緑の資本論 (ちくま学芸文庫)

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著者 : 中沢新一
  • 筑摩書房 (2009年6月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (233ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480092199

緑の資本論 (ちくま学芸文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 資本主義世界とイスラム世界を比較した3編+1。自分のいる世界と 逆の世界を 両義的に 捉えようとしている

    「圧倒的な非対称」
    非対称の中から野蛮が生まれる。非対称=格差。テロの原因を 国家間の非対称とした

    「緑の資本論」
    イスラム経済を 一神教(タウヒード:ただ一つとする)から説明。資本主義とは異なる貨幣概念、利子概念を用い、資本主義を 聖霊(贈与)による価値概念で まとめ イスラム経済と比較

    貨幣=交換→利子を生まない→貨幣の自己増殖を否定
    貨幣は商品に形を変えない
    「欲望を断つことが 神を喜ばせる」
    「最も重要なのは 商人に対する信用」

    同じ一神教のキリスト教が 資本主義と親和的な理由を 三位一体説により説明

    社会主義や共産主義とは異なる イスラム経済は 宮本常一の描く過去の日本を想起させる


    「モノとの同盟」
    他の3編と異なり、モノとは何か を整理。哲学的。

  • 文庫になったので買って読みました。タイトルにもなっている「緑の資本論」を中心に四つの論考が掲載されている。最初の「圧倒的な非対称」が私にとっては一番印象深かった。というか、読みやすく、内容が良く頭に入った。9.11以降、一気に書き上げられたようだ。この文章から、対称性の人類学へと続いていく。「カイエ・ソバージュ」を5巻読んだ後にこの文章を読むと、著者が言わんとしていることが、手にとるようによく分かる。「・・・人間と動物との間に対称性を回復していく努力をおこなうときにだけ、世界にはふたたび交通と流動が取り戻されるだろう。このように語る知性は果たして無力なのだろうか。・・・」ここから新たな知恵と行動が生まれることを期待したいし、自分も何らかの形で行動に移して行きたい。「緑の資本論」の緑が意味するところをじっくりと考えて行きたい。そして、もっと深くイスラームを知るための努力もしてみたい。(いまだからこそ)

  • p35 しかし人間が非対称(一成るもの)の非を悟り
    人間と動物との間に対称性(相対性)を回復した時のみ
    世界に再び交通と流動(交流)を取り戻せる
    いずれにしろ狂牛病やテロが対称性の知性を
    呼び覚まそうとしていることは確かだ

    搾取して得た圧倒的な力を頼りにして
    「貧困な世界」の住人を差別している人間に
    一匹の動物ももたらさない環境が訪れるだろう
    他者への感受性と理解の喪失が非対称の状況を生み
    殺伐とした荒廃が進んでいく

    後期旧石器時代に実現された大脳ニューロン組織の革命的変化の成果は
    変わることなく一神教が生まれたからといって生物的進化をしていない
    しかしそこに焦点の移動が起こり霊的飛躍が起こったといえるかも知れない
    人間の存在を特徴付けている流動的知性の内部に
    変化しないもの・生成しないもの・増えないもの・減らないもの・
    条件付けられないものを見出し
    そこに横断性や変容性や増殖性よりも根源的な「超越」のあり方を発見し
    「一」と名付けた
    こうして流動的知性の内部に踏み込んでいった
    認知論的レベルで起こったこのような飛躍を宗教的に表現すれば
    一神教の成立ということになる

    今の私達にとって映像論的な問題と貨幣論的問題のふたつである
    モーセの同胞への怒りは彼らが流動的知性の奥に存在する「一」を
    信じられずに
    その流動的知性の表面に輝く暗めきや魅惑しか信じられないという
    不甲斐なさに向けられた
    彼らは自己増殖し物質性に惹かれ像や映像にして
    愛したり憧れたり崇めたりすることで不安を解消することができるのだ
    モーセはこうしたイメージとしての神を否定する
    記号・像・声・歌を疑う
    しかしモーセの一成る純粋な思いは欲望に勝てず
    現代社会は一神教を建前としてしまい
    その裏で資本主義化した強欲による暴力的経済を背景に
    依存性を爆発的に蔓延させてしまった

    神学者たちは一般に金は非生産的であり利が生まれるわけがないという
    自然主義的な認識であった
    イスラムはユダヤやキリスト教と対照的な方法である
    一神教的記号論という徹底的な反自然主義の思考で
    金利システムに対抗しようとした

    イスラムでは「一」と「多」は同一の事柄だと考える
    「一」を直接表出するものとして平等である
    しかし個々において表出の度合いが違うのでこの世に同じものはない
    世界は多様性に満ちている
    増えたり減ったりできない「正直さ」をそなえている

    p84 イスラムは唯一神でありこの相対の世をその一部とするから
    唯一神をさまたげるような利潤という価値観を持つことなど在り得ない
    しかし同じ一神教でありながら三位一体論を持ち出すキリスト教では
    子とか精霊とかの分身が存在することになり
    上下関係に依存して禁欲を強いる道徳的構造が生まれる
    この二足のわらじの使い分けによって
    神の使いを装いあるいは神を騙る偽物によって
    嘘と秘密で成り立つ依存世界を蔓延させることになる
    イスラム的背景の中では唯一神故の神と民が向き合った単純な支配であるが
    三位一体観の怪しげな世界では神の知性をあらわす実無限を「X]と記号化して
    数学的に矛盾のない体系を編み出すことになる
    そこでは資本主義の蔓延と精神分裂病的文明とが
    お互いの共通利益において手を組んで支配組織を発展させてきた
    貨幣・無限の数学・資本主義・精神分裂病的文明
    自ら生み出した貨幣と金融システムによって無限に追い立てられることになり
    その欲望に支配されることになる

    p154 折口信夫はタマの性質を見るのにモノが生まれる胎生と卵生の
    ふたつの方法の内卵生のモノの発生を考えるのがいいという
    タマは内包空間に充満する力であり
    古い時代には「たまご」や「かひ」のなかに密封されているとイメージした
    タマが育つと「かひ」を破って「モノ」としてこの世に現れる
    存在をあらわす「ある」は「あらわれる」からはせいした
    ニホン語では「存在」を内包的な潜勢空間からモノとして現成化してくる
    プロセスの全体と捉えて「あらわれる」として理解したのが折口である


    緑の資本論 中沢新一  集英社

    漠然としていた現代社会を問題点を
    全体観における集合意識と
    部分感における摩擦による五感《モノ》をつなぐことで
    見事に解き明かした素晴らしい思想である

    911事件に遭遇することから開く意識の扉
    商品を中心に据えた《資本論》を
    一神教的に見直すと
    新しい価値体系が現れるというこの本で
    言わんとしていることは
    最後の181ページからの「ものとの同盟」
    特に201から204に凝縮している

    新しい同盟は意識とモノとの間に結ばなければならない
    ・・・昔の人が霊力とも聖霊とも呼んだ非感覚的な
    内包力などが混成系をなしながら複雑な
    全体運動を行っているモノとの間に
    人間は真実の同盟関係をつくり上げることが必要なのである
    人間がこの同盟者の姿を見失ってすでに久しい
    その間にモノは単なるオブジェとなり恩寵の増殖力に
    ふくらんでいたその強度の場所は
    数だけがおびただしく全てが影のような商品につくりかえられて
    モノの「ふゆ」の過程を資本の増殖へと変貌してしまった
    その結果かつては人間の世界に豊かなふくらみを与えていた
    贈与の原理は世界の表面から消え去り
    宗教と呼ばれた多くが資本の理論を別の形で
    表現したものでしかない様々のカルトに変貌してしまった
    ・・モノは理性(コトワリ)の敵ではないし
    ましてや精神に対立する物質性の体現者でもない
    モノは瞑(くら)く光の中から生まれて物事に理性をもたらす
    明るい光の世界に向かっていったかと思うと踵を返して
    再び瞑い光の奥に引きこもっていこうとする・・・
    モノにもピュシス(自然の真理)にも運命などというものはない
    この同盟関係の樹立には技術が大きな意味を持つ
    タマとモノとの微妙な差には内包空間の強さと技術が反映されている
    モノは道具であり技術であり(手段であり)
    それを利用して人間は内面の冒険を行い
    伝統を通じて個人の内的体験を公的知識の集積体(集合意識)へと
    成長させてきた
    数万年に及ぶシャーマニズムの探求はより洗練された瞑想体験へと
    受け継がれて今に至っている
    大脳と神経組織の内部で起る量子論的に踏み込めるような技術を
    開発してきた故に瞑い光の力能を持ち内部でどう活動しているかを
    観察できるようになった
    それは以外にも《無の神》(神は存在しない)という
    ニーチェと同じ結果となった
    宗教はモノとの同盟に向けて様々な実践を繰返し
    それは個人の探求であったり共同の行為であったり伝承文化だったり
    市民運動と呼ばれたりするだろう
    この共通点は《非人格的なモノへの愛》である
    ヒューマニズムの狭量を超えて資本の理論を凌駕して
    広々としたモノの領域(意識)へと踏み込んでいくのである
    そのとき宗教は死んで蘇るだろう
    そのことを説いて来たのは宗教自身だったのだから

  • 「圧倒的な非対象/緑の資本論/シュトックハウゼン事件/モノとの同盟」からなる、911後の世界におけるイスラームを「文明の衝突」という作為的な枠の外から眺めようという趣旨の本…だが、自分の知的レベルが追い付かず、あえなく玉砕。「圧倒的な非対象」と「シュトックハウゼン事件」(これらはとても面白かった)以外の2つはほとんど速読の練習教材となりました。

    中沢さんはとても明晰な頭脳を持ち、詩的な物言いができるセンスと能力に満ち溢れているので、その両方が欠落している自分にはついて行けないのでしょう。どっちかだったらまだ喰らいついていけると思うんですが…。

  • 2011/01/20

  • 10/01/13購入。じっくり中沢さんの本を読める時間がほしいもんだわ。

  • 「一神教」とまとめて言ってしまうが、
    ユダヤ教とキリスト教とイスラム教には、
    大きな違いがあるということが説明されている。

    イスラムは、世界を全て「一なるもの」そのものの表れとして理解しており、それゆえに、増殖、「一なるもの」から離れた象徴化を防ぐため、「利子の禁止」を行っている、ということ。

    ここの説明を見る限り、
    イスラムの世界観は非常に豊かだなぁと思う。

    と同時に、
    やはり、一神教の生誕した地は、乾燥した土地なのだなあと思う。
    例えば日本であれば、海や河には魚や貝がおり、
    山には鹿やいのししや熊がおり、
    農耕を始めるにも、水が豊かで土地も恵まれている。
    多少の豊かさ・厳しさに差はあるにせよ、圧倒的に恵まれている。

    このような土地では、「贈与」は過剰だ。
    砂漠の地で与えられる豊穣さとは比べ物にならない贈与が、自然から絶えず行われている。

    この風土では、アニミズム的な思想から離れる必要性がないし、離れることは難しいように思う。

    今日のハイパー資本主義、世界の貧富の圧倒的な差、グローバリズムの名の下に進め続けられる伝統文化の破壊、動植物への圧倒的な破壊。

    こういったものの発生したメカニズムとして、キリスト教の思想があるというのが非常におもしろい。

  • 2009/07/30 購入
    2009/08/04 読了 ★★★★
    2017/02/02 読了

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