書物の出現〈下〉 (ちくま学芸文庫)

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制作 : Lucien Febvre  Henri‐Jean Martin  関根 素子  宮下 志朗  長谷川 輝夫  月村 辰雄 
  • 筑摩書房 (1998年11月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (456ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480084422

書物の出現〈下〉 (ちくま学芸文庫)の感想・レビュー・書評

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  • リュシアン・フェーヴルとアンリ=ジャン・マルタンによる出版史の草分け、下巻です。

    15世紀から18世紀までの書物と社会の関わりを描き出す本書。下巻では以下の様な構成となっています。

    ・印刷術の世界的伝播について(第6章)
    ・書物の取引市場とそのルールについて(第7章)
    ・15-16世紀において印刷技術の誕生が社会にもたらした影響について(第8章)

    本書下巻で改めて理解したのは活版印刷と近世ヨーロッパにおける「文芸共和国」の距離感の近さでした。

    本書の記述を振り返るとそもそも活版印刷を利用したのは「人文主義者」や「プロテスタント」だけではありませんでした。ある意味当たり前の事ですが、活版印刷の技術は設備を用意できるものであれば誰でも利用することができました。
    初期の活版印刷において最も生産された書物は中世以来の宗教書や暦でありましたし、活版印刷のヨーロッパ外への伝播にカトリックの宣教師は大きな役割を果たしています。フランクフルトの大市ではラテン語の著作やカトリック擁護の著作が取引の中心をなしていたことも明らかにされています。さらに王権が宗教改革に批判的なフランスの状況を考慮すればカトリック・ラテン語による出版が本流になっていても不思議ではなかったのではないでしょうか。

    しかし印刷の最大の恩恵を受けることができたのは、「人文主義者」「プロテスタント」の側でした。本書ではその理由として「プロテスタントに対する書籍商の共感」と「プロテスタント書籍の売れ行きの良さ」をあげています。特に後者についてはカトリックに与していた書籍商であってもルターやカルヴァンの書籍を印刷する理由となりました。これは書籍商の人文主義者に対する絶え間ない働きかけの結果ではないかと考えます。中世に描かれた宗教書や典礼書のみならずキケロやウェテルギウスといった古典古代の諸作品をラインナップに加えた段階で書籍商は徐々に教会や修道院から離れて新しい市場への働きかけをしていたことと思います。このため出版業と人文主義者の心情的な結びつきと並んで、書籍市場における宗教界の占める割合の低下も出版業が15-16世紀において宗教改革を支援するような行動をとった原因の一つと考えられるかもしれません。(イエズス会などの反宗教改革勢力が自ら印刷機を持ち、自らの主張を拡散しようとしたことも、出版業が構造的にプロテスタントと近いことの現れかもしれません。)

    また書籍が頻繁に国境を越えて移動していたという事実も注目すべき事実でしょう。活版印刷の揺籃期から印刷職人はその生誕の地ドイツに始まり、ヴェネツィアやパリなどとヨーロッパ全域に広がっていきました。さらに書籍商は市場の広がりを求めて支店や代理店をとおして販売網を欧州各地へ伸ばしていきます。さらにリヨンやフランクフルト、ライプツィヒに開かれた大市によって各国の書籍は交換され国境の外へ流通していくこととなります。
    このような書籍流通網の形成は国境を越えた人文主義者や出版業の連帯を構築することに貢献しました。検閲が行われ出版の自由が制限されていたフランスに向けたプロテスタントに関する書物の出版はフランドル地方やジュネーブ、シュトラスブルクといったプロテスタントに寛容な地域で行われ、書籍の国際物流に乗ってフランス国内に流入することとなります。フランス国内の書籍商は国外の書籍商に禁書の融通を依頼し、それを手に入れたいと考えている顧客を満足させることができました。このような国境にとらわれない書籍の移動はヨーロッパ近世において国境を越えて形成された文芸共和国との相似を連想させます。

    しかし出版業に見られる俗語志向はラテン語を基盤としていた文芸共和国との違いでもあります。確かに国際的な思想交流の舞台においてはにおいてはラテン語は17世紀に至るまで使用されていました。しかし出版の裾野が知識人や宗教界から広がり、新興商人や女性たちまで手中に収めようとするとき、ドイツ語やフランス語といった俗語での出版が求められました。この2つの方向性がはらむ矛盾は後の欧州統合主義と欧州の中でのナショナリズムという2つの方向性がぶつかり合っている現代の源流なのではないかと思います。
    出版業においては30年戦争により書籍の国際流通網が崩壊するに及んで出版業と文芸共和国の協調は一旦終了します。しかし、この出版業と文芸共和国の親和性は18世紀の啓蒙の時代にも見られることからも、文芸共和国の伏流は爾後脈々と続いていくであろうことがわかると思います。

    最後に本書は出版史のみならず文化史や宗教史まで幅広い分野において社会史という新しい視点を与えてくれると思います。長い著作になりますがぜひとも多くの人に読んでもらい、ヨーロッパ社会を知る端緒にしてもらいたいと思います。

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