「私」探しゲーム―欲望私民社会論 (ちくま学芸文庫)

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著者 : 上野千鶴子
  • 筑摩書房 (1992年6月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (327ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480080059

「私」探しゲーム―欲望私民社会論 (ちくま学芸文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 1992年刊(初出1980~88年)。著者は東京大学文学部教授。◆①単純な男女二項対立が如何に議論を粗雑にするか。男・女とも収入・教育・仕事・経験・容姿体格体力等、様々な属性において様々な特質を有している。いうなれば、男女だけの二項対立では変な結論、ないし著者の決め付けを不可避にする。この判り易い悪例。②西欧近代と日本近代とはその内実に多大な異質面があるのに、恰も全く同じであるかの如き分析視座の粗雑さ。性・愛・結婚の三位一体というなら中世の状況やC教等宗教の議論に入らざるを得ないが、全く皆無。
    ③悪い意味で、エビデンス軽視の社会学の例。教育社会学につき統計的手法、特に相関関係に関し、要素の重要度の重みづけを検討する重回帰分析等の方法論・説明(苅谷剛彦や志水宏吉らのチーム)を知ると、説明がこんなんで良いのかと言いたくなる程。殊に米国固有事情が措定される「アメリカン・カップルズ」の分析を、何の躊躇も、何の理由付けもなく自分の説明の為に引用する等理解に苦しむ。◆著者ならイスラム文化をどうこき下ろすのか。見てみたい。日本以上に苦しんでいる人々が世界に何億人もの規模で存在していそうですからね。
    ◆加谷珪一著書での「タレント学者」の最たるものか、◆どうでもいいが「ハウスマヌカン」「ナウい」といった、時代を感じさせる用語がちらほら。また「小泉今日子より菊池桃子の方が人気がある」と小泉ファンが聞くと怒髪天になりそうな箇所など、危うい発言も散見。◆逆に「商品論」「百貨店論」等は読める。というより余計な主張をさせず、分析に特化すればまともなものが書けるんだなと。

  • 固有名が多い。
    時流そのものについてや、当時あった出来事について筆者が分析する手法をとっている。
    特に過去の話題ばかりで興味もないことが多く、流し読み。
    そういえば、「個性神話のパラドックス」は高校の教科書に載っていた。これが一番面白かったように思う。
    スピード感がある文体だが、いかんせん、時代を感じてしまうような古臭さがあるのが残念である。

  • [ 内容 ]
    CM、ファッション、不倫、目立ちたがり症候群etc.―同時代のシャーマンたらんとする著者が、いわば「脱近代の波頭」をとらえて、差異化する商品の意味、アイデンティティの変質など、その根底にある時代の変動を浮かびあがらせる。
    卓抜な世紀末ウォッチング。
    その後のトレンドに潜む、新しい時代のうねりを分析した「トレンドごっこ」の章を新たに増補。

    [ 目次 ]
    序 「近代」の野辺送り
    1 ポストモダンの波頭
    2 差別化の商品学
    3 〈私〉探しゲーム
    4 消費社会前史
    5 女たちの欲望
    6 百貨店―都市空間の記号学
    7 大衆社会の変貌
    8 トレンドごっこ

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 上野千鶴子のコラム集。
    今の視点から読むと、なんだか当時流行りの概念を振り回してつまらないことを言っているな、と思ってしまうが、それは上野が当時、皆に先んじて真っ先に我々が迎える時代の特徴を言い当てたためである。

    見せる私から見られる私へ、とか、「わたし」の同一性の崩壊とか、今ではなんだか当たり前に聞こえるが、当時はそれは当たり前ではなかった。60年代の若者の強烈だが画一的な自己主張、70年代の個人化と軽薄短小への傾向を踏まえて、80年代の「自分らしさ」への探索へと――もちろんそれは社会によって規定される「自分らしさ」がなくなったから――向かうのである。それをいち早く見出したという点に、つまり同時代的な意味に、この本の価値は見出されるだろう。

  • 98

    消費社会とそれに翻弄される大衆をクールな視点で見つめた80年代の評論集。「日経トレンディ」連載のエッセイを増補。

  • 懐かしい感じ。

  • 主に80年代に書かれた論文・記事が載っていて、著者が「増補文庫版へのあとがき」でも書いているように、「歴史的資料」として愉しんで読んだ。
    「ヒッピー」や「ディスコ」等、懐かしいというよりも、何それ?の域にある単語が出てくるたびに、自分が生まれる前の日本の姿を必死に想像した。
    どの論稿でもそうだが、やはり私は上野千鶴子の社会へのまなざしとそのもの言いに、どうしても魅かれてしまうのだ。

  • 石原千秋『教養としての大学受験国語』121頁

  • 上野千鶴子が同時代にみた80年代と、大塚英志の80年代論と宮沢章一の80年代論はいったいどういう関係にあるのか…今のところよくわからないのである。正直。

  • 様々な新聞、雑誌に掲載された論文が収録。執筆された年代は1981年から1991年まで、およそ10年の間に書かれた論文。「脱近代」「アイデンティティの解体」といったキーワードの下で展開される論文のトピックは幅広く、私がまだ存在していない時代の背景を想像しながら読み進めるのも非常に面白かった。上野千鶴子という人は、情報をキャッチするのが非常に上手い人だなと、そしてキャッチした情報を自分の中に落とし込み分析し、新たな問いをたてる力が抜群に優れた社会学者だと、驚嘆せずにはいられない。「差別化はほんとうに、どこまでも<他人とちがう>ことへの志向なのだろうか。それには否、と答えなければならない。人々は他の<誰でもない私>であることなぞ、実は望んではいない。<誰でもない私>とは、<何者でもない私>のことに過ぎない。市民社会の個人主義が依拠した<私という絶対>は、大衆社会の相対の海の中にとっくに没してしまっている。」p79

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