戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)

  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480088598

感想・レビュー・書評

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  • 群を抜いて興味深い本だった。表題や、カバーイラスト(血痕のような赤い模様が描かれている)のケレン味からあなどってはいけない。中身はかなり真面目で、一般にはよく知られていないリアルな事象を露出してくれる、希有で有益な書物である。
     著者グロスマンは長年軍務についてきた経験豊かな軍人だが、心理学も学び、兵士のカウンセリングもやってきたらしい。その経験から、ここには実際に戦地で兵士が味わってきた体験と心理が、豊富なケースとしてたくさん引用されている。
    戦争と死刑は、合法的・合倫理的に殺人を遂行するための超-正義的な装置である。この異常な状況は、人間にいかなる痕跡を残すのだろうか。
     冒頭の方に記された意表を突く事実は、第二次大戦中の米軍において、陸上の生身同士での戦闘では、実に8割もの兵士が、「実際には相手に発砲できなかった」ということだ。
    思想とか宗教とか抜きにしても、生理的次元で、人間は他者を殺すことに強い抵抗を覚える。たぶんこれはミラーニューロンが関係しているのだろう。
     特に目の前にいる「敵」に対しては容易に殺人を遂行できない。一方、「遠くにいる敵」は比較的殺しやすい。とりわけ、戦車などで遠方を砲撃するのはたやすいらしい。相手の「顔」が見えないからだ。
    しかし第二次大戦で発砲できなかった8割は、ベトナム戦争では逆に、発砲率9割へと転じる。これは「訓練」のたまものである。
     この「訓練」は、「時計仕掛けのオレンジ」後半の洗脳技術とは正反対に、敵兵を非人間的なものと見なし、反射的に発砲する習慣を身につけることで、実地の暴力を可能にするというようなものだ。また、仲間集団と共に戦闘することで、兵士はある種の「匿名性」に包まれるので、殺人(あるいは残虐行為!)が容易になる。これは「条件付け」と呼ばれるが、パブロフの犬とおなじ仕組みである。兵士はパブロフの犬のように条件付けられ、戦地に送りこまれたわけだ。
     ベトナム戦争では米兵は訓練の成果を発揮し、大量の殺人に成功する。しかしベトナムの特殊な状況から、民間人、とりわけ武装していない女性や子どもをも殺さざるをえないことになってしまう。
     訓練したとはいえ、現実に殺人をおこなうことは、人間に特異な反応をもたらす。はじめは「多幸感」につつまれる場合もあるが、ごく少数の「異常者」を除いて、多くの者は事後に激しい後悔に襲われる。結果、ベトナム戦争の帰還兵の多くがPTSDに苦しむはめになるが、おまけに、帰還した兵を当時のアメリカ国民は「嬰児殺し」などと批判し、冷遇した。これでは帰還兵がみんな精神疾患におちいっても当然である。
     現在の戦争はむしろ夜に戦闘が行われるという。兵士は赤外線スコープのようなものを装着して闘う。これにより、敵は「人間らしく」見えないので、ビデオゲームを楽しむかのように相手を殺戮できるのだという。「殺人を容易にする」ためのテクノロジーは、このようにどんどん進歩しているようだ。
     そして、反射的に殺人を遂行するための訓練設備と同様のものが、いまやゲームセンターにも存在するし、テレビ番組や映画をとおして、「殺人を容易にする」ための心理的条件付けが、ひろく若い世代にほどこされている、と著者は指摘している。

     実際の「戦場」が映画とはいかに異なるかということを知り、現実の「殺人」とは何か、他者と殺し合う人間とは何か、戦争とは何か、といった根源的な問いをなげかけてくれる本書は、最大限に興味深い。これは戦争や殺人について知りたい多くの人が、できるだけ読んでおいたほうが良い書物である。

  • 時代や民族の違いを問わず、戦士は人殺しを避ける。という事実を、もと兵士の経験談や内外のデータをもとにして証明する。その大前提から論考は始まり、それでも兵士が人殺しをするにあたって抵抗が少なくなる場合を分析していく。

    物理的距離、心理的距離が離れた場合がそれであり、心理的距離を生じさせる方策として、憎悪・倫理に訴えるプロパガンダの有効性を検証している。

    また、ベトナム戦争で非射撃率(敵を前にして銃を撃たない割合)が劇的に低下した策として、シミュレーションによる殺人感作の低下を挙げている。
    この策は、兵士のPTSD発症を遅めるだけだという指摘をしつつ、現代のメディアに溢れる暴力行為が、若者の暴力感作を下げていることに警鐘を鳴らしている。

    戦争の質の変化が、兵隊に及ぼす影響は大きく、当然それは国家にとっても看過できない重大事だと論ずる。

    殺せない兵隊、という視点が革新的。
    殺せない人間に殺しをさせる国家施策が戦争。有史以来、兵士のトラウマ回避術は様々あったが、現代戦はメディアの発達や大量破壊兵器の影響もあり、戦争の質が変化している。それに対して人間は変化できない、という現実をまざまざと見せつけられる。

    戦争について考える上で、ひとつ違った視座を得た気持ち。

  • 人が人を殺すことの心理的抵抗感は極めて大きく、戦場において実際に発砲して敵兵を殺す(殺そうとする)兵隊はごく一部(第二次大戦時に20%)にすぎない。
    その率を上げるためにオペラント条件付けを活用したトレーニングで兵を強化して戦場に送り込むと、ベトナム戦争では90%を超えるようになったという。
    しかし、人が人を殺すことの心理的抵抗感を緩和するような対策がなされずにこれを実現したことが(アメリカ本国での反戦運動の高まりなどの影響もあるが)、PTSDの多発に結びついたと。

    ホロコーストでさえ「無意味な虐殺」といったレッテル貼りをよしとせず、虐殺にもそれに内在する論理があるとして分析の対象にする。

    プラグマティズムの国はさすがに違う。
    直視しづらい事象に分析の目を向けて、改善(といえるのかどうか)してしまう。

    日本人(個人ではなく総体として)にこういうことができるのだろうか?
    たとえば自衛隊員が戦闘で人を殺すことになった場合の心理的な影響について議論することができるのだろうか?
    自衛隊の内部で研究はしているのだろうけど、それを国民的な議論に発展させられるのだろうか?

    「太陽にほえろ!」で、初めて犯人を射殺したマカロニ刑事が号泣しながら許しを請う回があった。
    私自身は子供だったせいもあるけどピンとこなかった。
    しかし、1970年代初頭という、第二次世界大戦の記憶が残っている世代が多かった時代には共感する人が多かったのかもしれない。
    そして、現在において、ああいう表現がメジャーなドラマでなされうるのだろうか?

  • 第二次世界大戦時、8割の兵士は敵兵を殺すことができなかった。敵を目の前にして、手には装填された銃があるにも関わらず。
    わたしは、なんとなく、戦争に行った兵士はふつうに敵兵を殺しているものだと思っていた。日本兵もアメリカ兵もどこの国の兵士も変わらず。もちろん、葛藤や思うところはいろいろあると思うけど、殺すのは殺していると思っていたのだ。でもどうやら違うらしい。
    人間の中にある、同種である人間を殺すことへの抵抗感。それが、この本のテーマだった。
    目から鱗というか、自分の思い込みってあるんだなと気付かされたというか。いい本と出会えた。
    チチカカコ文庫フェアで買った教養書のうちの一冊。よかった。

  • 返却期限で全部は読めてないけど印象的な文がいくつかあった。

  • 実際に戦場を経験したことがない人間からしたら信じられないような事実が多く、最初から最後まで飽きることなく読めた。最後の章の筆者の主張は賛否両論だろうが、戦闘における兵士の心理状況の分析は多数の資料や実験を元にしているため説得力がある。
    「平均的な人間には同類たる人間を殺すことへの抵抗感が存在する」という当たり前なのに、戦争において全く考慮されてない事実を前提に話が進んでいく。
    「なぜ兵士は人を殺せないのか」をインタビューや記録をもとに解明したあと、その抵抗感を克服させるための心理プロセスや実際に軍で行われる訓練の紹介がある。そのため、その心理プロセスや訓練の理由が分かりやすかった。その訓練の代償としてのPTSDにも触れられており、この本を読んだ後にPTSD関連の書籍を読めばより理解が深められると思う。

  • 戦場に行ったことがない我々には想像する事しかできない「戦場の兵士の心理」を、兵士のインタビューと古今東西の戦闘記録から客観的に知る事が出来る良書。
    なぜ軍隊の訓練は厳しいのか、兵士はなぜ戦場の話をしないのか、なぜ原爆は戦争を止めたと彼らは賞賛するのか。といった疑問が解ける。またブラック労働環境に従事する現代人のストレスにも当てはまる所が多い。
    戦争ものやアクション映画、特に「虐殺器官」や「進撃の巨人」の対人戦闘を行うあたりの事を思い起こしながら読んだ。 創作する人には特に読んでほしい。

  • 含蓄に満ちた良書。博覧強記という言葉が真っ先に頭に浮かんだ。理性的な文章にどこか生身の暖かさを感じる。

    自らも一兵士であり、軍事史と心理学への造詣深い著者の知恵と知性、膨大な知識量、冴え渡る分析力、飛躍のない論理展開、それでいて文学的な薫り高い文体に圧倒される。
    戦場の兵士やベトナム戦争への対処にとどまらず、社会全体はどうあるべきか、それぞれの国家はどうあるべきかという普遍的な問題への回答、そして同類殺しに原来強烈な忌避感を覚える人間の希望も描き出した力作。
    この人材を生み、惜しみなく研究に必要な情報を与え、この大作を書かせたアメリカに覇権国家の凄みを感じる。

    訳者あとがきにもあるように、戦後日本の癒されぬ傷にも重要な視点を与えてくれるし、メディアの表現や今なお様々な地域で続く紛争に対して思考停止することがないよう導いてくれる名作だと思う。

  • 人は人を殺せない。

  • 読了。良い本であった。20年以上前にアメリカで出版され、日本で翻訳され、さらに文庫本なのなっていた。2013年13刷とあった。奥さんが古本市で買った本。積読状態でやっと読めた。人は人を殺せないことがわかって、明るい気持ちになる。誰も、人を殺して平気で過ごせるほど強くないことがわかった。

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