ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)

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制作 : Paul E. Willis  熊沢 誠  山田 潤 
  • 筑摩書房 (1996年9月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (478ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480082961

ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 反学校文化が、一面では階層社会の幻想を鋭く見抜きながらも、一面ではその文化のゆえに既存の階層構造自体を作り変えることができず、結果として構造を維持し強化するように作用しているという分析。
    著者は前半で生徒たちの生の声を丁寧に聴き出し、後半でマクロから見た構造的な分析をしている。これだけ被調査者の懐に飛び込みつつ、冷静な視点を失わない点、さすが研究者ということだろうか。
    時代的に、若干の古さは感じなくもない。現代の「野郎ども」なら、肉体労働でなくサービス業に就く場合も多いだろうし、その場合には職業観も少し異なるだろう。

  • David Bowieの“ALL THE YOUNG DUDES(すべての若き野郎ども)”のように、いわゆる不良文化に深く切り込んだ視点が展開されているのかと思って手に取ったのだけど、全く違ってた。
    そもそも原題を改めて見ると“LEARNING TO LABOUR(労働について学ぶ)”であって、これでわかるようにこの本は「不良文化」を論じたものではない。私と同じ誤解を生じさせないように、これからこの本を読む方へまずこのことを先に伝えておきたい。(ちなみに「野郎ども」を指す原語はDUDEではなく、LAD。)

    これが描かれたのは1970年代のイギリス。
    著者のポール・ウィリスは先に述べたように「反学校文化=不良文化」に注目してこの本を書き始めたというよりも、「学校や権威に徹底的に反発する『野郎ども』が、自ら進んで単純労務労働を職業に選択して社会に組み込まれるのはなぜ?」という点に注目して、そこに同質性や関係性を見出そうとしたのが出発点というほうが正しい。

    著者が展開する「なぜ?」の解明への展開があまりに劇的でもあり、それをレビューでオープンにしたい衝動に駆られるが、ここにズラズラっと書いてしまうのはやはりNG。でもサワリをちょこっと提示してもネタ全体をばらすことにはならないと思うので、少しだけ…

    ①「『野郎ども』は学校で勉強をするのを忌避し馬鹿にしているが、自分たちはパブやケンカなどでの「社会勉強」のほうが重要と考えているのであって、むしろ学校の机での勉強しかしていない奴よりかはよっぽど社会のしくみに長け、人間としては上である」
    ②「勉強とか、先生の言うことばっかり聞くことで、青春という人生の大切な時間が失われるなんて馬鹿げている。青春時代こそ自分のやりたいように生きるべき。」
    ③「確かに生きるにはお金は必要。でも学校で勉強して就職したとしても、生涯で得られる金なんてたかが知れてる。俺らは必要ならばバイトするし、場合によっちゃパクってすませてOKだろ?」
    著者の野郎どもへの周到なインタビューによって、彼らの「理論」が生身の言葉を媒介に、手触り感のある内容で浮かび上がっている。

    さらに著者は、野郎どもの反抗の裏に潜む“裏ルール”も読み取り、法則性を見出そうとする。
    「野郎どもは学校の体制や教師に反発するけど、学校に行くこと自体は否定しない。いや、学校へは仲間に会えることや面白いネタがあることなどにより、むしろ喜んで通ってないか?」
    「単純労務作業は、普通ならばだれでも嫌がる。仕事はキツイのに給料や社会的地位は低い。でも、それをこなせるやつだからこそ、『真の男』と認められるのだと思っていないか?」
    この表と裏の両面を読み解くことで、彼らは社会からはみ出し者として排除されることはなく、逆に肉体労働といった現代人が忌避する労働に「積極的に」参画していく者として、資本主義社会で重宝され貴重化するという不可思議な現象を立証するのである。ユニークで面白い論理展開でしょ?

    しかし、著者が若者文化(不良文化)に肩入れしようとする偏った者でなく、冷徹な目をもった社会学者であることを思い知るのは、野郎どもが自ら肉体労働を「自主的選択」したその後についての記述だ。
    (以下P266からの引用)「かつてはおしなべて…深く考えることなく工場の門をくぐった。そうして今日、明日と働き、いつしか三十年が経ってしまうのである。真の機会をのがしたり、もともと機会を機会と理解できなかったこと、逆に好機到来とばかりに選んだ道がまやかしにすぎなかったこと、こうした苦い思いが、労働者仲間のあいだで工場に入る前の人生についての神話を生みだす。」

    やはり反学校文化を楽観的に見ることはできないということだけど、未熟な選択をした野郎どもにすべての罪を負わせるのは意味がない。かといって学校や社会の制度に矛盾があるとして、それらにすべての原因を求めるのも、近視眼的だ。
    何が悪いとか、誰が間違ってるとか、そんな単純な話でない。
    マルクスによると、人間が社会関係を完全にコントロールする社会の存立が、すなわち人間が歴史を創造できる段階に達したと見なせるということで、現代はまだそこには達していないということだ。
    しかし、この本の読了で、今の私たちはある意味原始人のように、(自分たちが作ったはずの)社会に振り回され、自分のしたいようにしてるように見えて、実は釈迦から見た孫悟空のように、何かに「操られている」という歯噛みするような現実を改めて知らされたという感じだ。

    White people go to school
    Where they teach you how to be thick
    …White riot - I wanna riot
    White riot - a riot of my own (The Clash “WHITE RIOT”)
    学校という“檻”なんかよりもっと巨大なものが取り巻いている。1つ目の檻が見えたからそれを突き破ったら、すぐ外側に次の檻がある…
    「野郎ども」の反抗やあがきを私たちは簡単に笑い飛ばせない。なぜならしょせん同じ穴の貉だから。

  • 「落ちこぼれの少年たちはなぜ、社会的底辺と言われる労働者階級に自ら入り込んでいくのか」

    努力すれば報われる社会なんだから努力しろとは言われるけど、みんながみんな勉強するようになったら誰でもできる単純労働は誰がするんだろうと疑問に思ったことがあります。

    この本を読んで、勉強すればいい仕事(身体的な負担が少なく、高い給料のもらえる仕事)につけるのは分かっているが、権威に屈服して生きるなんてごめんだと考えて自ら労働者階級に入り込む人がいるんだと知りました。

    読後感:文章は難しくないけど、時々論拠や具体例が乏しく理解しづらい主張があり、若干消化不良。

  • 学校への反抗
    労働への順応
    1977年という昔に発行されたもので
    農業従事者から工場労働者への過渡期に起る
    格差差別問題にはじまり現在に至る
    民主主義とは程遠い人権に関する根深い問題を
    浮き彫りにしている

  • 前半部分の事例研究は、訳がこなれていて読みやすく、読み物として楽しめます。ただし後半の分析にかんしては、この本がどのような文脈で(どういった言説に対するアンチテーゼを提示しているのか、どのような点が当時新しい研究であったのか)書かれている本なのかという点にかんして理解がないとやや難解かと思われます。

  • [ 内容 ]
    イギリスの中等学校を卒業し、すぐに就職する労働階級の生徒のなかで、「荒れている」「落ちこぼれ」の少年たち=『野郎ども』。
    彼らのいだく学校・職業観はいかなるものか?
    学校はどのような進路指導をしているのか?
    彼らの形づくる反学校の文化―自律性と創造性の点で、たてまえの文化とはっきり一線を画している独自の文化―を生活誌的な記述によって詳細にたどり、現実を鋭く見抜く洞察力をもちながらも、労働階級の文化が既存の社会体制を再生産してしまう逆説的な仕組みに光をあてる。
    学校教育と労働が複雑に絡み合う結び目を解きほぐす、先駆的な文化批評の試み。

    [ 目次 ]
    序章 「落ちこぼれ」の文化
    第1章 対抗文化の諸相
    第2章 対抗文化の重層構造
    第3章 教室から工場へ
    第4章 洞察の光
    第5章 制約の影
    第6章 イデオロギーの役割
    第7章 文化と再生産の理論のために
    第8章 月曜の朝の憂鬱と希望

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 和図書 367.6/W74
    資料ID 20132005942

  • 「借」(大学の図書館)。

    教育学・社会学の名著。
    改めて読むと、やっぱり名著だなと。
    今でも読むと結構衝撃を受けると思う。
    教育という営みに何かしら思いを抱いている人は一度読むことをオススメする。

  • 君はなぜ一生懸命勉強するのか。「勉強しないと将来が危ない」から?本書は、「勉強しないと将来、いい暮らしが出来ない」とわかっていながら、勉強しない生徒たちが労働者階級の中になぜ出現するのかを追求した本である。経済決定論に拠ったりせず、「荒れた子どもたち」の中に入りその声を聞き取るという手法で彼らの文化を探り当てている。カルチュラル・スタディズの古典であるばかりでなく読み物としてもとても面白い。

    教育学部 M.Y


    越谷OPAC : http://kopac.lib.bunkyo.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=1000255258

  • 階層構造、対抗文化について非常に示唆に富んだ本。

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