不完全性定理: 数学的体系のあゆみ (ちくま学芸文庫 ノ 4-1 Math&Science)
- 筑摩書房 (2006年5月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (295ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480089885
作品紹介・あらすじ
ゲーデルが25歳で出版した「不完全性定理」(1931)は、当時の数学界の巨匠ヒルベルトが提唱した「形式主義によって超数学を展開しようという計画」に対して、原理的な限界を示す衝撃的な証明だった。それは数学のみならず哲学・思想界にも、「人間の知性のある限界が示された」と大きな波紋をもたらした。ゲーデルはいったい何を明らかにし、どのような新しい道を示したのか。この記念碑的業績にいたる数学の歴史的な歩みをたどりながら、難解といわれるその結果の意味をていねいに解りやすく解説する。『ゲーデル、エッシャー、バッハ』の訳者ならではの、ユーモアをまじえたゲーデルへの超入門書。
感想・レビュー・書評
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記録
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系推薦図書 総合教育院
【配架場所】 図・3F文庫新書 ちくま学芸文庫
【OPACへのリンク】
https://opac.lib.tut.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=129071 -
後半少し速歩すぎるかな。
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1155円購入2010-10-22
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【要約】
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【ノート】
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無矛盾とは、命題Mと、命題!M(!MはとMの逆命題)が同時に真とならないこと。完全とは、すべての命題が証明(正しいか否かは別として)できること。不完全性定理とは、「無矛盾な公理系は、不完全である」ということ。この定理は、理性の限界を示すような危険な事実である。私は大学で数学を専攻したので、当然この定理は知っていたが、この定理が発見された経緯等の歴史的事実は全く知らなかった。この本を読んで、発見経緯や、発見者であるゲーデルまでの数学者の系が分かりほんとに面白かった。ところで、この辺りの仕事ですばらしい貢献した数学者は、カントールと、ゲーデルであるといってよいと思うが、彼らは晩年精神を病んでしまった。純粋な論理追求は精神を破壊することなのであると思う。ですので、この本を読んで数学に目覚めた数学者の卵へ、「間違っても、基礎数学論には足を踏み入れないこと!」。
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『数理論理学の基礎・基本』とは対照的な本。この本では不完全性定理を題材にして、ギリシャ数学の証明から集合論、論理学の基礎をとてもていねいに易しくたどってくれる。本の大半はそうした基礎的なことの解説で、最後にそこまで理解した人だったらきちんとわかる形で簡潔に不完全性定理とはどういうものかが書かれている。
その”本の大半”でなされる基礎的な解説が出色。現在の IT の基礎となっている数学的な知識・理論を理解するにはかかせない、集合・論理学の知識がとてもわかりやすくまとめられている。副題の「数学的体系のあゆみ」の方が本の中身を正しく表しているように思うが、まぁマーケティング的な考えでキャッチ―な「不完全性定理」がメインのタイトルになっているんだろうなぁ。 -
歴史やら人文系の本への偏重を抑制すべく、数学の本か数学でなくとも理系色の強い本を読みたいと思い立って購入。予備知識なし。
副題に“数学的体系のあゆみ”とあるように、数学を包括的に網羅的に取り扱う本だった(本当に網羅されているか否かを判定するには私の数学の知見は不足している)。タイトルの不確定性定理は後半の後半でようやくその姿を現す。今までの数学を超えたもの、即ち超数学という立ち位置なのだね。数学にとっての自意識。科学に対しての科学哲学のような位置づけなのだろうか。「数学ってほんとうに正しいの」、「数字を使って考量できることばかりじゃないよね」……そういった私たちの小さな声を代弁してくれるような感覚もあったな。
昨今の科学原理主義とそれに付随する社会的概況。そこに警鐘を鳴らす。原発の安全神話。敷衍すると文明批判的含意すら醸し出される。確かに科学文明は私たちに無限の利便と暮らしの安寧をもたらしてくれた。ただ、それを過信して、数学や科学を妄信すると大いなる崩壊・取り返しのつかない破綻が人間社会に起こりうることを示唆する(このあたりは私が勝手に抱いたことね)。
閑話休題。細部は分からなかったけれど、数学も数学でセルフチェック機能のようなものを持っているということだけは理解できた。
また、数式というのは詞(詩)に少し似ている。私たちが見聞きする数多の事象を抽出的に表現しているという点で。
http://cheapeer.wordpress.com/2013/08/01/130801/ -
自分には難しかった・・・