増補 広告都市・東京: その誕生と死 (ちくま学芸文庫)

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著者 : 北田暁大
  • 筑摩書房 (2011年7月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480093820

増補 広告都市・東京: その誕生と死 (ちくま学芸文庫)の感想・レビュー・書評

  • 社会学者・北田暁大氏による都市論・メディア論。東京、特に渋谷という都市の変容を、コミュニケーション論の視点から読み解いていくような内容になっています。

    もともと講義用の教科書として構想された本であり、小難しい議論は少なく、議論の発端となるようないろいろな「ネタ」が押し込まれています。そういう意味では読みやすく、わたしのボケた頭でもおもしろく読むことができました。またボードリヤール、ロラン・バルト、ルーマン、バウマンといった消費社会論、文化記号論、社会学の重要な議論が随所に差し込まれていて、ただ事例を集めただけの本というわけではありません。冒頭にある資本主義の本質に関する議論(共同体/共同体外部の<差異>を利用して交換を誘発するメカニズム)から、最後の補遺章まで、徹頭徹尾鋭い分析になっています。

    特に80年代の渋谷と対比されていると思われる、ヴィーナスフォートに関するくだりが印象に残っています("(…)つまりアイデンティティを構成する契機として受け止める感性を、意地悪く馬鹿にしているようにも思われる。記号的な閉鎖性の「虚飾性」を十分に知悉したうえで、その「うさん臭い舞台」を享受しうるようなアイロニカルな受け手を前提としているのである。そこには「ヴィーナスフォートらしい主体」としてふるまうことを歩く者に要請する、パルコ的な権力の力学は作用していない"(P.106~))。

    時代の移り変わりの中で、メディアや受け手といった「変数」が大きく位相を転じて、都市空間の持つ意味合いががらりと変わってしまう好例が見事に抽出されている好例ではないかと思われます。ここからさらに東浩紀氏のデータベース論、サブカルチャー全体のあり方の変容にも議論が接続されていきます。

    あとがきにある通り、この作品には都市で生きる人々の持っている「体温」のようなもの、生き生きとした感じは(おそらく意図的に)描かれていません。クールな筆致はいかにも北田暁大氏といった感じ。良い意味での「知識人」テイストが色濃く出ています。200ページ強のコンパクトな本ですが、「都市」や「広告」というものを考える上で、大変刺激的な作品でした。良書です。

  • 北田先生の本は、「嗤う日本の『ナショナリズム』」以来の2冊目。

    広告と都市
    メディアと人

    ここら辺のテーマは学生時代から関心テーマの一つではあったんだけど、
    今曲がりなりにも仕事として広告に携わるようになってから、
    広告やメディアを社会学的な観点から考えなおすとまた面白い。

    広告都市としての東京、特に渋谷の話は、
    個人的には全くリアルタイムでないどころか、
    東京で働くようになった現時点でさえ完全に縁遠い自分にとっては、
    (まさにただの情報アーカイブでしかなくて、渋谷でなくちゃいけない意味を感じたことがない)
    はーそういうものだったのか、というぐらいの歴史物語でした。

    そういう「広告都市」の流れを知ることができたこと、
    その時代における消費社会論や(文化)記号論の態度を知れたこと、
    この2点は知識として読んで良かった。

    考えるべきテーマとしても面白かったのは、
    広告とは本質的にメディア寄生性を持つものである、という点。
    いや、これはテーマというより前提なんだけど。

    補遺でインターネットにおけるコミュニティについても触れられていたけど、
    その進化、深化について考えたり、
    またはソーシャル化(ソーシャルメディア)というテーマを考えるのも面白い。

    ソーシャルメディア上での広告、マーケティングのあり方、
    それに対する個人の受け止め方、
    企業と個人の関係性について、
    などなど。

    ここら辺考えてみようと思うけど、
    その前にもっかい記号論ちょっとだけ勉強したい。
    あ、でもその前に「オトナ帝国」もっかい観たくなった。

  • [交換の動機付けとなる欲求を自己創出する動的システムを産む広告の存在価値は、資本の論理において自明である。広告は脱文脈性を持ち、人の心をマッサージするためにメディアに寄生する。
    80年代渋谷においては西武における都市=広告化が進んだ。街をつくり文化を形成することで、そこを通る人々に「この街に似合う人間にならねばならない」と思わせる。
    文化という大前提を作ることで、広告の存在を幽霊化させたのだ。
    パルコ界隈、公園通りを中心に、意識的無意識的関わらず多くの店舗が共犯となり、記号論的に渋谷らしさを追求した。
    その結果、消費社会論的には外部から隔離されたシミュラークルが生まれたと言える。
    このシミュラークルは映画トゥルーマンショーやディズニーランドにも当てはまる。
    資本の論理のピラミッドの頂点にある資本は不可視化し、シミュラークルの外側も見えなくなる。ただオリジナルなきコピー達のみが比較の対象となる。このシミュラークル主体的に追従する主体の塊によって成り立つのである。

    しかし、80年代を過ぎ渋谷シミュラークルは崩壊した。
    渋谷の特別さは失われ、渋谷は猥雑で好きではないと答える若者が増えた。
    文化の陰に隠れていた広告はQFrontなどで大々的に姿を見せ始めた。
    この崩壊は、携帯ネットワークが原因であると考えられる。
    秩序の社会性よりも繋がりの社会性が重視されイマ=ココは繋がりのための単なる情報でしかなくなった。
    マスメディアの一方向性のつよいコミュニケーションではなく、個々人の繋がりを求めるコミュニケーションが若者の間で重要性を増した。

    しかし、脱文脈性を持つ広告はメディアに寄生し姿を変える。資本の論理に基づき我々の心をマッサージしてくる広告を知り、その実態を理解し利用することが必要である。]

    糸井重里氏の名コピー、西武の「おいしい生活」が提案するような80年代渋谷広告=都市戦略の盛衰は、もはや広告が入口となっている渋谷しか知らない私にとって興味深かった。
    2002年の著書であるため、SNSではなくメール、電話のみのケータイが繋がりの社会性を重要にされたものだと書かれている。
    ケータイの進化やSNSの登場でより繋がろうと思えば多くの人といつでも繋がれる状態、またいつでも繋がれるのに繋がれない状態が可視化されてしまっている現在は更に社会性のバランスが変容しているように思われる。
    広告在り方も様々に変容していくだろうが、世界的不況が続く昨今資本は可視化されていくのか不可視のものとなるのかが課題であるように思われる。

    あと個人的にタイトルは東京ではなく渋谷の方がよいのではと感じられた。各地方都市でもシミュラークル的な区画は存在していると思われるが、そのシミュラークルがどこにも増して神格化されたのは、資本の集中した東京だからこそであろう。

  • 広告それそのもののことではなく、それをテーマに都市と社会を書いた本。2002年発刊のものを文庫化しているが、ちょうど読み時という感じがした。増補で触れられている昭和への憧憬については、まさに数日前の野田総理の発言とリンクしている。
    これからの広告と社会の関わり方や有り様、モバイル端末が普及した社会についてとか、SNS/SMOなんかのことを考えるときの足がかりになると思う。

    本編は映画「トゥルーマンショー」、増補は映画クレヨンしんちゃん「オトナ帝国の逆襲」を据えて論が進む。未見の方は読む前に見たほうがいいかも。

  • 広告を学術的に磨くとこう光るのか、と考えさせてくれた本です。

  •  北田さんは、東浩毅氏との対談で知った気がする。

     職場で、都市論を探していたときに、偶然本棚から発見。一度読んでみたかった。

     広告論とかメディア論とか難しく語っているが、渋谷の盛り場論として理解できる気がする。

    ①1980年代までは、西武が西武百貨店からパルコまでを道路や周辺の土地利用も含めて、劇場化して、人を呼ぼうとした。それにつれて、東急も道玄坂側で頑張った。

    ②しかし、1990年代のバブルがはじけてから、そういうまちを劇場にして、一定の雰囲気をもった商業展開は、商業資本側の弱体化もあって下火になった。

    ③しかし、今でも、渋谷は、若者たちには、便利なまち、特別ではないけど、行けば何でもそろうまちとして人気を持っている。

     自分は、1980年代の西武系の人たちの熱気のこもった雰囲気を知っているので、ああ、バブルだったんだな、今の方が渋谷もわかりやすいなと思う。

     これから、駅の再開発など周辺開発が進むと、東急のイメージが渋谷は前面にでてくるような気がする。

  • 2011 7/20読了。WonderGooで購入。
    @klovのブクログエントリ(http://booklog.jp/users/klov/archives/4480093826)を見て欲しいと思っていた本。近所の書店で平台にあったので買った。
    広告についても都市についても全然事前知識はなかったが、面白く読めた。
    広告=都市としての渋谷のイメージ(80年代渋谷のイメージ)が自分は全然わからないわけだが、わかればもっと違った感想もあったのかも知れないとも思ったり。

  • 待ちに待った再版・文庫化。やはり廣済堂は出版から手を引いてたのね。そしかしこの文庫化、2007年には話があったらしい。ああ学生時代に出ていれば……どうにかなったかどうかは分からないが、出会えてうれしいと同時に、無念。また補講のノスタルジー論は、北田節の良い文章だった。

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