増補〈歴史〉はいかに語られるか 1930年代「国民の物語」批判 (ちくま学芸文庫 ナ 18-1)

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  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (363ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480092847

感想・レビュー・書評

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  • さすが成田氏というのは解説にもあるが、彼の仕事のせいかがよく凝縮された一冊と感じる。特に、第1章の『夜明け前』を分析するなかで示される、歴史叙述における「倫理」という足組はとても重要なことを教えてもらえたと思う。
    ポストモダン的ななんでもありの歴史叙述は必要だが、かといって叙述者は「倫理」を持っていなければならないというのは、いわゆる自由主義史観への反対意見として強い意義を持ちうるし、戦後歴史学が結局従軍慰安婦などを描出できなかったことへの批判にもつながる。
     前著、歴史学のスタイルからつながる部分としてやはり1930年代の歴史学の変容がクローズアップされていくことになる。
     2章は火野葦平や林ふみこの戦争報道への加担の仕方、文体などを分析する。
    3章は、現場の語りであり、小林秀雄も絶賛した小川正子『小島の春』や平野婦美子『女教師の記録』、豊田正子『綴方教室』が分析される。
     歴史と文学の領域が揺らぐなかで作家の文体に対する鋭い批判の仕方はとても勉強になる。

  • 解説:福井憲彦

  • 確認先:町田市立中央図書館

    2001年に刊行された同名の増補分(ないしはアップデート)が加筆されている。

    成田龍一は、現在では主に論壇での言動が目に付きやすいのだが、彼の歴史研究のスタイルは、司馬遼太郎に代表される歴史小説と「国民の物語」の安直な連結思考に潜むナショナリズムと国民の創生という離合・増結への分析が本業である。
    その成田が着目するのは、1930年代―モーリス=スズキが岩上順一の言葉を引き取って「歴史の同時代化」と呼んだ時代―の3つの事例の中にある国民の作り方と呼べるものだ。

    彼が着目したのは
    ・歴史小説として島崎藤村の『夜明け前』
    ・戦争従軍文学としての林芙美子/火野葦平
    ・当時教育現場で流行していた「綴方教室」
    の3点である。成田はいずれもそうした作業の中に、政治的な相違点(これは綴方教室の基本思想に社会主義的な側面があったことに由来する)はあるにせよ、つまるところ国民(この時代に習えば臣民でもある)という一体化された共同体へのイニシレーションとして機能していたのではないかと彼は見る。

    歴史を解釈する、という言葉にするとわかったようなつもりになれるこの事態も、よくよく考えれば実はまったくわかっていないことになる。成田は別の単行本(『司馬遼太郎の幕末・明治』)で歴史小説にとって「史実」か「虚構」かという対比に意味はないとしたが、それは本書でも変わらない。

    梶浦由記の音楽に乗せて「歴史とはたゆまない大河である」という幻想が垂れ流されるが、そのような世迷言を言う前に歴史社会学のコンテキストを見直すのも悪くはないと思うがどうだろうか(別に梶浦さんに非があるわけではない。彼女は曲をビジネスで提供しただけなのだから)。

  • 歴史はいかに語られるか。歴史は「語り部の思惑によって」語られるわけである。
    過去の歴史の中から、現在の自分にとって都合のよい事象を抽出し、語る。どこまでが事実で、どこからが捏造なのか。そもそも論として「歴史」に事実はあるのか。「事実」は「今」にしか無いように思えてくる。
    いや、それは別に悪いことではない。ようは使いよう。もちろん悪い結果を生み出すこともある。らい病による痛みを「生みだし」、大正時代の農村における貧困を「生みだす」。盲信的な善意が差別を「生みだす」。そもそも存在しなかったものを「生みだす」。業が深い。

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著者プロフィール

日本女子大学名誉教授
『近現代日本史との対話』(2 冊、集英社新書、2019 年)、『歴史論集』(3 冊、岩波現代
文庫、2021 年)など。

「2021年 『対抗文化史 冷戦期日本の表現と運動』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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