- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480067531
感想・レビュー・書評
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比較制度分析の第一人者として知られる著者のエッセイや対談などをまとめた本です。
「はしがき」によると、本書は青木昌彦の『経済学入門』ではなく、『青木昌彦の経済学』入門とされています。とくに岡崎哲二や山形浩生による著者へのインタヴューは、制度論的な立場にたどり着くまでの著者の歩みや、制度論の基本的な考え方などが語られており、本書のタイトルとなっている「青木昌彦の経済学」への入門としての役割を果たしているように感じます。ただ、制度論についての包括的な解説ではなく、さまざまなテーマにかんして制度論的アプローチにもとづく著者の考えが比較的わかりやすいことばで語られているという印象です。制度論について本格的に学びたいという読者は、肩すかしの印象を受けてしまうかもしれません。
そのほかにも、中国経済についての呉敬璉との対談や、現代経済学のありかたと日本経済の現状についてのミルトン・フリードマンとの対談なども収められており、興味深く読みました。 -
流石にこの本一冊で、青木氏の理論を学ぼうというのは無謀であった。。。
ただ、何となく読んでおいたら、今後役に立つかも。 -
制度経済学の日本における第一人者。けれど「日本における」ってのは語弊があって、この方、活動の拠点はほとんどスタンフォードなどアメリカだったし、書き物も英語でやっている。その思想も明らかにアングロサクソン風味である。
この本は、わりと最近の論文や対談を集めたもので、多少の重複などあるが、難しくなりすぎずに、まさに入門らしい仕上がり。ただ、こう読んでいてかゆい所に手が届かない感覚が残った。理解力不足か。
・制度論は経済学の中では盛り上がってきている分野らしい。ゲーム理論がバックボーンになっている。→たしかに制度抜きで経済を語れないし
・制度をルールとしてではなく、より広く、均衡として考える。
・歴史的経緯があるから複数均衡、すなわち複数の制度がある。→そのとおりなんだろうが。。。個別論まで踏み込まないとso whatな感じ。
・これまで西欧中心の制度経済学が多かったが、東アジアの諸制度にも焦点を当てた研究を。→本書唯一の具体論の箇所なのだが、こちらの知識不足のせいか日中の類似を論じている箇所なのか、差異を論じている箇所なのかもつかめなかったり。
・ゲーム理論では、ナッシュ均衡が成立するためにプレイヤー間の共同知識(それぞれのプレイヤーが他のプレイヤーが何を知っているかを知っていて、そのことを他のプレイヤーも知っていて、さらにそのことを各プレイヤーも・・・)が必要なことがわかっている。この共同知識を制度として外出しすることで、無限循環みたいなことにならなくするのが、制度論のミソのひとつのようである。たぶん。
・電力論やオリンピック論でちと萎えた。
山形浩夫との対談は悪くない感じで噛みあっている。 -
経済学の専門家による経済制度論。講話や対談を中心に制度論やゲーム理論について述べているが、あまり理解できなかった。意義についても理解できていない。
「(ソ連について)国家による資本の所有と運用は、多くの人が予想していたように非効率的でした。その理由は単純です。人はだれも、他人のお金を自分のお金を使うように注意深く使わない。それが重要な命題です(フリードマン)」p217
「今後、中国は自由な市場が生み出す民間セクターの圧力と、中央集権の政治システムに伴う圧力との摩擦が大きくなるでしょう(フリードマン)」p224 -
青木の捉え方をホログラフ風に見せるという編集なのかもしれないが、雑文の集合とも見える。
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難しすぎ。
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青木経済学の主要コンセプトがやさしく紹介されている。
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経済学のなかでも特に制度論に重点を置いて、理論の概説と応用事例を、筆者の講演や寄稿を再構成する形で紹介している。
制度論はゲーム理論をベースにしているが、異なる変数域(ドメイン)でプレーされる複数のゲームのあいだの相互作用も捉えようという視点を持っている。複数のドメインーマーケット、政治、社会的交換等―の間をつなぐリンケージの変化についても分析の対象とするが、このことにより、シュンペーター的なイノベーションー新結合―についても捉える視座を持っている。
具体的な応用例のなかでは、東アジアの雁行形態の経済発展モデルを新しい視点から捉えた分析が、非常にダイナミックな視点を持っており興味深かった。
この分析では、経済の成長段階を①雇用の大部分が農業であり、人口増・雇用増により経済規模が拡大するが、収穫逓減の法則により経済成長は人口増に追いつかない段階、②工業技術の発展と工業への雇用移動により、経済規模が急速に拡大する段階、③経済思潮が内生的な人的資本(全要素生産性と人的資本投資)の蓄積によって駆動される段階の3段階に分けている。
それぞれの段階は、経済や人口の動態の統計から捉えることができる。また、各段階において必要となる社会制度の枠組みが異なっており、その変遷を分析することができる。
日本は現在③の段階にあるが、韓国や中国が急速にその後を追っている。特に、後続の国々において前の段階が十分に成熟しない段階で次の段階の特徴(人口の高齢化や出生率の急速な低下)が起こる場合にどのような施策が必要となってくるのかという視点が得られるのは、非常に有益な分析であると感じた。 -
【メモ】
・初出は第四章第一節の書き下ろし部分のみで、ほかは過去になされたものの収録。
・気になった箇所を抜き書き。第二章第三節の対談:「青木先生、制度ってなんですか?」(青木昌彦と山形浩生の対談)から。
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山形 物理学を考えると、いずれはすべてのドメインを統合した第一社会学理論のようなものが生まれるのではないか、と考えたりもしますが、法学、社会学、経済学を全部まとめあげるような体形は、方向性としてありうるとお考えですか。
青木 社会科学では、これまで制度についてはいろいろな対立がありました。法実証主義やメカニズム・デザイン論が追及しているように意識的に設計されうるものであるのか、あるいはハイエク〔2007〕が考えるように進化的に、自生的に作られていくものと考えるべきなのか。あるいはサール(Searle 2010)という哲学者が考えるように、人間の権利とか義務とかいう価値と合理的な選択とは二分法的に考えるべきなのか。そうでなくゲーム理論家のビンモア(Binmore 2005)が考えるように前者もある種の社会合理的な合意の選択として考えられるのか。制度派経済学者のノースが考えるように行動に関する制約なのか、あるいは社会学者の盛山和夫教授が『制度論の構図』という名著で述べたように、社会的な意味の体系というところに本質がるのか。
実はこうした対立が、ある程度ゲーム的な考えで統一的に説明できるのではないか、と思っています。先ほども示唆したように、制度を共通認識、予想と考えれば、そういうものが人間行動に何らかの規則性を生み出す。個々人にはそういう共通認識は制約として感じられるかもしれないが、それはまた人々の行動選択によって確認され、再生産されていく。そういう循環関係にあるのですが、ただ、個人のさまざまな選択の中からあるパターンが共通認識として成立していくには、何らかの人々の外部に存在する認知的な範疇の介在が資源として必要です。それが法とか、社会学が強調してきたさまざまな言語的表現や社会的シンボルの役割でもあるわけです。こうした関連性を考えていく上では、なぜそこからひとびとの共通認識を持ちうるようになるのか、ということを考えるうえで、山形さんも勉強しておられる認知科学や脳科学なども、今後はおおいに関係してくると思います。〔……〕
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(本書pp.109-111)
【目次】
はしがき
第1章 経済学をどう学ぶか 023
私自身、こう経済を学んできた(聞き手 岡崎哲二)
経済学を学ぶ心構え――京都大学経済学部の学生諸君に招かれて
第2章 制度分析の考え方 049
制度分析入門――そして日本の今をどう捉えるか
制度のシュンペーター的革新と革新の制度
青木先生、制度ってなんですか?
第3章 制度分析の応用――日本と中国の来し方・行く末 123
伝統的な経済成長モデルの限界をみつめよ――呉敬璉教授との対話
雁行形態パラダイム・バーション2.0――日本、中国、韓国の人口・経済・制度の比較と連結
中国と日本における制度進化の源泉
福島原発事故から学ぶ――望まれる電力産業の改革と革新
第4章 制度論の拡がる地平 189
制度論の拡がる地平――政策、認知、法、文化的予想、歴史をめぐって
資本主義はどうなるか――ミルトン・フリードマンとの対話
先進都市化と卓越したチーム力を競おう――2020年東京オリンピックに向けて
初出一覧 235
註 ix
参照文献 i