはや「都市での生活しか知らない」世代である。かれらには都市こそが、著者が情緒的に言ってみせるところの「ふるさと」なのだ。
    とすると、かれらに「帰郷」を強制することはできず、本書の言う孫世代=私の世代の帰郷は畢竟、集落の消滅を半世紀かそこら先送りするにすぎないのではなかろうか。他出者が「ふるさと」に帰ればよしとする著者の論理は、この点首を傾げざるをえない。

    2017/6/15~6/16読了

  • 高齢化率が上昇することにより、すでに100以上の集落が消滅し、今後、多くの集落が消滅する。このようなショッキングな報道があったが、本当なのか?を検証しつつ、進むべき道を考える視点を、本書では提供している。
    ネタバレながら書くと、現状では高齢化を理由に消滅した集落はなく、因果律が合わない。また、個々の集落で事情は異なり、元気な地域もある。これらから、マスコミに踊らされた感がある。ただ、高齢化の進行は、今後、発生しうるリスク問題としては存在しており、対応を考えていかねばならない。

  • 限界集落の実家に帰ろうかと考えはじめたので手に取ってみた。そしたら、まさに実家の地域(過疎問題の先進地)のことが書かれており、涙が出そうになった。帰る方向に心は動きつつある。

  • 2007年前後に話題になった限界集落問題について、
    独自に調べた結果、人口減少で消滅した集落はないし、
    各地方の過疎集落に行ってみても、
    老人たちがそれぞれ支え合って元気に暮らしている、
    困ったことなど何もないというのが
    本書の根幹になっているが、
    ピントがずれるとしか思えなかった。

    次世代の担い手がほとんどおらず、
    高齢者のみが残っている過疎集落では、
    現世代の老人がいなくなれば
    次の世代がいないので自然消滅する可能性が高い
    というのが問題なのに、
    現世代の老人は、限界集落問題について
    問題提起された以降も元気でやっていて
    人は減っていないし、集落を維持している。

    と繰り返し繰り返し述べられているが
    現世代しかいないのであれば、
    長寿化の影響で現世代が5年10年長生きしたところで
    問題が先送りされているだけで
    問題の本質はなんにも変わっていないということに
    気づいていない。

  • 限界集落のことは、知っていたが、どのような暮らしなどを知りたくて、借りてきたが、こちらで、考えているよりは、安定している生活をしているみたいであるが、やはり、これから先は、どうなるかと問題があるみたいである。やはり、交通、都市との関係が重要と思った。しかし、老人ながら、助け合って生きており、人間味あふれる。生活と思った。それから、私は、この本を読んで、理解できたが、限界集落の外に暮らす子供もその限界集落に重要であるということである。その子供たちの様子も、これからの限界集落の維持に重要ということが理解できました。また、この筆者は、必要ないからと切り捨てることを反対しているが、理想としては、そうであるが、現実の問題として、徐々に大きな集落、町に吸収されていくと思う。

  • ふるさとは遠くにやりて思うがよし
    なんて言ってたらふるさとはなくなってしまう
    帰る場所があるからこそ心の安定を図れるのだよ

  • 速読の本を読んで、その練習台として図書館で借りた一冊。
    『地方消滅』の参考文献でもあったので借りてみた。

  • 著者のフィールドワークに基づく書籍なので、読み応えがありました。
    久しぶりに下北に行きたくなったなぁ。

  • 著者が関わった豊富な事例を元にした「限界集落」の活性化についての好著だ.都市から見た限界集落とそこに住んでいる人達が考えることは大きく異なっている.「村が都市的機関を使いこなす発想が必要だ(p257)」という言葉が的を射ていると感じた.T型集落点検(p241)は素晴らしい発想だと思う.

  • ざっくり要約

    限界集落になった集落で高齢化が原因で消滅したような集落はほとんどない。リスクを煽り過ぎである。
    限界集落問題は、世代間住み分け問題である。昭和初期生まれの世代が集落に残り、それより下の世代が都市に出たために世代間で住み分けが起こり、上の世代から下の世代に地域を継承できないことが問題である。
    効率性の観点から、限界集落は消滅すれば良い、との発言が見られるが、まず、限界集落が非効率になったのは、グローバル化が進み、モノ(資源・エネルギー・食料等)の移動が用意になったここ数十年の話であり、長期的に見れば自立型生活が成り立つ集落の方が効率性が高くなる時代がまた来る可能性もある。次に、集落を消滅させるかどうかの意思決定は、基本的にはその土地に住む人とその家族が決める話である。よって、国などがトップダウンで経済的合理性の観点からどこまでなら集落を存続できるかを決めるのではなく、地域のボトムアップでその土地に関わる人々がどのように行きたいのかを起点に決めていくべき問題であるのではないか。
    集落に関わる人々の生活を起点に限界集落の存続を考えるならば、集落外に住む子供世代の中に集落に戻ってくる気がある人が意外と多いことや、集落近くに住み、集落に関わって生活していくつもりの人々がいることに目を向け、彼らも巻き込んだ上で、どのような生活を営んでいきたいかという視点で存続・継承を考えていくのが重要である。

    わかったこと・疑問

    集落外の人々も含めて、その土地に関わる人々がどのように生きていきたいのかをベースに集落の存続を考えるという視点はなるほどなと思った。そのベースがあって、初めて経済的合理性の話ができるのだと思う。ロマンとそろばん的な。順序が大事だなと思った。
    各集落の人々、その家族はどんな生活を求めているのか気になった。生の声を聞いてみたい。
    併せて、ロマンに対してどんなそろばんの弾き方があるのか。生活しようと思えば、そのインフラにはコストがかかる。どんなダウンスケールの方法や集約の方法があるのか気になった。

  • (^▽^)/
    ・筆者の実践に基づいている
    ・集落維持には三層にて
    ・住まう者が決めること
    ・住まわない者が外から決めつけるものではない
    ・視点は納得のいくものであった
    ・だが、やはりある程度の集約は必要ではないか、とも逆に思った

  • 限界集落については否定的なイメージが過剰に取り上げられているが、実際、住んでいる人たちはそんなに生活に支障は感じていないし、実際に消滅した集落もほとんどない。これまでのハードに偏重した過疎対策をやめ、世代間継承などのソフトの問題に重点を置いていくべきというのが本書の趣旨。
    限界集落の問題は、現在の住民の生活困難というより、これからの集落の持続可能性の問題だと思っていたので、著者の指摘はそのとおりだろうと思いつつ、そんなに限界集落に対する自分の考え方を変えるものではなかった。
    集落外の集落構成員(限界集落の近隣の都市部に住んでいる子供世代の人たち)に目を向けるという観点は、これまで自分にはなかったので、その点は目を見開かされた。限界集落の今後を考えるにあたっては、このような集落外の集落構成員の役割が一つのポイントになるだろう。
    しかし、著者の限界集落に対する展望は少し甘い気がした。集落外の集落構成員で限界集落に戻ってくる人も確かに少しはいるだろうが、日本全体で少子高齢化が進んでいくなかで、本当にすべての限界集落が持続可能なのかには疑問がある。著者は、「効率性の悪い集落には消えてもらったほうがよいのか」という問いに対して、そんな線引きはできないと否定的だが、人口が日本全体で減っていくことや、行政の資源が有限であることを考えると、ある程度の集落の統合や移転、あるいは村納めなどによる「効率化」は避けられないのではないかという気がする。

  • 20年以上「限界集落」論が謳われている一方、いまだ消滅した集落はない(無論今後はわからないが)。今後は、家族内(親戚内)の関係が(今されているように)維持されるとともに、近隣地域とのかかわりが強化されたり、子孫のUターンが強化されたりすれば大丈夫だろう、とのこと。
    加えて、国策発ではなく、地域(住民)主体の行動こそ、重要だということ。
    周縁のほうが(中央にいるよりも)全体がよく見えるという指摘も面白いし、都会と地方は人口(年齢)分布で結びついた一体の社会だとの指摘もなるほどと思った。やや冗長だったが、良書。

  • [ 内容 ]
    高齢化が進み、いずれ消滅に至るとされる「限界集落」。
    だが危機を煽る報道がなされているのに、実際に消滅したむらはほとんどない。
    そこには逆に「限界集落」という名付けをしたことによる自己予言成就―ありもしない危機が実際に起きる―という罠すら潜んでいる。
    カネの次元、ハードをいかに整備するかに問題を矮小化してきた、これまでの過疎対策の責任は重い。
    ソフトの問題、とりわけ世代間継承や家族の問題を見据え、真に持続可能な豊かな日本の地域社会を構想する。

    [ 目次 ]
    序 むらは消えるか―東日本大震災を経て
    第1章 つくられた限界集落問題
    第2章 全国の過疎地域を歩く
    第3章 世代間の地域住み分け―効率性か、安定性か
    第4章 集落発の取り組み
    第5章 変動する社会、適応する家族
    第6章 集落再生プログラム

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 近年、マスコミで頻繁に使われるようになった「限界集落」という
    言葉。提唱者の大野晃氏によれば、65歳以上の高齢者が半分を超え、
    独居老人世帯が増え、共同生活の維持が困難になってきている地域、
    と定義されるそうです。しかし、一般には、「限界ギリギリ、消滅
    寸前の村」というような意味で使われているのではないでしょうか。
    そして、明日にも村が消える!と悲壮感いっぱいに語られる。

    でも、実際に限界集落と言われるところに行ってみても、そういう
    悲壮感は感じさせる村と出会うことは稀だと著者は言います。確か
    に、これ以上人口が減ったら村の存続が困難という段階に来ている
    村々はあるけれど、今住んでいる人達は、案外元気に持ちこたえて
    いる。そもそも、1960年代に「過疎」が叫ばれるようになってから
    も、ずっと持ちこたえてきたのだから、これからだって簡単になく
    なることはない。それどころか、災害対応力などは、限界集落と呼
    ばれる地域のほうが、むしろ高い。それは、東日本大震災でも証明
    されたではないか。そう著者は主張します。

    そう言わないと、「限界集落」という言葉が一人歩きして、本当に
    ダメになっていく村が増えてしまうという危機感があるからでしょ
    う。また、経済効率・行政効率の面からも、「限界集落」での生活
    は引き払って、町に住んでもらったほうがいいのではないか(コン
    パクトシティ論の多くは、こういう文脈で語られます)という政治
    的主張に対して、反論したいという意図もあるようです。

    そういう著者のスタンスには、とても共感します。経済や行政の論
    理で安易に解決策を考えるのではなく、暮らしの論理を起点に、ど
    うすべきなのかを考え抜こうとする真摯な姿勢を感じるからです。

    限界集落の問題を考えることは、「なぜ、人はそこに住み続けるの
    か」を問うことでもあります。「なぜ、人はそこに住み続けるのか」。
    それを著者は、主体性の問題として捉え直します。「ここに生きる」
    という意志を持つこと、自分の住む場所を自分で決めることを通じ
    て、人は主体性を保つことができる。そして、自分自身で自分自身
    のことを決める主体性は、人が「よく生きる」ことと深く関わる。
    だからこそ、主体性の問題に関わる限界集落の問題ををないがしろ
    にしてはいけないのだと。

    それは、大都市に住む人々に向けての問いかけにもなっています。
    大都市に住み、経済や行政のシステムに委ねる生活のどこに、主体
    性はあるのか?自分達の人生に、暮らしに、どれだけ主体的に関わ
    れているのか?

    「限界集落」の問題は簡単には解決しません。でも、各地で、集落再生のため
    の取組みは始まっています。そして、主体性をかけた再生のための取組みは、
    「結局、社会を動かす起点は小さなむらや町の、小さな会合なのだ」
    と著者が言うとおり、当事者同士が話し合うことから始まるのだと
    いうことを、本書は教えてくれます。

    限界集落という「周辺」の視座から私達が生きている社会のあり方、
    私達一人一人の生き方を問い直させてくれる好著です。「中心」に
    いては見えないものを教えられます。是非、読んでみてください。

    =====================================================

    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

    =====================================================

    限界集落問題は確かに存在する。しかしそれはまだ十分に現実化さ
    れた問題ではない。これから生じるかもしれない問題−−こうした
    ものを近年、リスク問題とも呼ぶ−−なのである。... 続きを読む

  • 過疎地域において参与観察をおこなった筆者は、限界集落は効率性の観点からは論じられる問題でないと一蹴する。経済合理性の点から言えば、限界集落は自給自足できる「最も効率的」な地域であり、こうした地域から日本を射程に捉えて分析する事の必要性を訴える。

  • かつて「限界集落」問題と呼ばれた社会現象は、今は「消滅可能性都市」問題として再びマスコミを賑わしているが、問題意識の存在は本書の論ずる頃と大きな変化はない。
    我が国の人口減少局面が将来にわたって深刻化することが見込まれる中で、過疎化の進む集落がどんどん消滅していくのではないかという悲観論は、この国の行く末を心配する国民の良心としては、とてもよく理解できる。
    しかし、現実の社会はそれ程単純ではないというのが本書の本旨であり、丁寧なフィールドワークの結果がこれを裏付ける。

    “ムラから若者がいなくなって、住民は徐々に歳をとり、だんだん人口が減っていって、最終的にムラそのものが消滅する”という構図は、どこにでもありそうにみえるが、いざ具体例を探してみると意外と見つからない。その理由を本書は、ムラの住民や土地、コミュニティがムラの外と複雑に結びついていて、“ひっそりとムラの歴史を閉じる”というような閉鎖的なイベントは起こり得ないからだと論ずる。
    本書は、ムラの内外の結びつきの事例を数多く収載し、ムラがしたたかに、しなやかに生き残ってきた様を描いている。これらの実例を、これからの人口減少社会を我々が生き抜いていくための貴重なヒント集として読み直してみれば、現在の悲観的な論調に対抗し、人々に明るい将来への道筋を提示できるだけの可能性が秘められた一冊であることに気付くだろう。

  • 九大卒の著者が、青森と鹿児島の限界集落を研究する中で到達した過疎村の現実。限界集落は本当に消え行く運命にあるのか?

    鹿児島大学 : 野呂 忠秀先生

  • 限界集落自らが生き残るすべを考え、発信していかなければならないという指摘や、縁者をマッピングしてそれも含め他グループで集落の今後を考える、などの考え方が、会社の組織を考える上でも参考になりました。
    あくまで個人の興味から読み始めたのですが、私にとっては仕事の考え方にも通じる本でもありました。

  • 東北の集落の具体例は、身近でイメージしやすい。高齢者率を指標とすることに対して異論を唱えながら、いわゆる「限界集落」について論じる。

  • 新着図書コーナー展示は、2週間です。通常の配架場所は、3階開架 請求記号:318.6//Y44

  • 高齢化➡限界集落の消滅という一般化された図式は現実にはほとんど起きていない、という事実を元に論が展開していく。統計やデータも豊富で説得力も高い。しかし文章は学術的であり、エンターテイメントとして読むには期待薄である。『北の無人駅から』と比べてしまうのは本書にとって不幸だろう。

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高齢化が進み、いずれ消滅に至るとされる「限界集落」。だが危機を煽る報道がなされているのに、実際に消滅したむらはほとんどない。そこには逆に「限界集落」という名付けをしたことによる自己予言成就-ありもしない危機が実際に起きる-という罠すら潜んでいる。カネの次元、ハードをいかに整備するかに問題を矮小化してきた、これまでの過疎対策の責任は重い。ソフトの問題、とりわけ世代間継承や家族の問題を見据え、真に持続可能な豊かな日本の地域社会を構想する。

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