安保論争 (ちくま新書)

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著者 : 細谷雄一
  • 筑摩書房 (2016年7月5日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (279ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480069047

安保論争 (ちくま新書)の感想・レビュー・書評

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  • 平和のために軍事力を持つことが必要という、一見あべこべのように感じていた理論を、わかりやすく説明してくれた本。今までの世界の歴史から、今の国際情勢、日本の立場について知れたし、理想論だけでなく現実的に世界を見て日本がどのようにあるべきかを示してて、かなり勉強になった。

  • 国際政治学者の細谷教授が、先の安保関連法について賛成派の立場から論じたもの。
    安保関連法については、なぜ改正が必要なのか、日本の安全保障をどうするのか、という「そもそも論」が十分でなかった。法自体が相当に複雑であったこと、「違憲・合憲」に視点が集中してしまい趣意の議論が進まなかったこと、ネットを中心に感情的な意見が横行したことが要因なのだろう。
    本書は、その「そもそも論」を丁寧に解説してくれた好著。改めて安全保障について考えてみることができた。
    あとがきによると、本書は他の媒体の論稿を基にしているものらしい。繰り返し多く、流れが悪いのように感じたのは、それ故か。

  •  2015年成立の「安保関連法」について、国際協調の強化に資するという観点から、肯定的かつ柔らかい筆致で論じている。全体の半分ほどは歴史も含めた安全保障環境の解説が占めており、その上で得られた教訓として、外交的手段と軍事的手段双方の組み合わせでこそ「対話と交渉」が可能だとし、SEALDsが専ら外交的手段のみでこそあらゆる緊張や脅威が解決可能と考えているように見えることを批判している。また、SEALDs(も含めた当時のデモ参加者)が平和を求めるとする一方で、ロシアによるウクライナ主権の侵害や「イスラム国」の一般市民殺戮に対して冷淡であるとも指摘している。
     また、戦後日本の憲法解釈については、1960年代半ばまでは集団的自衛権行使や戦闘を含む国連軍・国連PKO参加も禁じられていなかったが、その後ベトナム戦争を背景に時の政権が海外派兵禁止との立場となり、そして1972年・1981年の見解で集団的自衛権行使の全面禁止と、むしろそれまでの憲法解釈を変えていったと指摘している。
     巻末の参考文献案内は、賛成・批判、憲法・国際法・安保政策、と幅広い分野にわたっている。

  • 「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」「われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信じる」という一文が憲法前文にあるのだから、自国のみ戦争には参加しない!と言って道徳的に優れていることを誇るのはおかしい。
    この理念を憲法が謳っている限り、日本は「積極的平和外交」を行っていくべきだろう。

    というか、戦力=悪ではなく、戦力=防御力であるということも理解すべきではないかと。

  • 著者は国際政治学者で、雑誌への起稿をまとめたものと、描き下ろしの原稿で構成されている。

    2015年の安保法制(平和安全法制)の審議に対する反対運動を意識しつつ、
    ・集団的自衛権を含む集団的安全保障が戦後の安全保障の根幹であり、世界が不安定化しつつある今、集団的安全保障は重要性が増している。
    ・日本は国際的な安全保障の責任分担よりも国内の感情的な嫌悪感を優先し、外国が実力で維持している平和にタダ乗りしてきている
    ・内閣法制局の従来解釈や憲法学者の違憲が集団的自衛権を否定している、という指摘はいくつか欠点を抱えている(内閣法制局は諮問機関にすぎず、また過去には日本の集団的自衛権行使を一部肯定していたし、自衛隊を違憲だと考えている憲法学者が多いのに、それには目をつぶって憲法学者が安保法制に反対していることを反対の論拠にするのはダブルスタンダードだ、といったもの。

    日本政府の集団的自衛権に関する解釈については知らないことが多かったので、これは面白かった。

    一方で、この本を読んでいて気になったのは、バラバラな媒体の原稿を集めた故かコンセプトが不統一で、積極的な安全保障への参加を推進したいのか、安保論争に欠けている要素を指摘したいのか、イマイチやりたいことがはっきりしていない。

    その上、「安保論争」というタイトルにも問題があって論争の一方の側…反対派の議論がほとんど掘り下げられていない。
    SEALDSの「私たちは、対話と協調に基づく平和的かつ現実的な外交・安全保障政策を求めます。」という主張が実現困難、という批判はしているのだけれど、自分が考えるに、彼らが21世紀版ネヴィル・チェンバレンみたいな事をまじめに考えている連中だとは思えない。
    むしろ、保守政治や武力を用いた安全保障への何となくの嫌悪感といったセンチメンタルな理由から反対していると思うんだけど、著者の専門である殺伐とした国際政治や外交と相性が悪く議論が成立しなさそう。

    著者は、日本は平和国家として活動していくことを決めているのだから心配するな、と言うけれど、本当に信じていいのか?
    理性的に行動している、平和を求めていると言いながらミニタリズムに入れ込んで無謀な挑戦をしたあげくに国を滅ぼした指導者はいくつも居て、そのような不信感が安保論争を引き起こしたという面があるのではないか。
    そのような反対派の思考にフィットしない反論が気になる。

    図書館で借りました。

  • 安保法制について踏み込んだ話はしてないけどなんで安保法制がこんだけ反対を受けてて、なんで自分はそれでも賛成なのかってのがわかりやすく書かれてていいし、日本の今後の安保政策はいかにあるべきなのかってのを考えるヒントをくれる。今度は『安保法制』みたいなテーマでそれぞれの条文がなぜ必要と思うか突っ込んだ議論して欲しいな。

  • 著者の細谷雄一氏は、国際政治史、イギリス外交史を専門とする国際政治学者で、2014年より国家安全保障局顧問も務める。
    著者によれば、2015年夏に繰り広げられた安保関連法に関する論争において、安保関連法に反対する人々は、この法律を成立させれば、アメリカが将来行う戦争に日本が巻き込まれて国民の安全が脅かされると懸念し、安保関連法を成立させた安倍政権は、現状の安保法制では十分に国民の生命を守ることができず、状況が悪化している東アジアの安全保障環境下で平和と安定のために日本が責任ある役割を担うことができないと考えている、即ち、両者とも平和を求めて戦争に反対しているのである。そして、著者は、この奇妙な現実を踏まえて、現代の世界でどのように平和を実現すべきかを考えるために本書を著したという。(因みに、著者のスタンスは後者寄りのものである)
    まず、著者の考え方のベースは、我々は現在、70年以上前の国民が総動員されて悲惨で非人道的な戦闘を行った太平洋戦争の時代とは異なり、主要国が協力して国際テロリスト・ネットワーク等の国境を越えた脅威に対応するための国際協調を深めることが必要な21世紀という時代に生きているということである。
    更に、著者は、日本国憲法前文の「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」、「われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信じる」という一文が示す精神は、世界のあらゆる地域の戦争を防止し、勃発した戦争を終わらせて、平和を確立することであり、日本がそのような戦争に巻き込まれないということではないと強調する。
    そして、国連事務総長のアナンの「外交によってなし得ることは数多くあるが、しかしながら、もちろんではあるが、強い意志と軍事力を背後に持つ外交であればより多くのことをなすことができるであろう」いう言葉を引きつつ、歴史を振り返って、外交と個別的あるいは集団的に十分な自衛力を組み合わせることで実効的に平和を確立できるとする。
    最後に、今般の安保関連法について、その成立と施行は立憲主義・平和主義の終わりなどではなく、幅広い国民的コンセンサスを生み出すための、困難ではあるが不可欠な第一歩であったと述べている。
    平和とは何か、世界において日本の成し得ることは何かという観点から安保関連法を考える上で、有用な一冊と思う。
    (2016年8月了)

  • 「安保論争」について。日本の平和主義はどうあるべきかという議論は、当然、我々が今どのような世界を生きているのかといったリアルな認識が基礎となるべきであり、また歴史をきちんと踏まえなくてはならないという当たり前の主張がなされている。

    しかし、この当たり前の主張がときに感情的な言論に押し流されてしまう場合がある。そこに著者の苛立ちがあり、かつて高坂正堯氏が指摘した「精神の腐敗」が認められる。

    巻末に詳細なブックガイドもあり、きちんと安全保障論を学びたい人にとって有益。

  • 慶應義塾大学法学部教授の細谷雄一(1971-)による、20世紀および現在の東アジア安全保障環境に関する概観と「反安保法制」勢力への反論。

    Ⅰ 平和はいかにして可能か
     1.平和への無関心
     2.新しい世界のなかで
    Ⅱ 歴史から安全保障を学ぶ
     1.より不安定でより危険な社会
     2.平和を守るために必要な軍事力
    Ⅲ われわれはどのような世界を生きているのか
     1.「太平洋の世紀」の日本の役割
     2.「マハンの海」と「グロティウスの海」
     3.日露関係のレアルポリティーク
     4.東アジア安全保障環境と日本の衰退
     5.「陸の孤島」と「海の孤島」
     6.対話と交渉のみで北朝鮮のミサイル発射を止めることは可能か
     7.カオスを超えて
    Ⅳ 日本の平和主義はどうあるべきか
     1.集団的自衛権をめぐる戦後政治
     2.「平和国家」日本の安全保障論
     3.安保関連法と新しい防衛政策
     4.安保法制を理性的に議論するために
     5.安保関連法により何が変わるのか

    第二次安倍内閣の下、再開した安保法制懇のメンバーに細谷は入っている。安保法制懇は2014年5月に報告書に提出し、その中で集団的自衛権が憲法解釈は一貫して否定されてきたのではないという戦後の文脈を提示し、集団的自衛権容認の憲法解釈変更を示唆した。
    http://www.kantei.go.jp/jp/singi/anzenhosyou2/

    その後、2015年の安保法制審議において、同法案を戦争法案であると批判する野党勢力を中心に国会内外を騒がせ、憲法学者も同法案が意見であるという厳しく批判を行った。

    本書は、「憲法九条」という体制のみで、これまで、そして現在の安全が保障されているわけではないという主張を展開する。そして、安保法制審議を「戦争法」と批判する行動が具体的な問題解決に寄与しないと指摘する。現憲法制定以後の東アジアの安全保障は冷戦期そして、ポスト冷戦期の現在においても軍事的バランスの中で成り立っており、国際法を遵守しない国家・地域への対応を、法的準備不十分で行うわけないはいかないという問題意識である。加えて、国連の平和維持活動への積極参加を日本の国策として勧めている。

    本書冒頭、「国民的議論を抜きにした法案を押し通すのは許せない」「第9条の理念を際限のない拡大解釈によってねじ曲げれば、国家の最高法規である憲法は全く中身のないもになってしまう。これを法治主義に対する挑戦だと考えるのは、大げさだろうか」という朝日新聞の記事の紹介がある。これがいつ、何に対する記事だったのかは、本書を手にとってご覧いただきたい。と、言いたいところだが、ちくま新書のホームページに行けば読めるので、興味があれば一読をおすすめする。
    http://www.webchikuma.jp/articles/-/201

    本書では問題の整理は行われているが、著者は日本外交や安全保障問題の専門家でもなく、新たな知見が提示されているというわけではない。その点で、戦後日本政治外交史や安全保障論の先行研究を何冊か読んだことがある人は、(本書を読むのにさして時間はかからないが)優先順位は下がるだろう。一方で、安保や軍事はとにかく危険だと思っている人には、一読して十分価値があるだろう。

    個人的には細谷氏には、このような書物ではなく、専門のイギリス外交史で実績を重ねてもらいたいし、そちらの最先端の成果を新書にまとめてもらった方が一般読者にはありがたい。

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