なぜ、植物図鑑か―中平卓馬映像論集 (ちくま学芸文庫)

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著者 : 中平卓馬
  • 筑摩書房 (2007年10月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (308ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480091109

なぜ、植物図鑑か―中平卓馬映像論集 (ちくま学芸文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 物の見方で、どれだけ世界が変わるかという話。あと、どんだけ人が思い込みに流されるか、という話

  • 例えば日本でいえばモノ派であったり、海外であればミニマリスムがそうだったと思うが、そうした60年代から70年代のアート・シーンにあって、「〜そのもの」あるいは「あるがまま」を求める姿勢が前景化してきた。Not Art But Work、という標語が字義通りの意味で読まれなければならないのは、まさにこの時代からだ。ArtをArtたらしめるそれを中平は〈手〉に象徴させ、この〈手〉が〈イメージ〉や〈詩〉を生み、「あるがまま」のそれをArtへしてしまう。しかしそれはもう不可能性なのだ、と決別するのが中平である。では中平は当時の新たな潮流にそのまま呑まれてしまうのだろうか。いや、彼が「真の幻想性は物の側にある」と語るとき、あるいは〈映像言語〉なるものを批判するとき、それは実にアクチュアリティをもって木霊してくるのではないだろうか。

  • 人の視覚はイメージや言葉に規定される。
    だが、中平氏はシャッターを切るとき、イメージや言葉を斥け、事物そのものを見る。あらゆる情緒や詩性を排し、まるで図鑑に載っている事物のように写真を撮る。中平氏はこう言う。事物が事物であること。それをはっきりさせることだけで成立するものが写真ではないのか、と。


    この映像評論集は、67~73年に書かれた論考だ。今読んでも新鮮さがある。
    ここで提起された問題や表現についての考えは、これからのメディア社会においても役立つと思う。同時に、この論文集は中平氏がどこまでも眼の怠惰を戒め、事物そのものを見ようと試みた闘いの記録でもある。
    ただ、文体や使う言葉が古くて読み難い箇所がある。



    できれば、中平氏の写真集を見てからこの本を読んでほしい。とくに最近の。

  • 暴力的ですらあるが、あとがきにあるように、『この通りの写真なんか簡単に撮れない』し、『自分をがんじがらめにして』いる。
    ツッコミどころは多々あるが、もがき苦しみ、産んでいく人がいた。

  • 初めて中平氏の写真を見たときに
    この人の写真を一生追い続けるのだろうなと思った。
    何をしているか何を意味しているか全く分からない写真にも関わらず、凄みや清々しさを感じたのだ。

    写真とは現実から一部を引用し、また現実へと返して行く行為。

  • 伝説の写真/映像論集がついに文庫化。読まねばと思いつつなかなか読めないのです。

  • 私にとって、植物図鑑といえばヒロではなくてタクマなのです。

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