夜這いの民俗学・夜這いの性愛論

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著者 : 赤松啓介
  • 筑摩書房 (2004年6月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (326ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480088642

夜這いの民俗学・夜這いの性愛論の感想・レビュー・書評

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  •  ムラの性風俗、「夜這い」については宮本常一の『忘れられた日本人』にも印象的に記録されていたが、赤松啓介のこの本はもっと徹底している。
     乱交と言うほかはないような、相手を問わず、愛だのなんだのという暇さえない性の営みが、共同体を支える実体として、執拗にえがかれていく。かなりむき出しの、赤裸々なエロスの横溢である。この「性」エネルギーは凄い。半端でない。まじめな一昔前のヨーロッパ人がこの本を読んだら、
    「日本人はついこないだまで破廉恥な性の野蛮人だった! Oh, my god!」
    と絶叫するだろう。ジョルジュ・バタイユも村上龍も、この本に比べたら可愛いものだ。奔出するエネルギーの凄まじさにかけては、ガルシア=マルケスも太刀打ちできない。
     そういうわけで、民俗学に興味のある人だけでなく、少しでも(ちょっとした興味本位でも)性民俗に関心がある人には、一読をおすすめする。
     著者はムラやマチ(の場末)におけるこれらの性風俗を、自身の体験として語っている。が、どこのムラの風俗を語っているのか時折わからなくなる。彼は柳田国男がかなり嫌いらしく、柳田国男(派)のお行儀のよい学問性に対し、ちょっと言い過ぎでないの、と思われるくらいに罵声を浴びせる。著者の語り自体がしばしば地口に近づき、一般的な「民俗学」のイメージからはみ出すような「庶民性」をむき出しにする。
     この「庶民」の哄笑、叫び、ざわめきの渦は読んでいてとても魅力的だ。その一方であまりにも柳田を責めすぎ、アカデミズムに唾を吐くチンピラめいたところも、本書にはある。
     いずれにしても、この本に圧倒的迫力で描出されたような風俗は、もはや日本国内のどのムラにもないだろう。著者はそれは文部省の政策によるものというより、戦後に社会がいったん解体し、ムラが消滅したことによる、と指摘している。
     教育をああしろだのこうしろだの、思い上がった政治家やアタマの悪いデマゴーグはずいぶん安易に叫ぶが、現在は空前の規模で世界を覆っているメディアが、民衆を「教育」しているのであり、それはかつての「共同体」の力が、「情報」と化して社会を支配し直しているのだという事実を告げている。われわれの時代の「民俗」もまた、やがて解き明かされるだろう。

  • 現代日本からは想像できない、びっくり日本史でした。
    昔は性に対してオープンで、みんなわりとやりたい放題だったんだなあ、と。
    読後最も強く感じたのは、この時代に生まれなくてよかったということと、この人柳田國男が嫌いなんだなということでした。
    柳田批判をしつこく書いていて、笑えました。
    また、単なる聞き取りではなく、自ら実践したもんね、と言い切る辺り、ある意味すごい人だと感じました。
    後半の商家の序列や仕組みについては興味深く読むことができました。

  • 現代の性愛倫理観というのが、いかに近代的・人工的産物であったかを痛感する。童貞必読の書。上野千鶴子の解説も良い。

  • 確かにそういった話はなかなか聞けるものではないからこそ貴重な話だというのは分かるが、あの頃はよかったといった論調で柳田国男を始め多くの人物をdisっているのはいただけないし、読んでいて不愉快。
    これではただの上から目線の老害。

    ただ一つ分かったのは、昔の日本の村がよく言えば性に寛容、悪く言えば権利も人権もへったくれもない状態だったということ。
    筆者からすれば現代の私たちも教育勅語に汚染された人々(作中の表現より)と大して変わらないつまらない人物のように思うのかもしれないが、それでも襲われた襲ったのような話を楽しげに語るのを当然と思っている人と同じ時代に生まれなくてよかったと思った。

    男尊女卑的な考え方に基づいて考えているような気がするし、万年発情期というか生涯発情期ということが当たり前という考え方が気持ち悪い。
    それに、「保健の授業で習うばかりで実践しないなんてかわいそう(本文より意訳)」だなんて余計なお世話。

    貴重な経験談だとは思うが、文化として調べる対象としてはあまりにも下品すぎて遠慮したい。
    わざわざ民族“学”として調べるようなものでもないし、独断と偏見に基づいたものが多すぎる。
    これほどにも読むのが苦痛だった作品は中々ないと思う。
    二冊を一冊にした都合とはいえ、同じ部分を何度も読まされるのにはイラついた。

    個人的にそういった知識に乏しいために、四分の三くらい何言ってるかよく分からなかった。

    ただ、自分の地元の祭も祖母曰く乱交状態の祭りだったものが現代では普通の祭となったものもあり、資料をあさって調べても出てこないことを鑑みると、筆者の言い分も分からなくはない。

    作中の主題とは逸れるが、奉公人が本名ではなく仮名?のようなものを名乗っていたというのは千と千尋の神隠しのようで興味深かった。

    個人的には解説者も散々作中でdisられていたのが面白かった。

  • 夜這い文化に対する善悪は別として、少子化対策の根本を感じたという考えは果たして不謹慎だろうか?

  •  昔の農村は男女ともセックスしまくりの時代だったという著者の聞き取り調査+体験の話。刺激的でおもしろい。爆笑しながら読んでいた。

  • 夜這いということが現実のものとして、ムラでは、わりと近年まで(昭和に入っても)行われていたという事実は、別の本で読んで知っていた。今回、「セックスレス亡国論」を読んで、本書の紹介があったので著者の本を初めて読んでみた。同じ話が何度も、しかも数ページおくだけで登場するのは、ちょっとどうかと思うけど、しかしまあ、こんなことがあったとは。放送禁止用語もいっぱいで、ここではくわしく説明しないけれど、とにかく、今からすると恐ろしく性的には解放されていたようだ。誰の子どもだかわからないような子を産んでもいる。イエがどうだとか、あるいは遺伝子がどうだとか、なんだか、そんなことはとってもちっぽけなことのように感じられる。しかし、今でも性に目覚める、12,3歳の男の子が、人妻や未亡人に性の手ほどきを受ける。うらやましいんだか、なんだかなあ。さて、本書を読んでいると、大正から昭和初期にかけての話が主なわけだけれど、経済格差なんていうのは、今とは全く比べものにならないほど、ひどいものだったと言えよう。まあ、時代が変わってしまったと言えばそれまでだけど、貧しいのは貧しいなりに楽しい人生を送っていたのだろう。

  • いやぁ面白いわ。小説ではなく事実。それも昔の話じゃない。ヤノマミかと思ったわー。このくらい大らかだと性犯罪もないかもね。がしかし自分ならいいが(いいのか)娘を差し出すのはヤですね。やっぱり。
    ブログにまたもや感想文(長い)書いた。
    http://zazamusi.blog103.fc2.com/blog-entry-992.html

  • 読後、自分にかかっていたバイアスを強く感じました。
    夜這いや雑魚寝(乱交)万歳!とはなりませんが、それでも現在の歪んだ性分化よりましな点が多くあるのも事実のようです。
    それは市井の人々の生活全体においても、同じ事が言えると思います。

    著者の弱者や隠された空間に向けて照射する暖かな眼差しにとても好感を持ちました。それにしても、赤松さんはよっぽど柳田國男が嫌いなんですね。

  • 同じ描写(特に本人のお気に入りかと思われる箇所)がひとつにつき3回くらいは出てきますが、これは中年以降の男性によくある、自分の好きな性癖だとかシチュエーションを回想して話す、その事自体が本人の快感になっており、知らず知らずに何度も話してしまう、それである。おじいちゃんの戦争の話やと思って、しばし聞くべし。
    読み価値のある本であった。大変面白い。日本のムラ、気になる。

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