「反日」中国の文明史 (ちくま新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480067845

感想・レビュー・書評

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  • 「反日」とあるから抗日ドラマをあげつらった偏狭なナショナリズム本かと勝手に予想していたが、それは著者に対して非常に失礼な思い違いであった。中国人の思考に通底する背景と日本に対する複雑な見方を数千年の歴史、思想から解きほぐした良書である。
    中国という国は難しい。日本の知識階級にとっては「年老いた先生」であるが、そうでない階層(ちょっと婉曲すぎるかな)にとっては遅れた新興国に過ぎない。しかし日本から戦後賠償を取らず、逆にそのことが惜しみない経済・技術協力をもたらすなど、戦略的な思考と判断ができる底知れぬ国である。小中華の半島国家とは思想の深さがまるで異なるのだ。
    もう少し中国思想に触れたいと思わせるに十分な内容であった。

  • 2008年の北京オリンピックの成功とリーマン・ショックの克服、他国のリーマン・ショックでの弱体化を受け、中国夢がイデオロギーとして顕在化し、他国への外交政策が高圧的なものとなった。

    中国の根底にある世界観
    相互尊重ではいずれ世界に争いが絶えなくなるため、上下関係・差別があり、強いものが弱いものの上に君臨することを率直に認め、上に立つものが徳、思いやりを示すことで世界を調和に導いていく

    儒学の「礼」の精神
    すぐれた聖人君子が君臨するとき、王朝、社会も栄えるため、君子はまず自らの人格を高め、心の調和(中庸)を保ち、人間関係を保たねばならない。ではどう人間関係を保つか?
    →上下関係を厳しく保つ
    中は感情が動き出す前の平静な状態、
    和は感情が動いたが、それが然るべき節度にぴたりとかなっている状態

    朝貢と礼による「天下泰平」状態であった中国をゆるがすキッカケとなったのが、西洋列強と日本による近代化の圧力、とりわけ国家主権、国民国家思想である。従来の儀礼的な上下関係に過ぎなかった各地方との関係を、国家主権による統治として各地方をまとめ、宗主権をはっきりさせなければならなかった。(はっきりさせない場合、属国を国際法上独立国と判断できなくなる)

    近代国際文明が求めているのは、すべての土地がいずれかの国家によってしっかりと管理された状態である。

    朝鮮(長い間中国と朝貢関係にあった)から見れば、明の文明の輝きこそが尊重すべきものであり、明を滅ぼした騎馬民族の満州人(清)に朝貢するのは屈辱、そして朝貢すらしない日本よりも我々のほうが上国と見なしていた。

    その後、国際関係は対等であるべき(西洋的日本の価値観)か、上下関係(朝貢的清の価値観)であるべきかを巡る、文明的一大衝突として日清戦争が勃発する。日本は勝ち、東アジアにおける「華」を中心とした上下関係の完全否定、すなわち朝鮮半島が独立する。
    しかしその後は、不安定な朝鮮への関与の増大、日韓併合が起こり、これに下の国の価値観を持っていた韓国は当然反発。結局やってきたことが全部白紙になった。

    日清戦争後、清のエリートは気づく。「皇帝による絶対天命などは無く、国民一人ひとりへの教育、議会を基盤に置く立憲民主主義こそが、国を強くする要因なのだ。」ここから、西洋の文化を日本を経由して(そのほうが漢字に直されてるぶん早いから)取り込もうとする。

    自由で民主的な体制を実現するために、政府の専制によって国民をがんじがらめにし、まず貧困を脱出する→レーニン主義
    労働者のための国家を作ったのはソ連。民族革命の組織を作ったのは中国。

    毛沢東は農民運動こそ中国における歴史の原動力とされ、今もそう思われている。毛沢東は「礼」と「儒教」こそが中国社会の変革を妨げてきたものと信じ、旧社会をかなぐり捨て、マルクス主義の普遍的真理に沿うように中国を改造すべきだと述べた。

    大躍進・文革を経て、中国は世界最貧国になる。こうした中、文明の崩壊を防ぐために、国としての究極のセーフティネットである「国民」をどのように創る(イデオロギー的に)のか、という問題が起こる。政治はあくまでエリートが担うものであり、民衆のものでは無かった今までの価値観を捨て、一人ひとりが国家の担い手であることを意識しなければ、他国の国民国家に対して太刀打ちできない。

    よって、大清の天下ではなく、一定の範囲で区切ったうえで作り出した国民を、「中国」の名で自立しようと訴えた。現在の「中華民族」という発想、すなわち「もともとは多様だが、中国文明の求心力を軸に諸民族が対立と融合を繰り返し、ついにはひとつの国家・共同体を共有するに至った」とい発想が生まれた。

    中国の民族問題は、近代ナショナリストが。非漢字圏の意向と関係なく清とい帝国の統治構造を改め、上から日本経由の近代的価値観を指導するという不均衡な上下関係に由来する。
    一時期は五族共和路線(漢・満・モンゴル・トルコ系ムスリム、チベット)も取られるが、全て一つの民族になるべしという大義名分のもと同化する動きになった。

    改革開放後、経済は急速に加熱するが、依然として一党独裁体制は残ったままであり、地方の商人は自分に有利な商業ルートを確保しようと、党員に賄賂を渡すなど、汚職・格差の拡大を招く。

    こうした改革開放の混乱期の中で、自由と民主が必要だと思う人々が増え始める。→六四天安門事件の勃発

    中国社会で不満が生じる根源である、「価値を独占するエリート集団の独裁」という現実には手をつけないまま、現代社会でやっていけるのか?これが今日も続いている

    鄧小平は、マルクス主義の解釈を変え、中共が半永久的に中国、世界を導くことを「中国の特色ある社会主義」と言った。
    爆発的な経済発展は、2~3億の中間層を生んだが、彼らは中共のうま味を味わっているため不満はない。しかし、農村部は都市戸籍と農村戸籍が分かれているため、都市部に移動できないばかりか、いきなり土地を国に取り上げられたり、経済発展のために公害の被害を受けても無視されているなど、不平等さが浮き彫りになっている。

  • ・社会主義革命はマルクスのみるところ、資本主義が高度に発達し、労働者が自律的に生産を担いうるほどに訓練された条件のもとで起こる
    ・一国の経済はあまりにも巨大であり、限られた党官僚が全てを把握することはできない。だからこそ市場経済は基本的に「神の見えざる手」に頼りつつ、経済政策で調整する
    ・毛沢東の文化大革命は、文化が傾倒する大革命であったが、傾倒した後は何ら新しい価値を生まず、凄まじい精神的荒廃が残った。人々が唯一信じられるものは、ただ単にモノとカネのみとなった
    梁啓超こそ、中国ナショナリズムの最大の功労者であるが、「国民」は「単一の同胞=民族」でなければならないとしたところから悲劇は始まる

  • 2018/03/30 17:40:18

  • 近年の日中関係悪化の背景として、「中国はなぜこう考えるのか」という問題を長い歴史から考える素材を示すことを目的に執筆されている。
    中国の歴代政府のベースにある考え方として、華夷秩序、儒学に基づく「徳治」「礼治」があり、それが近代国際関係とは相容れないものであること、そしてそれを無理矢理近代国際関係に合わせるために「中国人」「中華民族」としてのナショナリズムを清末民初に急ごしらえしたことが、日中対立の根底にあることを指摘している。
    清帝国は、満州人皇帝が、漢民族には儒学的天子、モンゴル・チベットに対しては仏教王、東トルキスタンに対してはイスラームの保護者という顔を使い分けることによって成り立っていた多面的な帝国であり、満州人皇帝と個別の集団がそれぞれの論理で結びつくという統治構造であって、それは「単一の国民としての連帯」でなかったのに、国民国家を基盤とする近代国際関係に適合させるためにその領域に住む人々を「中国人」と定義し直そうとしたことが問題の根源になるという指摘は非常に興味深かった。
    少し単純化されすぎているのではないかという部分もあったが、様々な中国問題の背景、中国近現代史の要点を理解するのに非常に有益な良著だと感じた。

  • 「華夏」を中心とし、「礼」と「夷狄」の関係からなる中国文明が、清の時代に満・蒙・回・蔵をも取り込んだが、藩部という形でしかなかったこと。この中国文明が近代的な国民国家への変更を迫られたことによる「中華民族」の創出。19世紀後半から21世紀初頭に至るまでの中国の通史。これらを一冊の新書に盛り込んでいるだけに中身は濃い。「反日」に割いた頁はそれほど多くなく、無理にこれを書名に入れ込まずともよかったのではないか。とは言え本書が現在の日中関係を理解する上で無用とは思わず、むしろ、筆者があとがきでも問題意識を述べているように、現在の問題に向き合う上での背景知識となる中国への理解を深めるのには極めて有益と感じる。

  • 中国外交の基礎にある考え方を、文明論から説明。対日や対米の戦略だけでなく、中国がウイグルやモンゴル、チベットをどう考えているのかといったところがおもしろかった。漢民族が考えている中国の版図の中には、イスラームや仏教を信仰していてもいいという約束をしていた地域があった。そういった地域は、自分が中国の一部だなんて思っても居なかった。それが近代国家成立のタイミングで強引に「中国の一部」ということになったことから不幸が生じているのだという説明はわかりやすかった。

  • 中国近代史を客観的、俯瞰的に総括した良書。

    近年の同国の外交姿勢の背景が良くわかる。

    高校での歴史の授業の副読本にすべき。

  • 中華思想史、の超概略を日本の専門家が日本を視点に据えて書いたものである。が、タイトルのような軸ではなく、中国の話がメイン。近現代では先に開国に成功した日本から西洋思想を輸入したり、実際の軋轢が生まれてくる状況も書いている。
    基本的には天命と易姓革命に基づく中華思想が、西洋及び日本に打ち砕かれてまた近年復活している。以前は相入れなかった国民国家の考え方と結びつき、強力なナショナリズムを中国共産党は推進しているという話がわかりやすく書いてあると思う。ちなみに著者の政治的なスタンスは、中国の人の意思に反する以上先の戦争は侵略であるが、今の中国が領土に関する膨張主義を取るのは周辺諸国にとって断固危険であり、了承できるものではない、というようなもの。

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著者プロフィール

1970年神奈川県生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。現在,東京大学大学院法学政治学研究科教授。専門はアジア政治外交史。著書に『清帝国とチベット問題―多民族統合の成立と瓦解』(サントリー学芸賞受賞),『「反日」中国の文明史』など。

「2018年 『興亡の世界史 大清帝国と中華の混迷』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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