革命について (ちくま学芸文庫)

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制作 : Hannah Arendt  志水 速雄 
  • 筑摩書房 (1995年6月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (478ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480082145

革命について (ちくま学芸文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 『人間の条件』の続編と言うか、補遺的な内容。『人間の条件』同様、金言に満ちた本だった。

    アメリカ革命とフランス革命を比較し、前者を「成功した革命」、後者を「失敗した革命」と位置付ける。
    アーレントは、自由Freedomと解放Liberationを峻厳に区別した上で、革命の目的は、市民が統治に参加する自由Freedomを構成することとした。フランス革命は解放Liberationにこそ成功したものの、真の自由Freedomを構成するには至らなかった。

    一般的に「革命」というと、暴力的でドラマティックな側面ばかりが注目されがちだが、アーレントに言わせれば、暴力的局面は革命の第1段階に過ぎない。革命の本質は自由の創設=市民による自治の仕組みをつくることにあるのだから、むしろ暴力的局面が終わってからが革命の本題ということになる。アーレントが、一般的な名称である「アメリカ独立戦争」ではなく、あえて「アメリカ革命」と呼ぶ理由もここにある。

    フランス革命の失敗の原因としては、

    ・民衆の貧困という社会問題の解決が主な目的となってしまったこと
    ・市民の幸福を国家統治とは無関係な「私的なもの」であるとみなしてしまったこと
    ・革命後に制定された憲法の正当性が際限なく疑われ、頻繁に改正されたこと
    ・市民の自由な議論の場であった人民協会を弾圧し、ナショナリズムに基づく中央集権的な政治構造を目指したこと

    などが挙げられている。

    アメリカ革命の成功の背景としては、

    ・民衆の貧困という社会問題が存在しなかったこと
    ・市民の統治参加という「公的幸福」をいかに実現するかに重きをおいたこと
    ・憲法を制定した「建国の父」たちに最大の敬意が払われ、憲法が尊重されたこと
    ・連邦制を採用し、草の根(ボトムアップ)的な政治構造を志向したこと

    などが挙げられている。

    しかし、合衆国憲法は代議制を採用し、結局のところ少数の代表者のみに公的空間を与えることとなり、結果として人民は公的事柄に無関心となり、革命精神は失われてしまった。

    政党政治の問題点や、どうすれば憲法が正当性をもつか、といった現代の日本にも通じる論点を本書は提示している。

  • まあ正直言って、意味もわからず読んでいたのですが。興味深い記述はいくつかあった。

    「アメリカ大陸の植民に役立った行為がどんなに罪深く、どんなに獣的であったとしても、それは一人の人間の行為にとどまっていた。そして、このような行為が一般化され考察の対象となったばあいでも、その考察はおそらく、人間の性質には固有の或る獣的な潜在力があるという点にとどまり、組織的集団の政治的行動とか、犯罪と犯罪者によってのみ進みうる歴史的必然という問題にまで発展しなかっただろう」(p138)

    歴史と歴史学の大きな違いのひとつは、歴史学はその時代の固有性を大切にする、ということだと思う。わかりやすくいえば、「豊臣秀吉にみる人身掌握術」とかそういうことをあんまり歴史学は考えないということだ。現代に通じる要素を歴史から抜き出してくるのは、あまりにも恣意的ではないか。すべてのものごとは、その時代の社会(関係やら、意識やら、「何か」)に拘束されざるをえないわけで、むしろ興味深いのはその時代の社会を拘束している「何か」だ。そしてその「何か」を探求することが歴史学の仕事ではないか。今も昔も変わらないなにかを見つけるのは、別に歴史だけでやれる固有のことじゃない。今を基準に昔を見るだけだから、極端な話、誰にだって出来るような気がするのだ。

    「(「エリート」という言葉が一般的に持たされている意味は―引用者注)政治の本質は支配関係であり、主たる政治的情念は支配し統治する情念であるということである。私は、この結論を全く誤っているということをいいたいのである」(p436)
    「問題は、人民全体が参加できるような公的空間、そしてそこからエリートが選択される、というよりはむしろエリートが自分自身を選択することのできるような公的空間が欠如している点にある。いいかえれば、問題は、政治が専門職業やキャリアになっていること、したがって、「エリート」が、それ自身はまったく非政治的な基準にもとづいて選ばれていることにある。本当の意味での政治的な能力の所有者がまれにしか自己を主張しえないのはあらゆる政党制の性格からきている。そして特別に政治的な能力が、徹底したセールスマンシップを要求する政党政治のくだらない策動のなかを生き抜くのは、さらにまれなことである」 (p438〜439)

    政党制の欠陥を弾劾し、「評議会制」の必要を述べるくだり。その是非はともかく、政治を「支配し統治する情念」として理解しないのは実は重要だ。これも1点目と関係しているのだけど、人間に(あるいは動物に)固有の支配欲、権利欲によって政治を説明してしまうことは、その時代固有の政治に特有の歴史性を全て消し去ってしまう恐れがあるからだ。その点は非常な共感を覚える。
    それから、「エリート」への誤解について、この点も多くの示唆を含んでいる。これは公的空間の欠如、という観点から語られているのだけど、実際そうでないのに承認された公的空間で自分に公的性質を持たせるというのは政党制の本質に触れる問題だ。わかりやすくいえば、郵政民営化賛成で自民党に投票したのに、それ以外のこと(増税でも、イラク派兵でも)も自民党が支持を得たことになってしまう、ということだ。
    残念ながらだからといって政党制(あるいは政党政治)にかわるなにかは発明されないと思うので、この制度に沿いながら、矛盾を是正していく営みが必要なんだと思う。

  •  この本でアレントが指摘した政党政治の課題は、たしかに現代の先進国で頻繁に見られる問題になっていると思う。政党の論理で物事が決まり、議会での肝心の議論は形だけになっている(何も物事を決定する力を持たないようになっている)ように見える。統治する者と統治される者が分離してしまい、トップダウンの権威は、選挙で勝ったものに占有されている。
     しかし、アレントが称揚したような、市民の政治参加によるボトムアップの権威を作り出す仕組みは、現実に可能だろうか?日本で考えるとしたら、個々人が自分の食い扶持を稼ぐだけで忙しい状況で、政治参加のための定期的な会議に参加する等は不可能に思える。アメリカ独立革命後の現実の政治においてタウンシップが廃れていったことも、同様の理由によるのではないだろうか。結果的に有閑な人々のみによる貴族統治になってしまうのなら、政党政治の方がまだマシだろう。アレントは政治哲学者なので実際の制度設計について検討することがなかったのは仕方ないが、おそらく実現を検討した時に立ちはだかるような何らかの困難な点が、彼女の理想にはあったのではないかと思う。
     そういった点を置いた上で、全ての人による政治参加を理想として持ち続け、不完全ながらも多くの人の政治参加を助けるような制度を検討するということであれば、とても意義があると思う。そのために本書を心に抱いておきたい。

  • アーレントの政治哲学の主著の一つ。

    読もうとしながら、何回も挫折。が、苦労しながらも、ついに読了。

    この本が気になってから、なんと30年たってしまた。。。

    単純にいうと「アメリカ革命」と「フランス革命」を比較して、「アメリカ革命」は素晴らしくて、「フランス革命」は大失敗という本。というわけで、ものすごく難しいわけではなくて、最初の方は、スラスラ読める。が、だんだんロジックが通らなくなって、ギブアップという展開がこれまで多かった。

    今回も半分くらいまでいったところで、だんだん先に進めなくなったのだが、少々わからないところをそのままにしつつ、なんとか最後まで到達しました。よかった。

    曲がりなりにも今回最後まで行けたのは、「活動的生」を同時並行で読んでいて、そっちの話しとリンクづけながら、読めたからかな。。。この2冊は執筆時期はかなり近くて、相補的な関係にあるね。

    感想はいろいろあるが、まだ十分消化できていないので、「活動的生」を読了したところで(いつのことやら)、まとめて書いてみたい。

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784480082145

  • 名著の名にふさわしい『人間の条件』のハンナ・アレントだが、こちらの本はなかなか読みにくく、すっと入っていけない感じだった。
    主にアメリカ革命(独立戦争)とフランス革命を比較しつつ、「革命」における観念や理念といった諸エネルギーのいきさつを論じる。
    従ってアメリカ独立革命とフランス革命について熟知していないと、よくわからない部分もある。
    「公的幸福」や「権力」についての考察には、考えさせられる部分が大いにあった。

  • アーレントによる、革命の政治的意義を問う洞察。フランス革命とアメリカ革命の比較から出発し、持続する制度創設をなしえたアメリカ革命がフランス革命と違うのはどういうところだったのか。このような問題を設定し革命の実際の進行や当時の中心人物の思想から解答を与えていく。革命の政治的意義を公的自由を発揮する空間の創設に見出すこの研究は、アレント自身の思想を知る上でも興味深いし、革命の歴史的研究としてもなかなか有用である。

  • 革命は創設の行為であるとし、政治的関心のない、ただ自分の幸福、充足だけを求める者を、永遠に満たされない「貧民」「必然性〔貧窮〕」に捕われた者であるとする。そのうえで、そういった「貧民」に捕われたためにフランス革命は失敗し、アメリカも愚衆政治になったとする。アレントは『人間の条件』でも(政治的)活動と言論をしないやつは人間じゃねぇ、と言っているし、確かに言いたい事はわかるのだけど、人間は貪欲で下衆な生き物だし、マンデヴィルが「私悪は公益」とか言ってからはそういう下衆であることを肯定するようになったわけで。

    アレントの理想とするような政治体制は資本主義のなかでは来ないだろう。そもそも民主主義と資本主義は相性が悪い。あと最後のペシミズム、興味深い。

  • ジャスミン革命に触発されて、本棚から引っ張り出して再読。

    いわゆる近代革命と呼ばれるものの代表的なものは、
    ・フランス革命
    ・アメリカ独立戦争
    ・ロシア革命
    である。著者であるハンナ・アレントは、フランス革命を克明に追いながら、この革命は失敗だったと結論付ける。もちろん、ロシア革命も。

    おそらく、この著が発行された1962年という時代を考えると、この論理はかなりの反発を引き起こしたのではないか?

    アレントにとって、革命は「旧制度からの解放」を意味しない。あくまでも革命とは、「自由の新設」なのだ。

    アレントは、人間が容易に公共性を捨て去る様をフランス革命に見たのではないか。「デモクラシー、でも暮らし良くならず」という明治期の狂歌にもあるように、人々は民主化に「自由」よりも「より良い生活、豊かな暮らし」を見る。フランス革命は、パンを求める群衆から始まり、ありとあらゆる欲望がごった返しになる状況を産んだ。

    革命を「自由の創設」と考えるならば、その自由という苗木を植える土台が必要となる。それが公共性なのであり、この公共性を人々が認識する限りにおいて、秩序と自由による共和政体が誕生する。


    縦横に細かな論点が散りばめられており、再読して改めて気付かされることも多かった。

    そして、やはりアレントの文体は晦渋であると思い知った。
    アドルノのように、「明晰に分かり過ぎることは危険なのだ」と言わんばかりだ。だから、面白いのだけれど。

  • 専制に逆戻りしたフランス革命と、豊かさを実現したアメリカ革命(独立)を比較

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革命について (ちくま学芸文庫)の作品紹介

本書でアレントは、主としてアメリカ独立革命とフランス革命の経験を比較・考察し、自由が姿を現わすことのできる公的空間を保障する政治体の創設として前者を評価する。政党制や代表制ではなく、ある社会の全成員が公的問題の参加者となるような新しい統治形態がその時そこで始められたのである。忘れられた革命の最良の精神を20世紀政治の惨状から救い出す反時代的考察。

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