ケルト 装飾的思考 (ちくま学芸文庫)

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著者 : 鶴岡真弓
  • 筑摩書房 (1993年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (470ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480080943

ケルト 装飾的思考 (ちくま学芸文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 一体なぜ、アイルランドではキリスト教と古代文化「ケルト」が、幸せな結婚をむかえることができたのだろう。

    元々「ケルト文化」という概念はアイルランドがイギリス支配に抗するため、ヨーロッパ大陸文化の裏源流となる「ガリア」と己の古の部族文化を結び付け、アイデンティティを賦活させた近代の民族運動に依る物が大きい。
    それが最近のDNA研究により、実は「大陸のケルト」と「島のケルト」が血縁的に非常に遠いことが判明しており、「ケルト」というカテゴリがかなりのゆらぎを見せる事態となっている。

    しかし、じゃあすべて幻なのかといえば、なだらかに起伏が続くアイルランドの緑の丘には、渦巻きや組紐の文様を刻んだ無数の石の遺跡が、苔生して相変わらず風に吹かれ、霧雨を浴びているのだ。

    それらの遺跡は古代の土着文化によるものもあるが、多くはキリスト教化後に建てられた修道院などの跡である。
    面白いことに、アイルランドにおいてはキリスト教は土着文化を異教・邪教として排斥しなかった。初期キリスト教は地元のドルイド僧と敵対することなく手を結び、友好的にアイルランドはキリスト教を受け入れていった。各地に修道院を中心とする教化拠点が設けられ、後世に「ケルト十字」と称されるようになる独自の円環十字架が各所に立てられた。
    そして、そこには必ず、土着文化より受け継いだ渦巻・組紐文様の装飾が刻まれたのである。

    それらの紋様は、キリスト教化後にむしろさらに豊かとなり華やかに花開いていったことが、鶴岡真弓先生たちの研究によるこの「ケルト・装飾的思考」に書いてある。読めばそのめくるめく豊かな味わいを知るようになるだろう。本書が書かれたのは「ケルト」再考以前であるが、組紐のように絡まるキリスト教と古文化の様子を装飾研究の場からひも解いた本書の光は、減ずるものではないと思う。


    さてアイルランドの修道院の広がりはやがて、本国を出てスコットランドや北部イングランド、果てはオランダやドイツに至るまでを教化していくことになる。だが9世紀にアイルランドの初期キリスト教系修道院はアイルランドへのヴァイキングの襲来により荒廃し、ベネディクト派修道院の隆盛により歴史の闇に消える。
    その後アイルランドのカソリックは新興プロテスタントとの対立を深め、国内でのプロテスタント虐殺に端を発してイングランド議会軍(清教徒)指揮官のクロムウェルによる大虐殺および征服、植民地化を許し、長年続く深い血みどろの怨恨が生まれていくことになる。
    むべなるかな。
    しかし一方、熱烈なカソリック信仰の傍らで、アイルランドの民衆は20世紀後半に至るも「レプラコーン(妖精)」を奇矯ながら平和な隣人話として、井戸端会議に上らせ続けていたことが民俗研究で分かっている。
    なんと古文化とキリスト教の結婚は、全然絶えていなかったのである。すごい国だ。

    現在のアイルランドは前述通り「ケルト文化」が再考を強いられ、植民地時代以来の貧しさを吹き飛ばした未曽有の「ケルティックタイガー」景気も今や終息して大不況に陥っている。不況が続けばはけ口を求めて怨恨が再びふきだすかもしれず、また「ケルト」アイデンティティのゆらぎがこの国にどのような影響を与えるのかも未知数である。が、自らが携える組紐文様の豊かさは、古文化と初期キリスト教の幸せな宥和からこそ生まれており、アイルランド人はその血を脈々と継いでいるのだ。そのことにアイルランドの人たちが誇りを持ち、精神の豊潤が続くように、と異民族ながら願うばかりである。

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