入門 犯罪心理学 (ちくま新書)

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著者 : 原田隆之
  • 筑摩書房 (2015年3月4日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (245ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480068248

入門 犯罪心理学 (ちくま新書)の感想・レビュー・書評

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  • 一般向けの書籍なのでよい内容と思った。これから学びたいという人の入門書として有用じゃないかしら。

  • 実際に刑務所にて犯罪者と面会を行なっている筆者が執筆した本書はワイドショーやネットで得た知識しかない者にとっては今までの常識が覆されるような事実が掲載されていると思われる。
    また、それら事実は筆者の個人的な見解ではなく、「犯罪心理学」における初歩的な知識である。
    そのため、筆者個人の見解を本書から読み取ることはできないが、犯罪心理学の概要を知るには丁度良い一冊である。

  • 面白かったです。

    意外だったこと:
    殺人の5割は身内、4割は知人。知らない人に殺されるのは1割らしい。

  • 知らないことを知れてよかった。幼少期のトラウマが犯罪に関連がない、ということは知れてよかった。フロイトが人気すぎるからこうなってるのか。

  • 重大犯罪が発生すると、犯人の生育歴も含めた報道がされることもあるけれど、覗き趣味を満足させる程度の報道でしかないように感じる。こういう知識を付けたら、また違った見方ができるのではないかと思って借りた。自分の身を守る役にも立つではという期待もある。あとはこういう本もあるんだ、という好奇心。

    ありふれた事件は報じられない。たくさん起こっているのに、いちいち報じていたら、きりがないから。面白くもないし。ありふれた事件にはニュースバリューがない。だから報じられない。
    私たちがニュースやワイドショー、週刊誌などで接する「犯罪」は、報道用に作られた「ストーリー」であって、事実とは異なっている可能性が多い。
    私たちは犯罪もエンターテイメントとして享受している。

    では、犯罪の事実とは?犯罪は人間の一側面を表している。犯罪の事実は人間の事実だ。

    人間の行動は、生物学的要因(遺伝負因や器質的要因)と環境的要因(家庭、学校、社会)との相互作用による。様々な原因が複雑に絡み合って作用して、人間の行動は導き出される。人間の行動の原因を、目立った少数の原因にして単純化して説明しようとしても、正しい理解はできない。


    自己統制力とは、自分の欲求や感情をコントロールする力のこと。これが欠如しているのは、犯罪の危険因子だと考えられている。
    ある種の遺伝的負因を持つ子供は、自己統制力が弱くなると分かっている。特にその遺伝的負因としては、脳の高次機能を司る部位の構造や機能の欠陥など、神経心理学的な要因が考えられている。
    しかし、その遺伝的負因は、恵まれた環境で育った場合は、影響力を発揮しにくく、逆に不適切なしつけを受けた場合にのみ影響が現れる。
    遺伝子単独でも、環境要因単独でも影響は限られているが、双方が合わさった時、その相互作用によって自己統制力は強まり、あるいは疎外される。
    これは犯罪傾向だけでなく、様々な人間の特質にも当てはまる。本人が生まれ持った生物学的脆弱性に、環境からのストレス要因が作用して、ある種の傾向が発現するメカニズムを、ストレス脆弱性モデルと呼ぶ。
    どのような種類の行動であっても、まず遺伝的な要因、持って生まれた生得的な要因の影響を受ける。しかし、同じ生物学的基盤を有していても、環境からの影響によってそれがどの程度発現するかは異なってくる。
    また、生物学的脆弱性を持っていると、環境からのネガティブな影響を受けやすいという場合もある。同じ環境の中にあっても、生物学的な素地によって、その影響の度合いが異なってくる。


    人は成長の過程で周囲の環境から多くを学び、人間としての振る舞いを身につける。そのプロセスを「社会化」と呼ぶ。幼児期の重要な社会化の担い手は、両親を筆頭とした家族だ。学齢期に進むにつれて、友人からの影響が大きくなり、また家族以外の大人からの影響も受けるようになる。
    幼い頃は物理的な近接が友だち選択の条件だったが、成長に従って、自らが友人を選択するようになっていく。その結果、行動様式や価値観が近い者同士の交友になっていく。
    社会化のプロセスは、社会的学習と強化によって進む。周囲の人の行動を見て学び、自分の行動に取り入れる。相手の価値観や集団の規範に合致する行動を取れば、賞賛され強化される。逆に、それらにふさわしくない行動を取れば、叱責や批判の対象となる。
    社会化の過程は、その人のパーソナリティーや認知を形成する上でも重要だ。


    イスラエル生まれの犯罪学者カスピ(Avshalom Caspi)は、モノアミン・オキシダーゼA遺伝子(Monoamine Oxidase A: MAOA)の活性が低い子供が虐待を受けた場合、非行が出現しやすくなるが、そうでない子供は虐待を受けても非行に至らないケースが多いことを発見した。(2002)MAOA遺伝子は攻撃性や衝動性を抑える働きをする。MAOA遺伝子活性が高いと、劣悪な環境が非行などの問題行動となって現れることから子供を守ってくれる。MAOA遺伝子活性の高低が影響するのは、生育環境が劣悪であった場合のみで、生育環境に問題がなかった場合は、遺伝子の影響も見られない。遺伝と環境の相互作用で、犯罪行動の出現が変わってくる。虐待と非行に関連があるという定説は、非常に単純で物事の一面しか見ていない迷信だ。 p.157~ 虐待と非行との関連

    MAOA遺伝子の活性が低い者は、高い者の半分程度しか居ない。虐待の影響を受けない者の方が多い。苦しむのは、他人を苦しめたり傷つけたりすることとは関係がない。
    「被虐待体験とMAOA遺伝子欠如の双方を有する者は、人工全体の約12%ほどであり、その中の比較的少数の人びとが世の中の犯罪全体の44%に関係している。これは、モフィットの生涯継続型犯罪者を思い出させる数値でもある。生涯継続型犯罪者には遺伝負因が影響していることは先に述べたが、MAOA遺伝子欠如はその候補の一つだと言える。」p.160


    覚醒剤依存は世界的には新しい社会問題なんだ。

  • 講座で薦められて。
    学問の性質上、どうしても胡散臭さがつきまとっていたり、表に出にくいことが多いので、こうやって手に取りやすい形で公刊されるのはとてもありがたい。そして、何よりも、ここ数十年の知見という点で、情報の新しさという点もありがたい。
    犯罪に対して、処罰だけでなく、治療という枠組みを取り入れようという動きはとても大きいと感じられる。一度犯してしまった罪は生涯消えることはない。それを抱えて生きていくより他ない。さりとて、そんな罪人たちが許されないものだからと言って、罪を理由に罪人の未来やその生を奪うことは許されない。それが法治国家である。そして、それが人間の姿である。やられたらやり返す、復讐の理念を捨て去るところに人間の可能性が託されている。その足掛かりとして、罪を犯したひとを治療しようという試みは、非常に画期的なものとなりうる。たしかに、自分の大切なひとを奪われたら、奪ったその人間を殺してやりたいくらい憎むし、更正うんぬんに関わりなく、一生苦しみを与え続けたいと願うのはしごく当然である。しかし、それではいつまで経っても犯罪そのものがなくなることはないのだ。復讐もまた、その罪人と同じ土俵に立っているから。復讐が許されるなら、かっとなって殺したというその論理も許されなければならない。犯罪の起らない社会を実現するためにも、罪人を治療対象として、治していこうとする姿勢はとても重要なことではないか。この点を打ち出しただけでも、この本の意味は非常に大きいと思う。
    では、どのように罪人を治療していくのか、この点に関しては、まだまだ道半ばといった感じである。それはやはり、罪というものが法律に沿って、正しいか正しくないかという軸で考えられているところにあると思う。そういう正義の評価がダメだというわけではない。矯正という観点教育という観点からすれば、その軸がなければまるで妥当性がないから。けれど、治療という枠組みを取り入れて考えるなら、正しい正しくないは、まるで役に立たない場合の方が多いと思う。特に心理的な治療に関しては、そのような軸でものを考えることでかえって困難をきたすことがありうる。そもそも、ある程度のパーソナリティや認知が遺伝との相互作用に基づくのであるなら、その「歪んだ」認知を正すことは根本的には不可能である。遺伝的に決められた以上、後天的には書き換えがきかないのだから、何かの拍子で再び歪みが生じることはありうる。再犯や悪質化を防ぎたいのなら、万が一や予想外というのを防がなければ意味ないのである。たとえば、薬物依存の対処のために繁華街に行かないようにするというようなものがあるが、社会に復帰して働くようになればそうもいかないことが出てくることだってありうる。
    認知行動療法の弱いところであると思うが、この時はこう、この時はこう、という正しさに基づいて個別的な対処を増やしたり、それを考えさせていく姿勢というのは、必ずしも、その治療をうける人間にあっているとは限らない。どこか本人を置き去りにしていっている。そんな頭でごちゃごちゃ考えて対処をとれないような事態だって往々にして起りうるのが日常という復帰点である。正しい正しくないではなく、治療での関わりやそこで課される課題や目指すべき方向が本人にとって効果ありなのか無効果なのか、逆効果なのか、これを考える必要がある。問題となる行動を正しいものに置き換えるのではなく、効果のある介入や行動変容で減らすという発想である。何が効果があってそうでないかは、本人の従う文脈によって異なる。逆にその文脈にあってさえいれば、いくつものパターンを考えずにすむのである。女性をみて痴漢をしたくなってしまうことを問題にする時、少しでもましな時はなかったのかということを尋ねたり、電車で見知らぬひとを触るのがいけないんだから、場所や対象を変えて身体に触れるたり、自分の身体に触れるのは問題ないといったりすることだって考えられるのである。殴ってしまいたいくらいむしゃくしゃしたら、わら人形を作って呪ってもいいではないか。
    最後に少し触れられているが、対処行動の獲得に違いはあっても、再犯そのものには他の治療と大差ないという結果もあることは見逃せない。認知が変わって犯罪行動が減ったのではなく、行動変容が直に犯罪行動の減少につながりうる可能性が高い。それに、認知が変わったかどうかを聞いていないのだから、そのプログラムを受けたことによる認知の変化は直接的に測られていないので結局わからないのだ。やはり受けた人間がその治療にどこまで満足し、どれだけ変化したかを効果量として盛り込むべきである。治療を受ける人間にとって満足できないということや変化が実感できないということは、その後の再犯リスクの予見につながることも考えられる。
    今後の発展がどのようなものになるか、見据えていきたい分野である。

  • 書店で偶然見つけ、相模原市で無差別殺人が起きてから、犯罪者の心理ってどうなんだろうと思い、購入し読了しました。本書で解説されていくのは、科学的事実(エビデンス)に基づいた犯罪心理学ということで、従来の精神論やら誤った手法やらを批判しつつ、新しい知見を紹介しつつ、どのように犯罪者を更正させるべきかということです。一般人の感覚からすると、なぜ凶悪犯を更正させるのかという考えもあると思うのですが、興味深いのは、それが再犯防止のために有効であるからというのです。
    そもそも罰ってなんのためにあるのかという論点については、刑法を勉強した際に少し学びましたが、その際は、刑罰は応報であるという見解に個人的には親和性を感じたものでしたが、本書を読んで、社会的には、刑罰は(再犯防止のための)教育であるという考えも十分納得できました。
    そのほか、罪や刑罰についての教養も満載です。

  • 犯罪心理学の流れだけでなく、日本での犯罪者治療の現状も書かれており、私のように専門的知識がないものにはとてもわかりやすく読むことができた。

  • 難しい用語もなく、本当に「入門」という感じだった。
    全然関係ないけど、例として挙げられる事件に知っているもの(割と最近のもの)が多く、自分年取ったなあ…と感じた。

  •  ここから何が言えるかというと、人間というものは、目立ったいくつかの事柄や、すぐに思いつくような事柄を関連付けて因果関係を想定しやすいということである。これを「関連性の錯誤」という。そして、統計的現象といった目立たない事柄、ちょっとやそっとでは思いつかないような事柄は、それが真の原因であっても無視されてしまう。
     カーネマンは、「人間はおおむね合理的であり、その考えはまずまず理に適っているという人間観」がこれまでは広く受け入れられていたが、本当のところそれは誤りで、「ごく普通の人間の思考には系統的なエラーが入り込みやすい」と述べている。そして、その系統的エラーの代表的なものの一つが、今述べた関連性の錯誤である。(pp.225-226)

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