前田敦子はキリストを超えた: 〈宗教〉としてのAKB48 (ちくま新書)

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著者 : 濱野智史
  • 筑摩書房 (2012年12月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480067005

前田敦子はキリストを超えた: 〈宗教〉としてのAKB48 (ちくま新書)の感想・レビュー・書評

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  • 何回震撼するねん!と思いつつも共感はできる。この本を読む数日前にNHKで深夜に放送していたAKBのドキュメンタリーを見てしまったからだ。アイドルにはまる理由がわからない、という拒絶の姿勢だとたぶん何の面白みも感じられないとは思うが、そこに共感できるなら面白く読めるだろう。でも、深みはあんまり感じなかったな。

  • 宗教社会学専攻(修士一年)からの視点で。

    宗教の構成要素とされるものは脇本平也『宗教学入門』(1997,講談社学術文庫)によれば、教義・儀礼・教団・体験の四つに大きく大別されます。とはいえ、たとえば神道など教義が存在しない宗教も存在するため、必ずしもこれがなければ宗教とは呼べないというものではないですが、AKBにおいて、存在するものの、濱野さんが語っていない部分、つまり『前キリ』を宗教学のテキストとして読んだときに大きく欠けているのが教団(ファンコミュニティ)への言及だと思います。そしてこの本は体験の記述が多い点から宗教学ではなく、神学によっているテキストとも言えます。
    いったん宗教学のほうの話をすると『宗教学入門』で、宗教の機能とされているものは「補償」と呼ばれるものであります。一言で言えば、コンフリクトの解消を担うものです。なんらかのコンフリクトを抱えた人間がその解消を求めて、参拝などの宗教行動(受験の合格祈願をしに行くなど)をとる、あるいは入信を果たす。AKBには一見その機能はない、と思うと思いますが、それは早計であると思います。説明のための例としては、創価学会における座談会がよいでしょうか。これは簡単に言えば、教団員の間で悩みを語り合う場とされています(玉野和志『創価学会の研究』(2008,講談社現代新書))。語り合う場、というのはそれだけではありますが、存外に重要な場であり、社会から孤立している存在(アノミー)を生み出さない、という点で非常に重要な場であると思います。その場ははっきり言ってなんでもいい。宗教団体でも、AKBでも、家族、地域なんでも良いと思います。しかし特殊的宗教集団に入信する人々は家族や、地域といった生れ落ちたコミュニティから阻害されている場合が多いと思われます(創価学会が躍進したのは、都市部に流入し、田舎との繋がりが断絶した若年層を取り込んだことだと言われています)。生得的に得られる宗教でないもの、"わざわざ"入信をする宗教のことを特殊的宗教と呼称しますが、AKBを宗教とみた時にこれにあたることになるかと思います。AKBをこれとして話を進めますが、いわゆるカルト、と異なりAKB有効性が認められる点は市場に乗っかることにより、開かれているため、反社会的行動には移行しにくい、という点であると考えます。じゃあAKBじゃなくてもいいよね!とされると思いますが、まったくそのとおりで、つまりはAKBであることの必然性などありません(あるいはキリスト教、仏教、イスラムである必然性もまったくないと考えます)。

    話が変わって、『前キリ』を神学として読んだ場合ですが、我らの神はあなたがたの神より優れている、と述べるのは自らの宗教の正当性を主張する際によく取られる手法だと思います。また書かれている内容、特に体験(レス)の記述が多いことも神学的だと言えるのかもしれません。私は神学テキストを研究したことはあまりないので、確定的なことは言えませんが、体験の記述が多く、また自らの神(ぱるる)をセンターである!と述べる濱野さんの態度は神学のそれであるといえるのかもしれません。

    宗教学専攻のぼくとしては『前田敦子はキリストを超えた』かどうかではなく、AKBに宗教的な機能がある、とするならばそれはどんな部分で、また宗教にある機能でAKB(やその他コミュニティ)にない部分があるのであれば、それは宗教の独自性であり、定義である(もしくはそんなものはなくて、「宗教」とはまやかしなのかもしれない)、と最終的には述べたい。前提として『前キリ』を宗教学、あるいは神学のテキストとして読んでしまっている点は否めませんが、もし、構造的に神学テキストとして読めるのであれば、逆説的にAKBは宗教である!(「宗教」とされるものだけが宗教ではない!)という結論が導きだせるのかもしれない、という意味では興味深く読まさせて頂きました。

  • 題名だけで刊行前から話題になっていたアーキテクチャ論の濱野智史さんの奇書(!)。帯に書かれたコピー「AKB48 ハマれ。さらば救われる!」も題名以上の香ばしさを発しているので即購入なのです。

    総選挙によるセンター選出をゴルゴダの十字架になぞらえるあたりはもうすごい。たしかに西武ドームのフライングゲットは凄いけれど、まだキリストを超えるものでは無いと思います。さらに3章では「偶然性」というキーワードのもと、濱野さんを魅了する次世代エース候補ぱるる(島崎遙香さん)への愛を語り尽くすなどやりたい放題の内容です。

    とはいえ、さすがアーキテクチャ論においてはAKBを通じて興味深い指摘も少なくない。吉本隆明「マチウ書試論」を借りて論じられる〈AKB=宗教〉論は筋が通ってもいる。アイドルに感じる目に見えない魅力を、ある種の聖性として認識するのは特に変なことでもなく、むしろ彼女たちが人間であるからこそ原初宗教の原型に擬似的な接近ができているのかもしれない。

    一番笑ったのは聖書の漁師の引用部分。こんな符合があるなんてw
    (このwについても言及がありましたね)

  • この本が出たのは五年前。あまり深く考えずに手に取ったのですが、この時差がけっこう面白いかも。私はアイドル界のことはよく知りませんが、当時は的を射ていた分析も、年月が経つとまた違って感じられるかもね。前田敦子さんも結局は消費されていく芸能人の一人だったのかなあと思ったり、頂点を極めたらあとは落ちていくのが自然の理なのかなと思ったり、いろいろ感慨深かったです。

  • このヲタぶり凄いとしかいいようがない。
    アンチの存在が、スターを創るという考えは鋭い。そしてアンチに耐えられるのがヲタとメンの近接性にあるというのも納得できる。
    それにしてもこの人をヲタを夢中にするシステムを考えた秋元氏の才能は恐るべし。
    このシステムから外れた途端にこれまで神の存在だったものがまったく普通の人になることから考えてもシステムの巧妙さがわかる。
    ヲタもメンバーもそのシステムの中で踊っているだけなのだが、両者とも幸せならばそれでよいというのがこのシステムの巧みなところ。
    願わくば、システム内で踊らされる側よりもシステムを作る側になりたいものだ。

  • 題名からして、トンデモ本であることは間違いなし。狂気の渦の中にいる人のナマの声を出版したものとしか言いようがない。

  • 情報社会における<原罪>としての「アンチ」を引き受けることで、超越的な存在になりえる。ファンと極めて近い現場があるからこそ、身体は超越性を帯びる。推しメン対象決定に至る偶然性。成長を見守り、支えることが生きる糧となる。

    アンチがいるから輝く、そして成長できる。短期間に急成長できる、しくみのすごさ。

  • 読んだの、去年(2014)の1月くらいかなあ。もうすこし前かな。ここからPIPにいきついたんだなあ。新書の形で読んだアイドル論としては一冊目かな。

  • 筆者は、前田敦子の名言を用い、そのアンチを引き受ける・利他性という理由でキリストに例えた。AKBの好き嫌いは別として、AKBやアイドルのシステムを学ぶにはいい教科書になる。201410

  • キリスト、天皇、AKB。
    批判されても反論せず。健気に頑張る姿。

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前田敦子はキリストを超えた: 〈宗教〉としてのAKB48 (ちくま新書)の作品紹介

AKB48の魅力とは何か?なぜ前田敦子はセンターだったのか?"不動のセンター"と呼ばれた前田敦子の分析から、AKB48が熱狂的に支持される理由を読み解いていく。なぜファンは彼女たちを推すのか、なぜアンチは彼女たちを憎むのか、いかにして彼女たちの利他性は育まれるのか…。握手会・総選挙・劇場公演・じゃんけん大会といったAKB48特有のシステムを読み解くことから、その魅力と社会的な意義を明らかにする。圧倒的情熱で説かれる、AKB48の真実に震撼せよ。

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