戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)

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制作 : Dave Grossman  安原 和見 
  • 筑摩書房 (2004年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (509ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480088598

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 群を抜いて興味深い本だった。表題や、カバーイラスト(血痕のような赤い模様が描かれている)のケレン味からあなどってはいけない。中身はかなり真面目で、一般にはよく知られていないリアルな事象を露出してくれる、希有で有益な書物である。
     著者グロスマンは長年軍務についてきた経験豊かな軍人だが、心理学も学び、兵士のカウンセリングもやってきたらしい。その経験から、ここには実際に戦地で兵士が味わってきた体験と心理が、豊富なケースとしてたくさん引用されている。
    戦争と死刑は、合法的・合倫理的に殺人を遂行するための超-正義的な装置である。この異常な状況は、人間にいかなる痕跡を残すのだろうか。
     冒頭の方に記された意表を突く事実は、第二次大戦中の米軍において、陸上の生身同士での戦闘では、実に8割もの兵士が、「実際には相手に発砲できなかった」ということだ。
    思想とか宗教とか抜きにしても、生理的次元で、人間は他者を殺すことに強い抵抗を覚える。たぶんこれはミラーニューロンが関係しているのだろう。
     特に目の前にいる「敵」に対しては容易に殺人を遂行できない。一方、「遠くにいる敵」は比較的殺しやすい。とりわけ、戦車などで遠方を砲撃するのはたやすいらしい。相手の「顔」が見えないからだ。
    しかし第二次大戦で発砲できなかった8割は、ベトナム戦争では逆に、発砲率9割へと転じる。これは「訓練」のたまものである。
     この「訓練」は、「時計仕掛けのオレンジ」後半の洗脳技術とは正反対に、敵兵を非人間的なものと見なし、反射的に発砲する習慣を身につけることで、実地の暴力を可能にするというようなものだ。また、仲間集団と共に戦闘することで、兵士はある種の「匿名性」に包まれるので、殺人(あるいは残虐行為!)が容易になる。これは「条件付け」と呼ばれるが、パブロフの犬とおなじ仕組みである。兵士はパブロフの犬のように条件付けられ、戦地に送りこまれたわけだ。
     ベトナム戦争では米兵は訓練の成果を発揮し、大量の殺人に成功する。しかしベトナムの特殊な状況から、民間人、とりわけ武装していない女性や子どもをも殺さざるをえないことになってしまう。
     訓練したとはいえ、現実に殺人をおこなうことは、人間に特異な反応をもたらす。はじめは「多幸感」につつまれる場合もあるが、ごく少数の「異常者」を除いて、多くの者は事後に激しい後悔に襲われる。結果、ベトナム戦争の帰還兵の多くがPTSDに苦しむはめになるが、おまけに、帰還した兵を当時のアメリカ国民は「嬰児殺し」などと批判し、冷遇した。これでは帰還兵がみんな精神疾患におちいっても当然である。
     現在の戦争はむしろ夜に戦闘が行われるという。兵士は赤外線スコープのようなものを装着して闘う。これにより、敵は「人間らしく」見えないので、ビデオゲームを楽しむかのように相手を殺戮できるのだという。「殺人を容易にする」ためのテクノロジーは、このようにどんどん進歩しているようだ。
     そして、反射的に殺人を遂行するための訓練設備と同様のものが、いまやゲームセンターにも存在するし、テレビ番組や映画をとおして、「殺人を容易にする」ための心理的条件付けが、ひろく若い世代にほどこされている、と著者は指摘している。

     実際の「戦場」が映画とはいかに異なるかということを知り、現実の「殺人」とは何か、他者と殺し合う人間とは何か、戦争とは何か、といった根源的な問いをなげかけてくれる本書は、最大限に興味深い。これは戦争や殺人について知りたい多くの人が、できるだけ読んでおいたほうが良い書物である。

  • 第二次世界大戦時、8割の兵士は敵兵を殺すことができなかった。敵を目の前にして、手には装填された銃があるにも関わらず。
    わたしは、なんとなく、戦争に行った兵士はふつうに敵兵を殺しているものだと思っていた。日本兵もアメリカ兵もどこの国の兵士も変わらず。もちろん、葛藤や思うところはいろいろあると思うけど、殺すのは殺していると思っていたのだ。でもどうやら違うらしい。
    人間の中にある、同種である人間を殺すことへの抵抗感。それが、この本のテーマだった。
    目から鱗というか、自分の思い込みってあるんだなと気付かされたというか。いい本と出会えた。
    チチカカコ文庫フェアで買った教養書のうちの一冊。よかった。

  • 第二次大戦時の兵士は15~20%しか実際に発砲しなかった。他の戦争におけるデータによれば、発砲されたとしてもその命中率たるや100あるいは200分の1程度にしか過ぎず、わざと弾を外していた可能性が高いという。
    戦争へ行ったことがない人々は、戦争に行ったらごく普通に人間を撃つものだと思っている。撃たねば自分や仲間がやられるから相手を撃つのだと。考えてみれば何の根拠もないそれらの推論を、本書は実際のデータに基づいて否定する。人間は根源的に人間を殺すことに強い抵抗感があるのだと作者は主張する。

    兵士の発砲率はベトナム戦争になると急に90%まで跳ね上がる。作者はその理由を「条件づけ」と「プログラミング」という要素と、それを用いた訓練によって説明している。
    ゲームやハリウッド映画が人間の攻撃性を高めるという話は時たま耳にする。今まではPTAが騒いでるくらいにしか思わなかったが、本書を読むとそれが決して眉唾な話ではないことがわかる。

    「どのように人を殺すか」という問いは、すなわち「どのように人殺しの抵抗感を和らげるか」というのとイコールである。
    キーワードは「反射」「機械の介在」「距離の問題」。
    「ニンテンドー・ウォー」という言葉をはじめて知った。暗視ゴーグルの映像を通して敵を撃つことで、人殺しへの抵抗感を飛躍的に和らげることができる。
    科学技術の進歩により、文字どおり「ゲームのような戦争」が可能になった。

    この本が書かれた当時よりも「ゲームのような戦争」はますます加速し、洗練すらされているのが今の現状だ。
    イラクやアフガニスタンの上空にはリーパーやプレデターといった無人軍用機が飛行する。
    米軍は戦場から1万2000キロも離れたアメリカ本土から無人軍用機を操り、パソコンの画面を通してミサイルを発射、敵兵を爆撃する。
    Youtubeでは米兵が爆撃する時に見ている映像と同じものを閲覧することができる。

    「人間は根源的に人間を殺さない」という点は確かに目新しい。がしかし「なぜ人を殺せないのか」という内容はしばしば退屈である。
    これは思うに、上記のことをいったんのみ込んでしまえば、「トラウマ」をキーワードにしてある程度は想像がついてしまうせいだろう。
    あとがきにもあるように、『不気味なのはその「わかりやすさ」だ』。
    戦争という人間にとって最大のトラウマを語るうえで、この「わかりやすさ」がグロッキーを生み出している原因のようである。

    とは言うものの、戦争を身近に感じたことのない人間にとっては戦争を立体的にイメージするうえでとても示唆に富んだ本であることには変わりない。

    <memo>
    自らを危険に晒してまで、負傷した兵士の介抱や弾薬の補充といった「人を撃たない仕事」に率先してまわろうとする兵士が実は多い。
    第一次対戦中には前線の兵士たちが互いによく知りあうようになったために、なんども非公式な停戦状態が発生した。
    戦争において、ティーンエイジャーは驚くほど利用価値が高い……その罪深さ。

    ブラジル帰還兵にアメリカ国家のした仕打ちを読んでいて、以下の言葉を思い出した。

    >国家はすべての冷酷な怪物のうち、もっとも冷酷なものとおもはれる。それは冷たい顔で欺く。欺瞞は、その口から這ひ出る。「我国家は民衆である」と。
    ニーチェ『ツアラトウストラはかく語る』

    国家のために孤独のなか闘った帰還兵に対してアメリカ国民がとった行動は「反戦」の流れがあったにせよあまりに残酷だ。
    ベトナム帰還兵のPTSDは50万とも150万とも言われている。
    ジョン・レノン。僕は思った。ジョン・レノンを悪く言うやつはいないが、何にだって光と闇があるはずだろう。
    そしてジョン・レノンが反戦を強く訴えるたびに、罪悪感に苛まれた帰還兵はたしかに存在したのじゃなかろうか?

    この本を読んだら考えてみることにしよう。「戦争になったら自分はどのように行動するだろうか?」と

  • 第二次世界大戦までは15〜20%の兵士しか敵に向かって発砲していなかったのに、ベトナム戦争では90%以上が発砲するようになっていた。

    殺人そのものの残虐性に拒否反応を示す。

    ー物理的な距離と心理的な距離
    ー集団免責
    ー権威者の要求
    ー殺人の適切性と利益

  • 「科学に佇む一行読書心」で紹介されていた。ベトナム戦争のアメリカ兵がとても若かったというところが抜粋されていた

  • 人間には殺人への強い抵抗感があり、兵士として強要されることはPTSDを引き起こすが、距離や武器など間接的になるほど後悔や自責は減る。大戦の発砲率約2割が、ベトナム戦争では脱感作と条件付けで約95%になったが、帰還後の社会に悪影響をもたらした。

    殺人をテーマにした本やドラマの見方に、目から鱗でした。人間心理の研究や実験・実施の最先端がアメリカにあるのだと思いました。回復プログラムもですが。

  • 目から鱗の一冊。
    実際の戦場は、兵士同士が機械のように殺し合いを繰り広げている冷淡なものではない。同じ人間を殺したくないという葛藤がある。第一次大戦では銃は音による威嚇と銃座による打撃に使われていた。一方、軍指導部は訓練に人型の標的を用いたり特有の連帯感を持たせることでこの課題を克服した。(事実、第二次大戦まで兵士の発砲率が2割以下であったが、湾岸戦争では9割まで上昇した。)

    ベトナム戦争で多発したPTSDへの考察も鋭い。第二次大戦時の帰還は船舶輸送が主流で、戦場から社会生活に戻るまで長い助走期間を持つことができ、戦争体験を共有することでトラウマを消化できたのだ。一方ベトナムでは兵隊たちは飛行機で輸送され、短期間で気持ちの整理がつかないまま社会復帰を強いられ心を病んでしまった。

    最終章では、現代の暴力的な映画やゲームが殺人への抵抗感を薄めていて犯罪に繋がっているという指摘しているが、強引で説得力に欠ける。


    戦争をすることで莫大な経済的コストが発生するのは当然だが、それ以上に目に見えない心理的コストが発生すると知らされた。前線の兵士は特にその負担が大きく、戦争が正しかったかどうかの判断はさておき、社会は彼らを肯定する必要がある。戦争をするとはどんな意味を持っているのか、その責任は兵士だけでなく彼らを送り出す側にもあることを痛感させてくれた良書。

  • 第二次世界大戦までは、兵士の発砲率は15~20%程度だった。殺人が正当化されている戦争であっても、人を殺すことを抑制する傾向にあったのだ。
    それでも戦場では殺人が行われる。殺人を可能ならしめる要因はいくつもある。物理的距離、権威者や集団からの要求、犠牲者が殺害されるための条件などだ。
    近代の軍隊は「脱感作」と「条件付け」を行い、兵士の殺傷能力を飛躍的に高めた。ベトナム戦争における米兵の発砲率は、90%にまで向上した。
    しかし殺人への抵抗を低めたところで、戦場及び殺人によって受けるストレスが無くなるということではない。戦場で傷ついた兵士を癒すのは社会だ。パレード、勲章の授与、家族や親戚、国民が兵士を誇りにすることなどだ。社会がこうした支援怠ったとき、帰還兵がPTSDを患う危険が高まる。
    「脱感作」と「条件付け」は、もはや兵士だけに行われている行為ではない。ゲームや映画などメディアによる「脱感作」がティーンエイジャーに深刻な影響を及ぼしている。

    戦場で兵士に何が起こっているのか?ということについて分り易く知ることができた。
    過去の研究や兵士たちの証言を多数引用しているため、数字や実体験による説得感がある。
    一方で、最終部のメディアと犯罪の関係は論拠が薄弱なように感じた。

  • 著者は元米国陸軍将校。

    人は本能的に人殺しを避ける。これは南北戦争や第一次世界大戦の研究から米国が学んだこと。ごく一部の例外を除き(例えばもともと猟奇的に殺人を楽しむ性癖とか)、たとえ戦場であっても、同類たる人類に銃を向けることへの抵抗感は大きい。むしろ殺されるかもしれない恐怖の方が、殺人を強制されるプレッシャーよりも軽いという。
    ではいかにして兵士を敵に向けて発砲させるか、それが長年にわたる軍の課題であった。そして理性が働く前に銃を撃つ、その訓練を極めることにより飛躍的に兵士の発砲率は高まった。
    しかし、殺人を犯した後の精神的ダメージの問題は残る。ベトナム戦争以降、多くの若い兵士達がPTSDに悩み、社会的にも貴重な人材の損失であることが分かって来た。
    ひるがえって、今の(米国の)子供たちが置かれている状況はどうか?いかに殺人技術を上げるか、長年軍が研究を重ねたプログラムを応用したゲームで遊んでいる。そしてよりリアルで残虐な映像を楽むようになった。我々は一体、自国の子供達に何をしているのか。

  • 本来、人間には、同類を殺すことには強烈な抵抗感がある。それを、兵士として、人間を殺す場としての戦場に送りだすとはどういうことなのか。どのように、殺人に慣れされていくことができるのか。そのためにはいかなる心身の訓練が必要になるのか。心理学者にして歴史学者、そして軍人でもあった著者が、戦場というリアルな現場の視線から人間の暗部をえぐり、兵士の立場から答える。

    第1部 殺人と抵抗感の存在―セックスを学ぶ童貞の世界
    第2部 殺人と戦闘の心的外傷―精神的戦闘犠牲者に見る殺人の影響
    第3部 殺人と物理的距離―遠くからは友だちに見えない
    第4部 殺人の解剖学―全要因の考察
    第5部 殺人と残虐行為―ここに栄光はない。徳もない
    第6部 殺人の反応段階―殺人をどう感じるか
    第7部 ベトナムでの殺人―アメリカは兵士たちになにをしたのか
    第8部 アメリカでの殺人―アメリカは子供たちになにをしているのか

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戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)の作品紹介

本来、人間には、同類を殺すことには強烈な抵抗感がある。それを、兵士として、人間を殺す場としての戦場に送りだすとはどういうことなのか。どのように、殺人に慣れされていくことができるのか。そのためにはいかなる心身の訓練が必要になるのか。心理学者にして歴史学者、そして軍人でもあった著者が、戦場というリアルな現場の視線から人間の暗部をえぐり、兵士の立場から答える。米国ウエスト・ポイント陸軍士官学校や同空軍軍士官学校の教科書として使用されている戦慄の研究書。

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)はこんな本です

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