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みんなの感想・レビュー・書評
2011/9/28読了。電子書籍で読んだ。
すでに一過性のブームにすぎなかったことが明らかになっているケータイ小説について、それが文学だったのかどうか書かれている本を今さら読む意味があるのか疑問だったが、意味はあった。ケータイ小説がどういう意味と構造を持つものだったのかを知り、それらが地方の女子高生たちに好んで読まれたことを考え合わせることで、現代日本の一側面的なものが浮かび上がってきたように思う。
同様の切り口で誰かライトノベルを論じてほしい。
ケータイ小説についての評論を読んでみたその2。
こちらは、恋愛構造というか、社会の構造からケータイ小説を読み解いている。
ホモソーシャルな考え方というのが、おそらく「大きな物語」なんだろう。
それを打破しないと、「新しい物語」にはなり得ないんじゃないかと思う。
意地が悪そうな作者だと思った。そんなに人を貶したいのかと。
正直主題がよく分からなかった。個人のブログレベル。文章が下手。
感想。
ケータイ小説を文学とは、あんまり認めたくない。磨かれていない、良くも悪くも『少女的』文章と、悲劇のバーゲンセール的なストーリー展開は個人的に大嫌い。でも、そう言うものを一度忘れたうえでケータイ小説について考えてみると、この本と同じ考えに行きつくと思う。
ホモソーシャルについてのくだりが面白かった。
つまりオタク向け作品と一緒で、ごく限られたくくりの人が、同じくくりにいる人に向けて書いたもので、そのくくりに属さない人のことははなから無視されている。私を含め、ケータイ小説を面白くないと思う人は、無視されたくくりの中にいるから、ケータイ小説の作者や読者には関係がない。閉じた内輪の世界。そう言うことだと思う。
[ 内容 ]
ケータイ小説を大胆にも文学として認め、その構造を徹底分析。
小説の「読み」「書き」に起こる異変を解きあかしポスト=ポスト・モダンという新しい境地を見出す刺激的アプローチ。
[ 目次 ]
1 ケータイ小説と文学
2 ケータイ小説とリアリティー
3 「新しい国語教科書」のモラル?
4 何が少女をそうさせたのか
5 男たちの中の少女
6 ポスト=ポスト・モダンとしてのケータイ小説
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
「ケータイ小説は文学か」
いまや大人気のケータイ小説。私は慣れましたが、まわりでは横書きはちょっと・・・内容がちょっと・・・という意見炸裂。
なので、ちょっと他の人はどう考えているのかな?と手に取りました。
私自身は、ケータイ小説は「新しい小説の一つの形」だと思います♪
職場の特性上、これはなかなか参考になる。
リアルとリアリティーの問題は興味深い。
筆者が「冬ソナ」ファンとは意外だった。
地元の図書館で。
石原千秋はこんなものまで書いているのか…。
有名なケータイ小説のあらすじまで書いてあるので、
ケータイ小説を読んだことがない人でも大丈夫☆
携帯で読む新しいタイプの小説として生まれた、ケータイ小説。ケータイ小説について、様々な分析がなされた本。『Deep Love』Yoshiや、『恋空』美嘉、『天使がくれたもの』Chaco、『赤い糸』メイなど、ブームを作った小説の内容の要約や解説がされているので、ケータイ小説がヒットするまでの流れが分かる本とも言えそうです。(2009.5.31)
課題やる時に読んだ本。
ホモソーシャル性に言及してるところはおぉーって思った。
ケータイ小説論はなんかこれでまとまった感じがする。
リアリティーのないリアルで埋め尽くされた、ケータイ小説の世界。
真実の記号化という表現にポスト=ポストモダン的現象を読み解く著者。
テキスト論者ならではの分析だが、詭弁のきらいもある。
本の題名的にケータイ小説が文学
かどうかは検証していく本だと思った
が、文学かどうか、著者の考えは
序盤で書かれてしまう。
その後は、「恋空」、「赤い糸」
などの有名なケータイ小説を例に
挙げながら、そのパターンを紐解い
ている。
なんか最終的にセックスの議論に
なっている気がした。
まぁ自分からこんな本を読んでなんだ
けど、ケータイ小説が文学かどうか
なんてどーでもいいじゃん!楽しければ
いいじゃん!とか読んでいる途中身も蓋
もないことを思ってしまった。
目次
1 ケータイ小説と文学
2 ケータイ小説とリアリティー
3 「新しい国語教科書」のモラル?
4 何が少女をそうさせたのか
5 男たちの中の少女
6 ポスト=ポスト・モダンとしてのケータイ小説
興味があった2のみ立ち読み。
いろんなケータイ小説本が出ましたが、やっと大人が読んで納得できる本が現れました。
テクストとして、つまり文学作品として、ケータイ小説を読むと、こうなる、ということです。
今後、ケータイ小説について語る際には、この本を読んでいることが大前提となります。
もう、不毛な議論は、今後はないでしょう
「誤配」「ホモソーシャル」「二項対立」などなど。石原先生お馴染みの用語で、ケータイ小説を構造分析していく。
ケータイ小説を「ポストモダン小説」と位置づける理由は、「性的な言説が真実の言説である」近代社会の前提を、「性的な言説」を過剰にもちいることで乗り越えようとしている(かに見える)点にある。






