「ココロ」の経済学: 行動経済学から読み解く人間のふしぎ (ちくま新書1228)
- 筑摩書房 (2016年12月6日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480069313
感想・レビュー・書評
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著者の依田高典さんはその昔『ブロードバンド・エコノミクス』(2007年)を書かれていて、ブロードバンド市場の競争環境と政策についてアンケートをベースとした統計的な手法を使って分析していた。当時、FMC (Fixed Mobile Convergence)やIP電話の仕事をしていたので、何かヒントが得られることがないか、やたらと細かな表が出てくる内容をよくわからないながらも真剣に読んだ。この本で、ロックイン効果、WTP (Will to Pay)、コンジョイント分析、需要の価格弾力性、といった用語と適用法を初めて学んだのではないだろうか。あの本に書かれた内容が、実は行動経済学の研究につながっているのかと思うと軽い感動を覚えた。
著者によると、行動経済学は、経済学に人間の心を取り戻す試みとして捉えられるという。そのことが本書のタイトルを『「ココロ」の経済学』としたゆえんでもある。行動経済学だけではなく、経済学一般の歴史についてもわかりやすい解説書になっている。特にモラルサイエンスとしての経済学について歴史的観点も絡めた擁護に力を入れている。
本書を読むと、フレーミング効果、認知的不協和、ヒューリスティックス、代表制バイアス、アベイラビリティバイアス、アンカリング、プロスペクト理論、クラウドアウト、確実性バイアス、確実性バイアス、現状維持バイアス、ナッジ、といった行動経済学の知見について一通り学ぶことができるようになっている。赤文字や囲みなど工夫もあって読みやすい。勘どころに挿入される経済学の巨人たち(ポール・サミュエルソン、ハーバート・サイモン、ダニエル・カーネマン、アダム・スミス、J・S・ミル、アマルティア・セン、ケインズ、ジョージ・シャックル、リチャード・セイラー)の紹介もよくまとまっている。『ブロードバンド・エコノミクス』とは大違いで、著者に対する印象が大きく変わった。
さらに進んで、これまでの主流派経済学の「ミクロ経済学」「マクロ経済学」「計量経済学」に対して「行動経済学」「実験経済学」「ビッグデータ経済学」を二十一世紀の経済学(エビデンス経済学)の三本柱とするという構想も大きな射程で素晴らしい。フィールド実験やデータが重要になるというのは、まさに『ブロードバンド・エコノミクス』で実践しようとしていたことのエッセンスがそこに含まれているように思う。
特に強調されるのは、脳神経科学の進展と経済学の融合だ。次のように書くとき、著者自身が抱く危機感と期待感が伝わってくる。
「21世紀は生命科学、なかんずく脳科学の時代だと言われます。いつか、人間の脳機能が遺伝学と神経科学の視点から、もっと本質的に解明される時代が来た時に、ココロをブラックボックス化する主流派経済学、それに気の利いたスパイスを振りかける行動経済学は、時代の流れに付いていけずに一気に陳腐化し、昔のスコラ哲学のように、時代の徒花として忘れさられてしまう危険性を感じるからです。牙を抜かれて、飼い慣らされた行動経済学が本来の野性を取り戻すことができるかどうか、行動経済学のこれからに注目していきたいと思います」
ここで「野性」という言葉を著者が敢えて使うとき、ケインズの「アニマル・スピリット」が頭にあることは間違いない。ケインズは経済学がモラルサイエンスであり、自然科学と違い、内省と価値判断を用いて、動機と期待と心理的不確実性を取り扱うことを強調した。それこそが経済学の強みであるが、その強みが脳神経科学によって自然科学的に丸裸にされてしまい、経済学の知見がその上で解釈される虚構のごとくなることを期待とともに恐れている。
fMRIなどの脳神経科学の知見と実験を活用した経済学の新しい領域であるニューロサイエンスを簡単に紹介した後、著者は次のように宣言する。
「皆さんは経済学の数十年に一度の大きな進化・変化を目の当たりにしているのかもしれません」
行動経済学の知見は一般的にも知的興味を喚起し、一分野を確立し大きな潮流を作った。これに「実験経済学」「ビッグデータ経済学」を加えることで、さらに新しい経済学を進化させて変えていこうとする幸せな意志が感じられた。本書自体わかりやすく素晴らしい内容だが、新書ではない単行本の形でしっかりと体系立てられた著作を読んでみたいと思った。
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『ブロードバンド・エコノミクス』の帯に書かれている「「IT後進国」日本がなぜ逆転出来たのか?」という文言が今となっては痛々しい。確かにFTTHの普及は早かったが「IT後進国」から抜け出したという認識はどこから来たのか。当時、この帯の宣言は決して違和感のあるものではなかったはずだ。どこで躓いてしまったのかは、おそらく分析に値するテーマだと思う。副題にある「情報通信産業の新しい競争政策」とあるが、現在の日本の通信産業の競争政策が迷走してしまっている状況を鑑みると、ますますそう思う。依田さんの新しい試みがまた情報通信政策の発展に寄与する形で回帰することを期待してみたい。少しかもしれないが、そうする責任が依田さんにはあるような気がするのだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
一般向けではあるが、学問の中でどうやって行動経済学が生まれたか、位置付けられているかを記している。
本来、確率は繰り返しがきく出来事に対して統計的な頻度として与えられる数値。
その逆は不確実性。
全体としては、広く浅く書いてるから概念的な説明か各論的な説明で、理解しにくいところもあった。 -
行動経済学を中心に経済学の歴史と著者の研究展望とテーマを概説した書。行動経済学入門者には大阪の先生のほうがいいかな。経営学の人が読むと「何を今さら、それでも経済学は経済学(意味不明で恐縮です)」といった感じ。
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行動経済学のあらましと経済学の歴史と、歴史の流れから、どのようにして、行動経済学が生まれ、現在の立ち位置までを解説。壮大な試みを新書で行うので、少し消化不良のところもあったが、概略が学べて良かった。
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各経済学者の基本的考え方とその行動経済学との関連は分かりやすかったけど、専門の用語や概念については少し難解なところもあった。その点では、従来の(行動)経済学の入門書の域を超えていない。
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くっそ面白かった!
行動経済学含む、主流の経済学とは違う前提を持つ学派?の中でも人間の心理に関わるものを時系列順に主流の経済学との関わりを軸としつつ紹介してる本。
知らんかった理論の面白い部分がわかりやすく紹介されてるから好奇心刺激されてたまらんかった。
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《教員オススメ本》
通常の配架場所:教員おすすめ図書コーナー(1階)
請求記号:331//I18
【選書理由・おすすめコメント】
人間の行動は矛盾に満ちている。ときには理性的に、利己的にふるまう一方で、ときには感情的に、利他的にふるまう。本書は、ココロの深奥に迫ろうとする経済学の新しい潮流を一望し、心理学、脳科学などの知見を援用しながら、謎に満ちた人間の不思議を解明しようとしたものです。一読を薦めます。(経済・場勝義雄先生) -
<目次>
第1章 経済学の中のココロ
第2章 躍る行動経済学
第3章 モラルサイエンスの系譜
第4章 利他性の経済学
第5章 不確実性と想定外の経済学
第6章 進化と神経の経済学
第7章 行動変容とナッジの経済学
<内容>
京大経済学部教授の経済学史。行動経済学がどのように生まれ、経済学の系譜の中でどう位置づけられてきたかが書かれている。したがって経済学の教科書として最適かも…