「ココロ」の経済学: 行動経済学から読み解く人間のふしぎ (ちくま新書1228)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480069313

感想・レビュー・書評

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  • 著者の依田高典さんはその昔『ブロードバンド・エコノミクス』(2007年)を書かれていて、ブロードバンド市場の競争環境と政策についてアンケートをベースとした統計的な手法を使って分析していた。当時、FMC (Fixed Mobile Convergence)やIP電話の仕事をしていたので、何かヒントが得られることがないか、やたらと細かな表が出てくる内容をよくわからないながらも真剣に読んだ。この本で、ロックイン効果、WTP (Will to Pay)、コンジョイント分析、需要の価格弾力性、といった用語と適用法を初めて学んだのではないだろうか。あの本に書かれた内容が、実は行動経済学の研究につながっているのかと思うと軽い感動を覚えた。

    著者によると、行動経済学は、経済学に人間の心を取り戻す試みとして捉えられるという。そのことが本書のタイトルを『「ココロ」の経済学』としたゆえんでもある。行動経済学だけではなく、経済学一般の歴史についてもわかりやすい解説書になっている。特にモラルサイエンスとしての経済学について歴史的観点も絡めた擁護に力を入れている。

    本書を読むと、フレーミング効果、認知的不協和、ヒューリスティックス、代表制バイアス、アベイラビリティバイアス、アンカリング、プロスペクト理論、クラウドアウト、確実性バイアス、確実性バイアス、現状維持バイアス、ナッジ、といった行動経済学の知見について一通り学ぶことができるようになっている。赤文字や囲みなど工夫もあって読みやすい。勘どころに挿入される経済学の巨人たち(ポール・サミュエルソン、ハーバート・サイモン、ダニエル・カーネマン、アダム・スミス、J・S・ミル、アマルティア・セン、ケインズ、ジョージ・シャックル、リチャード・セイラー)の紹介もよくまとまっている。『ブロードバンド・エコノミクス』とは大違いで、著者に対する印象が大きく変わった。

    さらに進んで、これまでの主流派経済学の「ミクロ経済学」「マクロ経済学」「計量経済学」に対して「行動経済学」「実験経済学」「ビッグデータ経済学」を二十一世紀の経済学(エビデンス経済学)の三本柱とするという構想も大きな射程で素晴らしい。フィールド実験やデータが重要になるというのは、まさに『ブロードバンド・エコノミクス』で実践しようとしていたことのエッセンスがそこに含まれているように思う。

    特に強調されるのは、脳神経科学の進展と経済学の融合だ。次のように書くとき、著者自身が抱く危機感と期待感が伝わってくる。

    「21世紀は生命科学、なかんずく脳科学の時代だと言われます。いつか、人間の脳機能が遺伝学と神経科学の視点から、もっと本質的に解明される時代が来た時に、ココロをブラックボックス化する主流派経済学、それに気の利いたスパイスを振りかける行動経済学は、時代の流れに付いていけずに一気に陳腐化し、昔のスコラ哲学のように、時代の徒花として忘れさられてしまう危険性を感じるからです。牙を抜かれて、飼い慣らされた行動経済学が本来の野性を取り戻すことができるかどうか、行動経済学のこれからに注目していきたいと思います」

    ここで「野性」という言葉を著者が敢えて使うとき、ケインズの「アニマル・スピリット」が頭にあることは間違いない。ケインズは経済学がモラルサイエンスであり、自然科学と違い、内省と価値判断を用いて、動機と期待と心理的不確実性を取り扱うことを強調した。それこそが経済学の強みであるが、その強みが脳神経科学によって自然科学的に丸裸にされてしまい、経済学の知見がその上で解釈される虚構のごとくなることを期待とともに恐れている。

    fMRIなどの脳神経科学の知見と実験を活用した経済学の新しい領域であるニューロサイエンスを簡単に紹介した後、著者は次のように宣言する。

    「皆さんは経済学の数十年に一度の大きな進化・変化を目の当たりにしているのかもしれません」

    行動経済学の知見は一般的にも知的興味を喚起し、一分野を確立し大きな潮流を作った。これに「実験経済学」「ビッグデータ経済学」を加えることで、さらに新しい経済学を進化させて変えていこうとする幸せな意志が感じられた。本書自体わかりやすく素晴らしい内容だが、新書ではない単行本の形でしっかりと体系立てられた著作を読んでみたいと思った。


    ---
    『ブロードバンド・エコノミクス』の帯に書かれている「「IT後進国」日本がなぜ逆転出来たのか?」という文言が今となっては痛々しい。確かにFTTHの普及は早かったが「IT後進国」から抜け出したという認識はどこから来たのか。当時、この帯の宣言は決して違和感のあるものではなかったはずだ。どこで躓いてしまったのかは、おそらく分析に値するテーマだと思う。副題にある「情報通信産業の新しい競争政策」とあるが、現在の日本の通信産業の競争政策が迷走してしまっている状況を鑑みると、ますますそう思う。依田さんの新しい試みがまた情報通信政策の発展に寄与する形で回帰することを期待してみたい。少しかもしれないが、そうする責任が依田さんにはあるような気がするのだ。

  • 一般向けではあるが、学問の中でどうやって行動経済学が生まれたか、位置付けられているかを記している。

    本来、確率は繰り返しがきく出来事に対して統計的な頻度として与えられる数値。
    その逆は不確実性。

    全体としては、広く浅く書いてるから概念的な説明か各論的な説明で、理解しにくいところもあった。

  • 行動経済学を中心に経済学の歴史と著者の研究展望とテーマを概説した書。行動経済学入門者には大阪の先生のほうがいいかな。経営学の人が読むと「何を今さら、それでも経済学は経済学(意味不明で恐縮です)」といった感じ。

  • 行動経済学のあらましと経済学の歴史と、歴史の流れから、どのようにして、行動経済学が生まれ、現在の立ち位置までを解説。壮大な試みを新書で行うので、少し消化不良のところもあったが、概略が学べて良かった。

  • 各経済学者の基本的考え方とその行動経済学との関連は分かりやすかったけど、専門の用語や概念については少し難解なところもあった。その点では、従来の(行動)経済学の入門書の域を超えていない。

  • くっそ面白かった!
    行動経済学含む、主流の経済学とは違う前提を持つ学派?の中でも人間の心理に関わるものを時系列順に主流の経済学との関わりを軸としつつ紹介してる本。
    知らんかった理論の面白い部分がわかりやすく紹介されてるから好奇心刺激されてたまらんかった。

  • 《教員オススメ本》
    通常の配架場所:教員おすすめ図書コーナー(1階)
    請求記号:331//I18
    【選書理由・おすすめコメント】
    人間の行動は矛盾に満ちている。ときには理性的に、利己的にふるまう一方で、ときには感情的に、利他的にふるまう。本書は、ココロの深奥に迫ろうとする経済学の新しい潮流を一望し、心理学、脳科学などの知見を援用しながら、謎に満ちた人間の不思議を解明しようとしたものです。一読を薦めます。(経済・場勝義雄先生)

  • 行動経済学の入門書。
    多くのトピックを分かりやすく解説している。
    ただ、やっぱり内容に対して本の容量が足りてない印象がある。
    それだけ行動経済学が深く幅広いと言うことなんだろうけども。
    個人的には7章の行動変容についてが興味深かった。

  • 本書は経済学の歴史を分かり易くひも解いていて、最新の経済学の方向性も示している良書。単純な行動経済学の解説本ではなく、経済学全体をマクロに捉えるには非常に分かり易い本であった。
    ・本書は平易な言葉で中身のレベルは落とさずに、通常の行動経済学より広いテーマを扱っている。
    ・古典経済学では人間は自分の利益を優先するものであり、利己的で合理的な人間をホモエコノミカスという。
    ・人間の心には、基準となる金額をベースにして、それよりも利得となる場合よりも、損失となる場合を非常に嫌う。これを損失回避効果という。同じ金額でも損失効果は2~3倍大きい。
    ・20世紀は物理学の時代、21世紀は生命科学とくに脳科学の時代になる。
    ・どの職業の個人も、自分の資本や労働がより大きな価値を持つように努める。その個人的利益の最大化行動が、図らずも社会的利益の最大化につながり、個人の社会的利益への配慮の結果ではない。利益が転じて公益になるのは、市場の需給調整メカニズムのおかげであり、産業間の利潤率均等化のおかげ。
    ・ケインズ革命によって、不確実性、期待という心理学的要素を駆使して、人間の意思決定の合理性が揺らぐことを説得的に論じた。ホモエコノミクスを否定し、経済学=モラルサイエンスと宣言した。
    ・人間は社会的な動物なので、どのような参照基準を自分の心の中に持つかどうかで、罪悪感や嫉妬心の感じ方が異なってくる。このような参照基準は文化的、社会的背景に大きく依存する。
    ・独裁者ゲーム(1万円を与えて相手に好きなだけ分配する)での分配率は、見ず知らずの他人には31.8%、顔見知りには34.5%、親しい友人には40.4%、家族には43.8%という調査結果がある。
    ・自分のとる社会的行動を通じて、他人が喜ぶ様を見て、自分の利他的な効用が高まる。こうした他人の幸福を自分の幸福として感じる気持ちを「ウォームブロー」と呼ぶ。
    ・金銭的報酬を与えると、パズルの正答率が下がる。これは内的動機が働いている状況下で、金銭のような外的動機を与えてしまうと、内的動機を損なってしまい社会的行動が減する現象を「クラウド・アウト」と呼ぶ。献金、献血、納税、節電など様々な社会的行動がある。
    ・人間は社会的な動物なので、社会的に比較されることに敏感であり、他者よりも多くの社会的貢献をしている場合は優越感を、他者よりも少ない場合には劣等感を感じる。
    ・独裁者ゲームにおいて、自分のもらえるお金が増えた場合にも、他者の取り分が増えた場合にも、同じような嬉しい気持ちが働いて、報酬系の脳の部位(線条体)が活発に活動する。
    ・統計的確立を適用できる出来事を「リスク」、統計的確立を適用できない出来事を「(真の)不確実性」と呼ぶ。
    ・自然現象や制度習慣の中には、安定的に回帰、循環するパターンが観察される。太陽の動きや四季などのパターンに合わせて、人間も自分の国道を環境のパターンに合わせるというのが「進化経済学」の考え。そこから、人々の相互作用の結果、優れた行動パターンが模倣されていき、行動のルールの束(制度)が形成される。そして、この制度の生成、消滅が社会の進化になる。
    ・人間の多くは、リスクを嫌う損失回避効果をもち、100%を重視する確実性効果をもつ。しかしそれでは、新しいことに挑戦しないため、急激な環境変化に対応できなかったり、社会的活力が低下してしまう。
    ・多くの大科学者、発明家、芸術家は、自閉症障害やアスペルガー症候群などの発達障害的特徴を持っていたと推察される。ニュートン、アインシュタイン、スティーブジョブズ、ビルゲイツ、モーツァルト、ベートーベンなど(特に数学者では変人以外を探す方が困難)。このような少数の人間が、閉塞した社会の中で、あえて空気を読まず、因習や伝統から自由にチャレンジをしたからこそ、文化文明を一歩前へ推し進めてくれる。
    ・ホモエコノミカスを想定する主流派経済学は、人間を冷徹無比な合理的存在だと仮定した。しかし、生身の人間は、感情に揺らぎ、その感情がゆえに、現在性効果や確実性効果に陥り、合理性から逸脱してしまう。しかし、科学技術が未発達で、やり直しがききにくい古代では、そうした感情のスイッチはむしろ生存確率を高めてくれる進化適応的な戦略であった。科学技術の発達が、人間を取り巻く制約を次第に取り除いてきたが、人間の遺伝子はまだ短時間では急激に変わらないため、こうした環境への適応障害が、現代人が直面する生き辛さの正体ではないか。だからこそ、心の弱さを認識し、心のクセと折り合いを付けながら生きていく必要がある。
    ・自分で手を上げて参加するオプトイン方式では参加率は高まらないが、嫌な人だけが抜けるオプトアウト方式なら参加率は高まる。こうした選択のデフォルトを上手に設定し、より良い方向に行動変容させていくのが「ナッジ(気づき)」。
    ・現実の意思決定と最適な意思決定との間にはかい離が生ずるが、そこにはバイアスと呼ばれる法則的な偏りが存在する。有名なバイアスとしては、人間は遠い将来よりも近い将来の利得を優先させるが、今すぐ手に入る利得を重視してしまい、やめた方が良いと分かっていても目の前の誘惑に負けて悪い習慣を立つことが出来ない「現実性バイアス」がある。もう一つは、人間にはリスクを回避する傾向があるが、100%確実な場合と1%でもリスクがある場合とでは、通常のリスク回避だけでは説明がつかないほど認知に隔たりがあり、その結果わずかなリスクを嫌いチャンスを見逃すことになる「確実性バイアス」がある。この2つのバイアスの結果として、変化を過剰に嫌う「現状維持バイアス」が出てくる。人間は今という瞬間に特別性を感じ、変化から生じるリスクを嫌う。
    ・人間の合理性は限定的であり、選択は選択肢の与えられ方に依存するため、為政者は人間の選択の自由を認めつつも、後悔しない選択肢を選ぶように選択肢の与え方を工夫すべきというのが「ナッジ」。ナッジの例としては、小便器にハエの絵を書くと飛び散りが80%減少する。
    ・現代の主流派の経済学の三本柱は、家計や企業の行動や戦略などを分析する「ミクロ経済学」、一国や世界の財サービス、金融、労働などを分析する「マクロ経済学」、経済データを統計的に分析する「計量経済学」から成り立っている。これらの根底にはホモエコノミカスがある。今後はこれらに加えて、行動経済学、実験経済学、ビックデータ経済学という未来の経済学が生まれてくる。

  • <目次>
    第1章  経済学の中のココロ
    第2章  躍る行動経済学
    第3章  モラルサイエンスの系譜
    第4章  利他性の経済学
    第5章  不確実性と想定外の経済学
    第6章  進化と神経の経済学
    第7章  行動変容とナッジの経済学

    <内容>
    京大経済学部教授の経済学史。行動経済学がどのように生まれ、経済学の系譜の中でどう位置づけられてきたかが書かれている。したがって経済学の教科書として最適かも…

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著者プロフィール

京都大学教授

「2017年 『スマートグリッド・エコノミクス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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