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この作品からのみんなの引用
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この中で一番早くくたばりそうなのは私だが、くたばる前に遺伝子は呆けを運んでくるだろう。
― 33ページ -
山は笑いたいのをこらえているみたいだった。
― 29ページ -
「ねえ、僕が初めて僕に会ったのはいつ?」
― 142ページ
みんなの感想・レビュー・書評
老いについて、本音で教えてくれるという感じがします。
晩年のエッセイは、けっこう同じ内容が書いてあることもあり、編集者の人はスルーなのか…言えないのか…言っても直してくれなかったのか…。
近所にこんなおばちゃんがいたら、おばちゃんになるのが楽しみになったのになぁと思う。
佐野さんは自分のことを卑下するけど、こんないい友人に囲まれて「老いる」なんて正直うらやましい。
カラッとした太陽みたいな人、憧れるなぁ。
風が通り抜けて気持ちがいいので、フローリングに寝転んで、佐野洋子『神も仏もありませぬ』を読む。この人も、武田百合子さんと同類の“ヴォワイヤン(見者)”みたいだ。
佐野さんと周りの人たちの軽妙なやりとりなど。
だからなのか波に逆らって泳いでるみたいなイメージの佐野さんではあまりない。
生きてきた時代の差に関してだけどうにも共感する材料が自分の中にないので、幼少期の風景なんかを「そうそう」と読める母との差を感じる。
自分の老いを感じつつも、潔い生き方が、かっこいいです。
心の中では、ジタバタ抗っている感じなんですが、周りの友人たちとの付き合いの中で、上手く乗り切っています。
ババアとかジジイとか、そういう言葉使っちゃうの!?とびっくりしますが、なんとも微笑ましく感じました。
(2010.12.01読了)(2008.11.12購入) 2010年11月5日、佐野洋子さんが72歳で亡くなりました。 積読の山が倒れそうになっていたので、積み直していたら、山のなかからこの本が出てきました。神さんが読んで僕に回してきた本です。せっかくなので、この機会に読んでしまうことにしました。 60歳を過ぎたことの驚きと戸惑いがたくさん綴られたエッセイです。舞台は軽井沢。近隣にはいろ... 続きを読む »
佐野さんの痛快エッセイ。1つ1つのタイトルにドキリとします。タイトルだけ読むと、キッツイ印象を持ちますが内容を読むと、フムフム・・・。佐野さんの自由で、周りの人たちに恵まれた生活はステキだなぁ、と。晩年は私もそうありたい。でも佐野さんみたいに人徳ないから無理だなぁ。
憧れる、田舎暮らし!
64歳の人が、私と さして変わらないようなことを、さして変わらない言葉づかいで思うこともあるのだな〜、と新鮮だった。
とはいえ、やはり、深い。
なぁんて言っているうちに、あっという間に自分も還暦を迎えて「ペテンか?!」とか思うんだろうか・・。
この人独特の、自分が思ったことを変にねじまげることなくそのまま伝えられるところが
うらやましい。
年をとって気づいたこと・感じたことをテーマにしたエッセイ集だったけれど、
いま20代前半の私でも色々考えさせられることが多かった。自分の生き方とかに対してね。
10年経つごとに読み返して、自分の感じ方を比べてみたい。
長嶋侑が出てきたのはちょっとびっくりだったかも。時間軸としてはこちらのエッセイに書かれた出来事の
方が昔。だけど、『猛スピードでは母は』という高校時代に耽溺して読んだ小説とそのインパクトのある表紙絵がパッと浮かんで、そういえばこの人の絵だったなと、まるで眼からうろこが落ちたみたいに納得した。まるでタイムスリップしたみたいだった。ちょっと大げさだけどね。
この人のほかのエッセイも読むぞ〜!






